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48話 ジャガイモの行方

 寂しいという言葉が喉元まで出かかっている。行って欲しくない。でも好きな人の為にそこまでしたいと思うステラナの気持ちを応援したい。


 ルミは目をつぶって唇を噛み締めた後、「応援するわ」と言った。

 自分の気持ちとは真逆の言葉だ。本当は行かないでって言いたい。これからもこうやって会いたいって言いたい。でも。

 

「手紙を書くわ。遊びにも行くね」

 そう言う自分の目から、いつの間にかポロポロと涙が溢れていた。


「ありがとう、ルミ。会いに来てね、絶対よ」

 ステラナも泣きながら、ルミを抱きしめた。ギュッと抱きしめるので、ルミが掴んでいたシナモンロールが、ステラナの服に触れてしまった。


「ごめん、服を汚しちゃった……」

 そう言っても、ステラナは離してくれない。しばらくの間、そうして抱き合って別れを惜しんだ。




 ステラナがアティベッドへ旅立ってから二週間後。

 暖かな陽射しで汗ばむくらいになった頃、ルミが朝食の食器を片付けていると、父が声を上げた。


「お父さん、どうしたの?」


 ルミは急いで声が聞こえた寝室に駆け寄った。父はクローゼットの前で一枚の紙を手にして、立ち尽くしている。

「何かあった?」

 母も寝室にやってきた。ルミは父が手にしている紙を覗き込んだ。それは一年前にエリオから渡された専属農家契約書だった。


「これがどうかしたの?」

「ここを見てみろ」


 ルミは父が指差した先を読んだ。

「えっと……クラメール家のジャガイモは、王家ランベールとの専属契約を結ぶことを……」


「え、ちょっと待って。王家()()()()()との契約……?」

 母の顔が青ざめていく。


「ああ、でもランベール家はもう退位して何処へ行ったかもわからない。私は勝手に王宮との契約だと勘違いしていた」

「そんな……まだ一度もジャガイモを買い取ってもらってないのに……」

「この契約書はもう無効?」

 ルミは眉を下げて父と母を見た。


「だろうな。もっと早く確認すれば良かった」

 肩を落とす父の横で、母も肩を落とした。

「私もよ。ごめんなさい」

 どんよりした空気が寝室を覆っていく。


「ま、仕方が無いわ。新ジャガも秋のジャガイモも、今度市場へ売りに行きましょう」

 母が無理やり明るい声を作った。


「ちょっと待ってて!」

 ルミは父と母に背を向けて駆け出した。

「私、エリオに文句を言ってくる!」


 玄関のドアをバタンと勢い良く開けたルミは驚きのあまり呆然とした。そこにエリオが立っていたのだ。


「おっ、びっくりした」


 会いたいと願いすぎて頭が可怪しくなってしまったのだろうか。幻なのにハッキリと見えるし喋っている。


「何だ? エリオに何の文句があるんだ?」


 ニヤニヤと笑いながら、後ろからウルフが顔を出した。自分がウルフの幻を見るはずが無い。ルミは目の前にエリオが実際に立っていることをそこで理解した。


「よっ! 元気そうだな。ルミ」


 ウルフはエリオとルミの間に立つと、手を挙げた。

 居酒屋で眠ってしまって以来、半年振りのエリオとの再会だ。感動で胸がいっぱいだというのに、ウルフの行動で()がれてしまった。潤みそうだった目が、恨めしくウルフを捉える。


「今日はどうしたの?」

「畑を見に来たんだ」

「どうして?」


 ウルフはジャケットの内ポケットから一枚の紙を取り出して広げた。

「これは?」

 ルミは書いてある文字を覗き込んだ。


「此処に書いてあるだろ? 我がフェルセン家との専属農家契約書だ」

 ウルフがドヤ顔で胸を張る。ウルフが指した指の先には、確かにハッキリとそう書かれている。


「ルミ?」


 話し声が聞こえたのか、父と母が扉を開けて出てきた。


「あら! ウルフ王子とエリオさん」

「お揃いで。どうされました?」


 ウルフとエリオは父と母にシンクロして会釈した。そして、ウルフが一歩前へ出た。

「こちら、我がフェルセン家との契約書です。畑を見せて頂けますか?」

「ええ⁉︎」

「ぜひ!」


 満面の笑みで父と母はウルフを畑へ連れて行った。父と母の嬉々とした声が遠くなって行く。三人が小さくなるのを見送ってからルミは振り返った。

「久しぶりね、エリオ」

 そう言った瞬間、ガバっとエリオがルミを抱きしめた。


「会いたかった! ルミ……」

 驚くほどに力強くて苦しい。でも例えようのない幸せが込み上げてくる。

「私も会いたかったわ……」


 母やステラナとは違って大きくてがっしりとした胸だ。引いていた涙が湧いてくる。最近泣いてばかりだ。

 エリオの長い腕がルミの背中に絡み、肩を掴む。


「最後に会った時はかなり痩せていたが、今は元に戻ったようだな?」

 耳元からエリオの弾んだ声がする。


「ちょっと、それどういう意味?」

 涙を払って見上げると、すぐ目の前にエリオの笑顔があった。こんなに屈託無く笑うエリオは初めてだ。

 可愛い、かっこいい、愛おしい。この笑顔をこの先永遠に見つめていたい。


「ねぇ、エリオ」

「なんだ?」

「結婚しましょう!」

お読みいただきありがとうございます!

次回最終回です。

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