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終焉の魔女の暇乞い  作者: 雲井咲穂
第二章
22/58

夜の焚き火は、人の本音を暴く魔力があるようです? (1)

 鬱屈とした空気が凝るような夜であった。


 金の粉を纏うような繊細な光の煌めきが、パチリと爆ぜる。

 昏闇の中で淡く揺らめくささやかな火の塊を育てながら、シェイリーンはふうと息を吐いた。


 一番年下で一番下っ端であるため、火の番を申し出たのだが、こうして焰の揺らぎを見ていると、疲れていたのかうつらうつらとしてしまう。

 寝てしまっては意味がないので、なんとか眠気を冷まそうと、これから向かう場所についての内容を頭の中で整理することにした。


 目的地はノースドールから徒歩で七日の距離にある、イストールという村に接する森の奥の遺跡だという。古い古い坑道の内部にあるその遺跡は、霊廟で、封印墓だったそうだ。

 玄室は厳重に封印がかけられていて閉じられていたのだが、何かがきっかけで封印が欠け、部屋に安置されたのが副葬品ではなく「棺」であったために魔術協会へ調査が依頼された。


 その調査に赴いたのがヘイリルやアゼハたちの小隊で、功を焦った仲間の魔術師が棺を開け、中に封じられていたらしい魔物の封印を解いてしまった。

 封印が解かれ空腹だった魔物は本能のままに手近にいた魔術師を喰らい、あるいは魔物の本能のままにいたぶった。


 ヘイリルの婚約者であるアゼハは、瘴気を浄化しながら仲間を守り、その過程でヘイリルだけを強制的に転移の術を使って逃れさせた。自力で逃れてきたものを含めて、八人の命が失われる事態となった。

 そしてその彼女は生きてはいるが、どこにいるのかわからない状態なのだという。


 レーベからこの野営地に至る途中でヘイリルが話して聞かせた魔物の形や姿は、大きな獣か実態のない影のような霧の形をしていて、目鼻のない異様な姿に見えたのだという。封印を解いたばかりで実態がおぼろげだったのか。それとも瘴気の霧に撒かれて、実態が見えなかったのかはわからない。


 けれどヘイリルが言うには、仲間の魔術師であったレトーネの致命的な行動によって、魔物の結界が解き放たれたのだと指摘した。


 彼は棺の中身を暴くために、蓋に嵌め込まれていた魔石のようなものを取り外したのだという。おそらくそれが棺の魔物を封じていた何らかの装置で、魔物の力を抑制する何かだったのではないかと推測したのだという。


「棺の魔物に、玄室、霊廟、閉ざされた部屋に、蓋の魔石……」


 シェイリーンが気がかりなのは、魔物がどのような力を持っているのかだった。

 帰還した仲間の体に刻まれた、呪いのような、目に見えない謎の力はとても恐ろしいものだった。治癒師がどんなに全力を以て治癒にあたっても、閉じた傷が次々に開いてとめどなく出血を続けていた。外傷が酷い人もいれば、一見すると無傷なのに、口から溢れるように血を零し始めた人もいた。


 治癒の術が効かないほど強い力の正体を見極められなければ、遺跡にたどり着いて状況の調査ができたとしても、再び襲われてしまえば先遣隊と同じような末路を辿る可能性もある。


「せめて、棺の魔物の正体と、系統がわかればいいのだけど」


 魔物には魔物の、魔物たる由縁に繋がる系統がある。

 それを系譜と称する人もいるし、系統と称する人もいる。

 火の魔物は火の系統の魔術に耐性があり、火に関連した力を使う。


 人間が使う魔術とは違い、生まれながらにその力を行使するためそれを魔術と区別して「魔物の法則の力」という言葉を短く「魔法」と称する。


 魔物の魔法と、人間の魔術は似て非なるものだ。魔法と魔術の源は魔力なのに、魔法には術式がないのに魔術は術式が必要だ。中には詠唱という言葉に魔力を乗せて発することで術式を展開するものもある。

 魔物にとって魔法は「呼吸」と同じように扱うことができるので、術式や詠唱などは必要ない。ただ使おうと思えば使えるし、使わないという選択をすれば使わないのだ。


 魔物は単一の属性を持つ者と、派生して複数の属性を持つ者もいる。水と火というように相反する属性を使い分ける厄介な魔物もいるし、精神に作用する魔法を使う魔物もいる。厄介なのは夢や影、霊魂に巣食う魔物がいることだ。そうした魔物は非常に稀で、概念的な要素が多い為、物質的な魔術や刃物などでの攻撃はすべて無意味になってしまう。


 そうした目に見えない概念系や精神系の魔物を総称して「黒の魔物」と称することがあり、唯一黒衣だけが対処することができる魔物であった。


 呪いのような「目に見えない」魔物も黒衣の管轄の魔物ではあるのだが、魔法の端を捉えるだけでは呪いは解けない。呪いの本体を見極めることが重要なのだが。


「それがなかなか難しいのよねぇ」


 はぁ、と息を吐きながらシェイリーンは空を見上げた。

 辺りは一面雪景色なのに、森の合間にぽかりとできたこの野営地には雪の気配がまるでない。葉をすっかり落とした木々の端々に降り積もった白い雪はとても幻想的だが、寒いという以外に特に感想がないのが現実だった。


 霜の上に雪が積もってしっとりとしているはずの地面の雪は乾いており、塔の魔術師によって丁寧に張られた結界の内側はあたたかく、魔物から見えないように目くらましの術がかけられている。焚き火用に拾い集めた細々とした小枝も、繊細な魔術によって水分がきれいに払われていた。全く、高位というのは非常に便利である。


 半透明の淡く虹を帯びたような結界の内外だからこそ成せる繊細な術式なのだが、それをさも当然のものとして受け入れているというあたり、流石は高位の魔術師なのだろう。


 パキン、と焚き火の中から小枝が破裂するような音が夜の静寂に響き渡った。火の粉が音を立てて爆ぜ、微細な光を明滅させる。その光に僅かに影が翳ったのに気づき、シェイリーンは視線を動かさないまま静かに口を開いた。


「荷物のことなら謝りませんよ。両手が塞がった状態で、突然襲われた時、身が守れないのは困りますから」

「お前、結構喋るんだな」

「は?」


 急にこの男は何を言い出すのかと、シェイリーンは手に持っていた枝を取りこぼしそうになった。魔力を使わない火熾しの方法すら知らない男に呆然と視線を合わせれば、ファルジェは息を詰めたように顔を逸らす。


 寒さに目覚めたのだろうか。その鼻頭と耳の頭が少し赤く染まっていた。


 彼は緩慢な動きでシェイリーンの方に歩み寄って、しばし迷った後、焚き火からほど近い地面に倒された大木の上に腰を下ろす。どうやらしばらく起きて暖をとるようだ。


 薪がまんべんなく燃えるように枝で調整しながら、シェイリーンは朱金色の炎が揺らめくのをぼんやりと眺めた。ノースドールより北に位置するこの街道は、夜はかなり冷える。防寒対策はある程度しっかりしてきたが、暖を取らねば凍えてしまう。もう少し薪を足しておくか、と手を伸ばした時だった。


「お前は本当に、わけが分からない」

「……、何ですか急に」


 ぽつん、と零された一言は拍子抜けするほどあっさりとしていて、素直な感想を零しただけなのだとわかる。


 含みのない言葉にどう返したらよいものかと悩んでいると、ファルジェが頬杖をついてこちらをじぃっと見つめてきた。それはまるで、野生動物を遠目から観察するような視線で、ひどく落ち着かなくなる。


「荷物を捨てろというし、宿は嫌だと駄々をこねるし。魔術で火を熾せばいいと言えば、自力で火を熾すというし。なんなんだ」

「お言葉ですが、宿が嫌だと駄々をこねた記憶はございません。必要最低限の寝床は欲するところですが、豪華すぎる寝床に慣れてしまうと、いざという時の野営が非常に厳しいものになります。それにお金には限りがありますから、安全が担保されているのなら中程度の宿で事足ります」

「意外と現実的……」

「あなたは私を何だと思ってるんですか」

「生き物?」


 そんな小首を傾げてくりっとした瞳で言わなくてもよいではないか、とシェイリーンはがくりと肩を落とした。


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