第55話 フェリシア新作
王都の庭園。
春の穏やかな午後。
お茶会は中盤を迎え、庭園には落ち着いた賑わいが広がっていた。
令嬢たちはそれぞれ席を移しながら、装いの話に花を咲かせている。
「やはり、最近は色々なドレスがありますわね」
「ええ。見ているだけでも楽しいです」
落ち着いた装い。
可愛らしい装い。
黒を基調とした装い。
そして、華やかな広がりを持つ装い。
それぞれの違いを語り合う時間は、ゆるやかに続いていた。
そんな中――
ふと、庭園の一角に視線が集まる。
「フェリシア様が……」
小さな声が、さざ波のように広がる。
談笑していた令嬢たちの動きが、自然と止まった。
フェリシアが、前へと歩み出る。
過度に飾らない、整った装い。
だが、その一歩ごとに、場の空気がわずかに引き締まっていく。
(……ここが、見せどころですね)
胸の奥で、静かに息を整える。
(……受け入れられるでしょうか)
ほんの一瞬だけよぎる、不安。
だがそれを、表には出さない。
顔を上げる。
「皆様」
穏やかな声が庭園に広がる。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
一礼。
そして、ゆっくりと続けた。
「お時間を少し頂き、新しい装いをご覧いただければと思います」
ざわめきは起きない。
だが、空気が変わる。
期待が、静かに満ちていく。
やがて――
一人の令嬢が、ゆっくりと前に進み出た。
深いネイビーのドレス。
生成りのレースが縁を飾り、ところどころにアンティークゴールドの装飾が控えめに光る。
ハイウエストのラインが立ち姿をすらりと見せ、前開きのボタンと控えめなパフスリーブが、洗練された落ち着きを添えていた。
「……あら」
小さく息を呑む声。
「とても素敵ですわ」
「落ち着いた装いが、さらに綺麗に見えます」
華美ではない。
だが、確かな品格がある。
その美しさは、ゆっくりと庭園へ広がっていった。
フェリシアは、その様子を静かに見つめる。
(……大丈夫そうですね)
胸の奥の緊張が、わずかにほどける。
続いて、もう一人の令嬢が歩み出る。
ふわりと揺れるスカート。
ラベンダーからミント、淡いピンクへとやわらかく移ろうグラデーション。
光を受けて、重なったフリルが花びらのようにきらめく。
胸元には透明感のあるリボンが揺れていた。
「まあ……!」
「可愛い……!」
今度は、はっきりと弾んだ声が広がる。
先ほどとは違う、明るい熱。
可愛らしさに、さらに柔らかな広がりが加わっていた。
フェリシアは、二つの装いを見渡す。
「一つは、落ち着いた装いをより端正に」
「もう一つは、可愛らしさにやわらかな広がりを持たせました」
その言葉に、令嬢たちは改めてドレスを見つめる。
違いははっきりしている。
だが、どちらも魅力的だった。
少し離れた場所で見ていた令嬢が、小さく言う。
「どちらも素敵で……選べませんわ」
その一言に、あちこちでやわらかな笑いがこぼれた。
張りつめていた空気が、ほどけていく。
庭園には、再び穏やかな空気が戻った。
だが同時に――
確かな変化もあった。
それぞれの装いが、さらに一歩進んだという実感。
落ち着いた装いは、より整い。
可愛らしい装いは、より広がる。
誰かが静かに言う。
「やはり……フェリシア様のドレスですわね」
その言葉に、自然と頷きが重なる。
フェリシアは、ほんのわずかに微笑んだ。
庭園を見渡す。
思い思いの装いで集まる令嬢たち。
それぞれが、自分の好きな姿を選んでいる。
(……確かに、広がっています)
ただ流行するのではない。
選ばれ、重なり、少しずつ形を変えていく。
王都のドレスは、確実に前へ進んでいた。
そして――
その流れの中に、もう一歩が加わる。
お茶会は、再び穏やかな賑わいへと戻っていく。
だがその空気は、先ほどまでとは少し違っていた。
新しい装いを見た後の、期待と余韻。
それを胸に抱きながら、令嬢たちは再び語り合い始める。
王都のドレス文化は――
今も静かに進化を続けていた。




