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終焉の魔女の暇乞い  作者: 雲井咲穂
第二章
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素直じゃないけど、素直な二人。(2)

 賑わいを見せる大通りを二人でしばらく無言で歩いていると、唐突に声が届いた。


「何を買ったんだ?」


 シェイリーンの手元の袋に視線を落とし、ヴェルゼイムが少し低く落ち着いた声音で問いかけてきた。購入したパンは口に入るものだから、どんなものか気になったのだろう。

 抱える袋に視線を落とし、その中の確かな質感に頷きながら、少し笑って答える。


「保存に向いた水分の少ない雑穀のパンを二つ買いました。レーベからイレィユまでは徒歩で一日半の道程ですから、途中の野営を予測して、人数分と少し余分に購入しました」

「そうか。……それは、どんな味なんだ」

「どんな……」


 渋めの声が唸るように漏れ出ている。不安なのだろうか。

 確かにヴェルゼイムは高位貴族の青年のようだから、こうした場所で食料の調達をするのは非常に珍しい体験なのかもしれない。もしや、露店で食品を買ったことのない人種だろうか。


 同じ貴族でも協会所属のファルジェは例外として、塔の魔術師というのは高級宿で出る食事くらいしか口にしないものなのかもしれない。平民のシェイリーンにはよくわからない感覚だが、妙なものを食べて体調を崩せば任務に差し障る。そういう意味で、宿を決めたのかもしれないと認識を改めた。


 とはいえ、先ほど双方で矛を収めたところであったので、今後の参考にはするが混ぜ繰り返すような面倒な真似はしないと決める。

 口にする物への不安が少しでも解消されれば、少しは道中の安心材料になるだろうかと、シェイリーンは瞳を上げた。


「平民の一般的な食糧なのであまり品質を期待されるのは困るのですが、歯ごたえがしっかりしていてお腹にたまるタイプのものを選んだつもりです。今朝焼かれたばかりの出来立てで、毒物の反応はありませんでした。」

「毒?」

「え? 毒の心配をされているのではないのですか?」


 目を丸くさせてさっと振り仰げば、同じような表情をしているヴェルゼイムの瞳とかち合う。一瞬の空白の後、なんだかこらえきれなくなって二人同時に吹き出してしまう。


「私は、てっきり、毒の混入を気にされているのかと」


 くすくすと笑って口元にゆるく丸めた指先を当てて肩を揺らせば、ヴェルゼイムはほとほと呆れたような声で応じる。


「食べる前に毒検知の魔術をかけるから、よほどでなければ気にならない」

「そういうものなんですか?」

「魔術師なら普通はそうする。魔術の覚えがない護衛騎士の場合は、主がその役割を担う……が、君はそうではないのだな。すまない」


 シェイリーンに護衛騎士がいないことを揶揄したわけではないのだと、ヴェルゼイムは小さく付け加えた。別に悪意のある言葉ではないので気にならないと返し、シェイリーンは笑いを収めて頷いた。


「少しもそもそするかもしれませんが、スープを作れば、それなりに食べられます。浸すとパンがスープを吸っておいしいんですよ。しかもお腹がいっぱいになります」

「作るのか?」


 君が、とでも言いそうだ。

 少し立ち止まって驚いたように視線を注がれるので、この御仁はシェリを一体何だと思っているのだろうか。


「流石に、宮廷料理のような味わい深いものは作れませんが、平民の一般家庭料理的なものなら作れます。さすがにパンだけだと栄養が偏りすぎますから」


 野営を幾日も連続ですることになるとは思えないが、穀類と肉に偏り過ぎた食事は危険である。

 少量でいいので保存の効く野菜もいくつか購入しておこうと指折り数えて考えていると、不思議な生き物でも見るようにヴェルゼイムがぽつりと零した。


「いや。箱入りで協会に詰めていると聞いていたので、野営が苦にならないどころか自炊ができるのかと単純に驚いただけだ」


 そう。単純に。ただ驚いただけなのだとヴェルゼイムは言った。

 ここへきて、そうか、とシェイリーンはやや頷く。


 彼はラクトレイユから事前情報をある程度教えられていても、シェイリーンが協会でどのような立場だったとか、それまで何をしていたのかは知る由もないのだ。

 ただ外に出るのが面倒くさい引きこもりで、協会内で外の仕事ができないので怠惰に暮らしていたと思われてはまずい。


 有能ではないが、それなりに内側の仕事もしていたと主張するには絶好の機会で、シェイリーンは顔を上げてまっすぐにヴェルゼイドを見上げた。


「私は、……好きで外向きの仕事に行かないわけではなくて、護衛騎士がいないから領域の外で仕事ができなかっただけなのは、もうご存じですよね」

「それは……ラクトレイユ殿から聞いた。君は協会の諸事の書類仕事を主にしていて、文官的な立ち回りだったと」


 表向きにはあまり知られていないことだが、シェリは協会内務においてそれなりに貢献している。細々とした契約書類の確認から始まり、時折、ラクトレイユの秘書官のような立ち位置で、他の内務の職員と協力して職務に当たることもある。会議のための資料作成や下調べをはじめ、他の協会からの問い合わせにも対応していたし、治療所の備品の補充を代行することもあった。


 外向きに働く職員に比べて、内務関係の仕事仲間が多く、その一人がクレンティアだ。他にもリリィをはじめ、わずかな数人だけがシェイリーンの協会での仕事を知っていた。

 決して働かずにご飯を食べていたわけではない。


「私が協会に所属したのは約三年前。正確には二年と半年前ですが、それまでは普通に野営をしながら地方を回って黒衣の仕事をしていました。というか、平民なので自炊くらい、ほぼできます」

「黒衣が? 一人で?」


 初めて聞いたのだろう。毒気を抜かれたように目を瞬くヴェルゼイムの表情を見て、シェイリーンはこの反応をどこかで見たことがあると気づく。ファルジェに話した時も、似たような反応を見たことがあった。

 シェイリーンは今朝、少し面倒くさそうにヴェルゼイムがかけてくれた守りの魔術の気配を追いながら、外套にそっと手を触れ、頷いた。


「魔物からよく命を狙われず、喰われなかったものだと言いたそうですが、事実は少し違うんです」

「どういうことだ?」


 問いに対して、シェイリーンは素早く顔を上げ、少しだけ口の端を上げた。


「守護の魔術が使えなくても、魔物から身を守る術は意外とあるものなのですよ。それに、素朴なご飯の方がおいしいってことでもあります」

「ますますわからん」

「今はご披露できるだけの素材がありませんからね。明日になればわかるかと」


 そういえば、いつもヴェルゼイムの背後に控えているはずのクラゼファンの姿が見当たらないな、とシェイリーンは視線を泳がせた。すると、彼は無言である方向を指差した。


「あそこだ」


 視線の先には、やや離れた場所でファルジェとヘイネルが三人で難しそうに露店の前で唸っている様子が見えた。どうやらお願いしていた乾燥ベーコンの買い付けをしてくれているようだ。


「なるほど」


 しばらくして、クラゼファンが財布のようなものを取り出したのが見え、買い付けは無事に終わったのだろうと察した。


 パンの重みを確認しながら視線を向けると、明らかに不機嫌そうなヴェルゼイムが長いため息を吐いた。


「あ」

「私が持とう。さすがに重そうだ」


 シェイリーンの手から袋を掻っ攫うと、彼らの方へさっさと歩きだしてしまった。


(別に、パンくらい。重くはないんだけど……。お詫びのつもりなのかな)


 あまりのことに一瞬驚き、固まったが、不機嫌そうな雰囲気と表情だけで、特に害意はないことが分かった。おそらく、立場が上の年長者として、思いやりの片りんを見せてくれたのだろうと勝手に結論づけ、シェリはゆっくりとした速度でそちらへ向かった。



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