第一話 フライパンに選ばれて異世界に来たけど、何も持ってないらしい
これは私が作ったもう一つの物語です。皆さんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
ジュウ……と、甘い匂いが部屋に広がるはずだった。
――はずだった。
「……よし、今日は玉子焼きだ」
卵焼き。
それは俺――ヒゴロにとって、数少ない“まともな生活”の象徴だった。
引きこもり歴、更新中。
社会との接点、ゼロ。
唯一の戦いは、空腹と自尊心。
その俺が、今日は料理をする。
フライパンを手に取った瞬間――
「……え?」
世界が、歪んだ。
金属の表面が、やけに深く、黒く、吸い込まれるように光る。
いや、違う。これは――
「ちょっ、待っ――」
引きずり込まれる。
意識ごと、身体ごと、何かに“選ばれる”ように。
――そのまま、俺は消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けると、空だった。
「……は?」
青い。
やけに青い。
風が吹く。草が揺れる。
遠くには森、そして見たこともない地形。
俺は地面に寝転がっていた。
「いやいやいやいや……」
起き上がる。見回す。
そして、確信する。
「……これ、異世界じゃね?」
心臓が、ドクンと鳴る。
来た。
ついに来た。
俺の人生を一発逆転する、あのイベント。
異世界転生。
「よっしゃあああああああああ!!」
思わず叫んだ。
空に向かって、拳を突き上げる。
「ついに来た! 俺の時代!!」
今までの全部が、ここで報われる。
そういうテンプレだ。知ってる。
じゃあまずは――
「ステータス、オープン!」
沈黙。
「……」
もう一回。
「ステータス、オープン!!」
沈黙。
「……え?」
嫌な予感。
「……じゃあ、スキル確認……?」
何も出ない。
「魔法……ファイアボール!」
シーン……
風の音だけが虚しく流れる。
「……いやいやいや」
落ち着け。テンプレを思い出せ。
最初は弱い。そういうのもある。
じゃあ――
「チートスキル、発動!」
………………
何も起きない。
マジで何も起きない。
「……は?」
手を見る。
何の力も感じない。
身体も普通。
むしろ、いつも通りの引きこもりの体。
「……え、俺……」
喉が、乾く。
「……何も、ない?」
頭が一気に冷える。
さっきまでの高揚が、嘘みたいに消えた。
代わりに、別の感情がじわじわと湧いてくる。
「……これ、詰んでね?」
魔法なし。
スキルなし。
ステータスも見えない。
つまり――
「ただの一般人……?」
異世界で?
笑えない。
「いや無理だろ……」
想像する。
街に行く。
誰にも相手にされない。
仕事もない。
金もない。
そのまま野垂れ死に。
「……無理無理無理無理」
足が震える。
来たはいい。
でも、これは――
「……歓迎されてない、ってことか」
世界に。
俺は、いらない。
その事実が、じわじわと心を締めつける。
「……どうすんだよ」
進むか?
怖い。
行った先で拒絶されるのが、目に見えてる。
じゃあここにいるか?
それも無理だ。
「……詰みじゃん」
一歩も動けない。
その場に立ち尽くす。
時間だけが、過ぎる。
――そのとき。
「……あ」
足元の石に、気づかなかった。
つまずく。
身体が前に倒れる。
「ちょっ――」
ゴッ。
意識が、途切れた。
◇ ◇ ◇
目を覚ましたとき、空は少し赤くなっていた。
「……ん……」
頭がズキズキする。
でも――
「……あれ?」
さっきまでの、不安がない。
恐怖も、焦りも、全部。
まるでどこかに落としてきたみたいに。
「……なんだこれ」
考えようとしても、うまくいかない。
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ――
「……まあ、いっか」
口から出た言葉に、自分で驚く。
「どうせ来ちゃったんだし」
立ち上がる。
足は、さっきより軽い。
怖くない。
理由は分からないけど。
「とりあえず、歩くか」
どこへ?
知らない。
でも、止まる理由もない。
俺は一歩、前に出た。
草を踏む音が、やけに心地いい。
「……なんか、楽しいかもな」
そう思った瞬間。
風が吹いた。
まるで、この世界が――
俺を、受け入れたみたいに。
そのとき、ヒゴロはまだ知らない。
自分の“異変”が、
この世界の常識を、静かに壊し始めていることを。
そして――
彼が手に取ったフライパンの正体が、
“神の金属”だったことを。
(続く)
この第1話を楽しんでいただけたでしょうか。次の話は近いうちにアップロードします。




