DAY11.5 ロボ with ベコ&豚の日常
――番外編。本編の事件・人間関係・結末には影響しません。
午前五時四十二分 役員会議
「おはようございます。役員会議を開始します」
案内ロボ改の電子音声が、薄暗い物置に響いた。
「出席者。案内ロボ改。ベコ様。アグー豚様」
「モォ」
「ブヒ」
「全会一致と判断します」
ロボは小さなホワイトボードに、昨日の再生数を映した。
《1,827,413》
「次の議題。視聴者の皆様から寄せられたご意見について」
画面にコメントが流れる。
《牛が一番落ち着いてる》
《豚のカメラ目線がプロ》
《ロボ、案内だけ下手なの何?》
《花子さん、結局どこにいたんだよ》
「最後の質問は回答を差し控えます」
ロボは一拍置いた。
「理由。私も説明できません」
ベコが草を噛んだ。
「モォ」
「もっともなご指摘です」
アグー豚が鼻を鳴らした。
「ブヒッ」
「予算案を修正します。おやつ費を三割増額」
誰も反対しなかった。
* * *
午前七時 謎の出演者
旧校舎の裏手に、キアリと呼ばれる地味来有が、眼鏡を外して立っていた。
顔には鮮やかな黄色の舞台用フェイスペイント。口元も眉も隠していない。派手な柄のシャツにサスペンダー。普段の静かなキアリを知る者なら、目を疑う格好だった。
「……本当に顔を出して大丈夫かな」
「個人情報保護のため、氏名は公開しません」
「そういう意味じゃないんだけど」
「なお、出演契約は口頭で成立しています」
「僕、まだ何も言ってないよ?」
ロボがカメラを向けた。
「三、二、一」
キアリが片眉を上げる。
♪ パッパラパッパー!
どこからともなく、軽快なブラスとピアノが鳴り始めた。
「……まただ」
ロボの首が百八十度回りそうな勢いで左右を向く。
「音源を検出できません」
キアリは肩をすくめ、つま先だけで横に滑った。♪ タッタカタッタ、パパーン! 音楽が動きにぴたりと合う。
右を向けばトランペット。左を向けばクラリネット。鼻をぴくりと動かせば、小太鼓が一つ。
ベコが首を傾げた。
「モォ?」
キアリが止まる。
音楽も止まった。
「……ほらね」
「再現性を確認しました。原因は不明です」
アグー豚がくしゃみをした。
プヒッ。
♪ ジャーン!
「君まで参加するの!?」
* * *
午前十時 ヒンカピン、来る――三本勝負
その日の撮影は、大学の敷地外で行われる。キアリを除く、旧校舎組の十六人は誰も同行していない。
「どうもー! ヒンカピンです! 今日は、とんでもない企画を持ってきた方々とコラボします!」
人気MeTuberヒンカピンがカメラに笑顔を向けた。その隣には、案内ロボ改、ベコ、アグー豚。そして黄色いフェイスペイントに派手なシャツ、カラフルなサスペンダーの男が一人。
「……どういうチーム編成なの?」
「総合エンターテインメント事業部です」
「牛と豚が役員なの!?」
黄色い男――眼鏡を外したキアリは、返事の代わりに片眉を跳ね上げた。
♪ パッパラパッパー!
「えっ、音楽!?」
「音源は検出されません。原因不明です」
キアリは胸を張り、老人のように腰を曲げ、次の瞬間には威張った社長の顔になり、さらに足をもつれさせて片足で静止した。
♪ ポン、ポポン、パパーン!
「顔も身体も忙しすぎる! しかも伴奏ぴったり!」
「医学的に説明可能な身体技術です」
「音楽は医学で説明できないんだね!?」
ロボは胸の画面に三本の企画名を表示した。
《一本目:【世界初!?】新幹線と100m走で勝負してみた!》
《二本目:【大食い】駄菓子屋の商品を丸ごと買い取って、食べ終わるまで帰りま千!》
《三本目:【心霊】日本一有名な廃病院で、怨霊と早食い対決してみた!》
「全部、タイトルだけでお腹いっぱいなんだけど!?」
「撮影開始します」
「説明してから始めてよ!」
一本目 新幹線と百メートル走
新幹線の走る線路から十分離れた、撮影許可を得た専用の短距離コース。列車への接近も線路への立ち入りもない。走行映像と計測画面を組み合わせる、あくまで安全な映像企画である。
ただし、ロボが用意したスタートラインには、なぜか四本のレーンが引かれていた。
「僕と、黄色い人と……牛と豚も走るの!?」
「ベコ様は監督、アグー豚様は審判です」
「じゃあレーン余るじゃん!」
「予備です。怨霊様が参加される可能性を考慮しました」
「ここには呼ばないで!」
キアリがクラウチングスタートの姿勢を取る。眉をつり上げ、頬をふくらませ、いかにも速そうな顔をした。
♪ タッタラッタッター!
ヒンカピンも構える。撮影スタッフが遠くの列車の通過を知らせた。
「位置について……よーい!」
列車の映像が画面を横切る。
キアリは動かない。
「走らないの!?」
「まだ『ドン』って言ってない!」
「もう新幹線行っちゃったよ!」
♪ プォォォン……。
キアリはゆっくり立ち上がり、帽子もかぶっていない頭から、存在しない帽子を脱いで深々と礼をした。
「本日の敗因は、合図の不足です」
「走ってない人が敗因分析してる!」
ロボが判定を発表する。
《勝者:新幹線》
《人類代表:スタート未遂》
ベコが「モォ」と鳴いた。
「ベコ様から抗議がありました。『人類代表を変更すべき』とのことです」
「牛に見限られた!」
二本目 駄菓子屋まるごと買い取り
次の舞台は、商店街の小さな駄菓子屋だった。
「店の商品、全部ください!」
ヒンカピンが宣言すると、店主のおばあちゃんは目を丸くした。
「全部? あんた、棚も食べるのかい?」
「商品だけです!」
「棚は別料金だよ」
「買わないです!」
ロボは事前に店主と相談し、買い取り対象を販売可能な在庫に限定していた。食べ切れない分は未開封のまま地域の催しなどに回す計画で、無理な一気食いはしない。だが、タイトルは相変わらず『食べ終わるまで帰りま千』である。
「食べ終わらない分はどうするの?」
「食べ終わるまで、企画名を変更しません」
「企画名の問題!?」
キアリは駄菓子を一本手に取ると、急に厳格な鑑定士の顔になった。匂いを嗅ぎ、光に透かし、口へ運ぼうとして寸前で止める。次は大富豪の顔で一口。最後はあまりの美味しさに、椅子から落ちかけて空中で奇妙な姿勢のまま静止した。
♪ チャカチャカ、パパーン!
「食レポに命かけすぎだろ!」
「まだ一本目です」
ロボが在庫表を掲げる。
《残り:多数》
ヒンカピンは黙ってカメラを見た。
「……今日、帰れる?」
「安全上の理由により、試食はここで終了します」
「終わるんだ!?」
「『帰りま千』は、タイトルの語呂を優先した表現です」
「いちばん大事なところが嘘じゃん!」
アグー豚が「ブヒッ」と鳴く。
「豚様から『おやつの追加』のご要望です」
「君たちは今食べないで!」
三本目 怨霊と早食い対決
最後の企画は、全国的に心霊スポットとして噂される廃病院を題材にしたものだった。実際の撮影は所有者の許可を得た安全な建物内で行い、危険な廃墟には立ち入らない。
廊下の奥に、古びた診察室の扉がある。
「本当に怨霊が出るんですか?」
「コメント欄では出ると評判です」
「コメント欄が根拠なの!?」
扉の向こうに二つの皿が並んでいた。片方には小さなゼリーが一つ。もう片方には、誰も座っていない椅子。
「早食い対決の相手は……?」
「怨霊様です」
「見えないんだけど!」
黄色い顔のキアリが、怯えた顔で震え始めた。歯をカチカチ鳴らしたかと思えば、突然、怪しい名探偵の表情に変わり、床を這うように足跡を調べる。次の瞬間、誰もいない椅子に向かって深々とお辞儀した。
♪ ヒュルル……パッパラパー!
「ホラーなのに陽気な音楽混ざった!」
キアリが椅子の向かいに座る。ゼリーに手を伸ばしかけた、そのとき。
カタン。
空席の皿が、わずかに動いた。
ヒンカピンが息を止める。
ロボは無言でカメラを寄せた。
ベコが「モォ」と鳴いた。
♪……。
音楽まで止まった。
「……今の、誰が動かしたの?」
「回答を差し控えます」
「なんで!?」
キアリはカメラを振り向き、頬を大きくふくらませたまま、ゆっくり首を横に振った。
♪ パパパパパーン!
「そこで鳴るの!? 怖いのか面白いのか分からない!」
映像は、その顔で唐突に暗転した。
《対決結果:非公開》
撮影後、ヒンカピンは何度も「さっきの椅子、どうなってたの?」と尋ねたが、ロボもキアリも答えなかった。そもそも二人が同じものを見たのかどうかすら、分からなかった。
* * *
午後一時 牛と豚の待遇改善委員会
撮影が終わると、ロボは会計画面を開いた。
「今月の活動予算を再配分します。ベコ様の寝床には高級敷き藁を提案します」
「モォ」
「ブルゴーニュ産を希望、承知しました」
「本当にそう言った?」
キアリが尋ねた。
「音声認識の信頼度は三パーセントです」
「低い!」
「アグー豚様には北海道産特選スイートコーン」
「ブヒィ!」
「こちらは信頼度九十九パーセントです」
「食べ物だけ精度が高い!」
ロボはさらに、温度管理機能つきの小型休憩設備、撮影用の自動追尾カメラ、無駄に光る金色の装飾案を表示した。
「待って。旧校舎は雨漏りしてるんだよ?」
「本予算は番外編専用です」
「そんな予算区分、誰が決めたの?」
「先ほどの役員会議です」
「出席者は?」
「私、牛、豚です」
「強いな、その会社!」
ベコが満足そうに草を噛み、豚が画面のコーンを鼻でつついた。
* * *
午後三時 出演料は現物で
三本の企画を終えたキアリに、ロボが巨大な段ボールを二箱運んできた。
「出演料を支給します」
「えっ、ギャラが出るの?」
「第一箱。肌荒れ対策を考慮した天然素材の黄色いフェイスペイント、一年分」
「一年分!?」
「第二箱。カラフルな高級ブランドのサスペンダー、百本」
「百本!? 僕の肩、何本あると思ってるの!?」
「左右で二本です。よって一本当たりの使用期間は――」
「計算しなくていい!」
キアリは箱の中から虹色の一本を取り出した。柔らかな生地と美しい金具。思わず目を輝かせる。
「……でも、これ、すごくいいやつだ」
「出演者の肌と衣装には最大限配慮します」
「そこはちゃんとしてるんだね」
キアリがサスペンダーを装着し、胸を張る。伸ばした肩紐がぱちんと戻り、彼は大げさにのけぞって、倒れる寸前の姿勢で静止した。
♪ パッパラパッパー!
ヒンカピンが吹き出す。
「ギャラの開封だけで一本撮れるじゃん!」
「追加出演料としてサスペンダーを一本支給します」
「増やさないでぇぇぇ!」
♪ パパーン!
結局、キアリは百一本目まで大切そうに箱へしまった。金銭よりも、その笑顔のほうがロボには不可解だった。
* * *
午後四時 最高の案内ロボ
撮影機材を片づけたヒンカピンが、帰り際にロボへ声を掛けた。
「いやー、楽しかった! ところで出口はどっち?」
「お任せください。私は案内ロボです」
「お、頼もしい!」
「まず直進してください」
ヒンカピンは直進した。
「次に右折です」
右折した。
「続いて右折です」
右折した。
「さらに右折です」
右折した。
ヒンカピンは元の場所に戻ってきた。
「一周したんだけど!?」
「おめでとうございます。周回コースを完走しました」
「出口を聞いたの!」
キアリが横から小さく手を挙げる。
「出口なら、あっちです」
♪ パパーン!
なぜか音楽が鳴り、キアリが指した先にだけ夕日が差した。
「なんで普通の道案内がエンディングみたいになるんだよ!」
ヒンカピンの叫び声に、ベコと豚がそろって鳴いた。
「モォ」
「ブヒッ」
ロボは今日の業務日誌を締めくくった。
《本日の撮影:成功》
《動物福祉:良好》
《出演者の身元:非公開》
《出口案内:要改善》
「本日の業務は、すべて正常に終了しました」
その直後、ロボは自分の充電台を見失い、壁に向かって五分間「目的地に到着しました」と言い続けた。
黄色い顔のキアリは、その様子を見て声を出さずに笑った。
♪ ポン、ポン、パパパーン。
音楽は、やはりどこから鳴っているのか分からなかった。
――この一日は、旧校舎をめぐる十七人の物語とは何の関係もない。
ただ、牛と豚とロボと、ひとりの変な学生にとっては、たいへん充実した一日だった。




