最終話 ワガママと贅沢
ルミの言葉に、笑っていたエリオの目が点になる。
「まさか、ルミから言われるなんて思わなかったな」
「フフッ。言いたい時に言っても良いかなって思って」
自分でも自らプロポーズするなんて思いもしなかった。
しかし、エリオは思いつめたような顔になった。
「私は……執事を正式に辞めた。父には案の定見限られて、爵位は弟に与えると言われた」
エリオは申し訳なさそうに眉を下げ、悔しさを滲ませた。
「私にはもう何も無い。それでも……」
「エリオがいいわ!」
ルミは間髪入れず抱きついた。
驚いたエリオの厚い胸に頬を押し当てる。すると耳に唇が触れそうな距離で優しい声がした。
「ありがとう。結婚しようルミ、愛してるよ」
幸せすぎて雪のように地面に溶けてしまいそうだ。エリオの速い鼓動を聞き入っていると、畑から両親とウルフがこちらを見ていることに気づいた。ルミは慌ててエリオから離れた。念願だったエリオとの再会で周りが見えなくなっていたようだ。
ウルフはこちらの様子を伺いながら、ルミたちのいる玄関前へと戻って来た。
「あんまり見せつけないでくれよ。俺はフラレたばかりでまだ胸が痛いんだ」
ウルフは困り顔で胸に手を当てた。
「ごめんなさい」
申し訳なくてエリオから更に離れると、ウルフは笑った。
「冗談だよ。エリオの言う通り、いい畑だな」
ウルフが契約書を広げる。そこには父のサインがあった。父と母は、麻袋に入ったジャガイモを重そうに運び、ウルフが乗ってきた馬車に積んでいる。
「ルミ、これはジャガイモの代金だ。これから毎月受け取りにくるよ」
ズッシリと重たい金貨を手に持ったルミは、一年前にまさにこの場でエリオに言い放った言葉を思い出した。
『専属農家になったら、収穫したジャガイモを必ず買い取ってくださるんですよね?』
『ああ』
『分かりました。王宮へ行かせてください』
あの時に自分は替え玉となることを決意したのだ。あの時はエリオのことが憎くて憎くてたまらなかったのに。今は……。
どんな表情でエリオを見つめていたのだろう。ジャガイモを積み終えた母はルミの横へ来て囁いた。
「告白でもしたの?」
「え? うんん、プロポーズしたわ」
「ええ?」
母の声に父も駆け寄って来た。
「なんだ、どうした?」
「ルミがプロポーズしたんですって!」
父はあんぐりと口を大きく開けて動かなくなった。
「でも、ルミ。エリオさんは確かライゼン伯爵の……」
「あ、いえ、申し訳ないですが。私は爵位を継げません。執事を辞めて農家になりたいと父に言ったところ、呆れられてしまって……」
エリオの眉が八の字になる。
「農家に!? それならプロポーズは……」
母は手で口を覆ったが、喜びが隠しきれていない。
「おめでとう、エリオ。ルミ」
ウルフはにこやかに笑うと、「じゃあ俺はこの後も忙しいから」と言って馬車へ向かった。
「なんてったってこの国の王子だからな」
乗る前に冗談めかして笑い、ウルフは去っていった。
それから数日後。ルミとエリオは新生活を始めた。結婚したルミに、母は自分の生家をプレゼントしてくれた。実家のジャガイモ畑の奥にある、林の中にポツンと建つ家だ。手前には小さな畑もある。祖父母が健在だった子どもの頃、数回訪れたことのあるレンガ造りの家だ。
「此処にこれから二人で住むのね」
畑の前に立って眺めていると、横へやって来たエリオに口づけされた。
エリオと口づけするのはこれで三回目だ。回数が増える度、時間は長くなり、濃度が増している。
思わず膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えてエリオに抱きついた。
「ルミが目指していたスローライフの始まりだな?」
口を離したエリオが微笑んだ。
「そうね、夢のようよ」
ルミは微笑んで、また家に視線を戻した。
「ルミ……話しておきたいことがあるんだ」
エリオが急に神妙な声を出した。
「ウルフ殿下から聞いたんだが……」
エリオは言いにくそうに眉根を寄せている。
「何? 何の話?」
怖くなってルミは身構えた。
「……ジュリエッタはこの家に隠れていたらしい」
「えっ……」
思ってもいなかった言葉に、ルミはキョトンとした。
「ルミが牢獄に入っていた三ヶ月間。ルミとして、まさにこの家で生活していたらしい」
「そう……なの……? 国王がここへ連れてきたのかしら?」
「多分な。母親の本当の生家として知っていたのかもしれない。ウルフはずっとルミの家族に、此処が隠れ蓑に使われていたことを教えようか、悩んでいたそうだ」
ルミは思い返した。ウルフが最近よく実家を訪れ、何かを言いたそうにしていたのには、そういう理由があったのか。
「エリオはどうして私に話してくれたの?」
「住むとなったら、やはり気になるだろう? 聞いて、やめたいなら早い方が良い」
ルミは家を眺めて想像した。この家に隠れて暮らすジュリエッタの姿を。すると窓から外の様子を伺う、怯えたジュリエッタの姿が思い浮かんだ。
「……気にならないわ。私、ジュリエッタには感謝してるもの」
ルミはエリオを見上げ、ニッコリ笑った。
「替え玉になったおかげで、ステラナやエリオに出会えた。それにね、今では贅沢もいいなって思ってるの」
「え?」
微笑む私をエリオは驚いて見つめた。
「一度きりの人生だもの。ワガママを言わないと、見えない世界がたくさんある。折角生まれてきたんだもの。色々な世界を見てみたいの」
ルミが以前望んでいた静かで慎ましいスローライフはモノクロだった。でも今はその世界がカラフルに彩られ、光り輝いている。それは紛れもなく替え玉になったおかげだ。
王女として過ごした半年間。思い返せば楽しいこともたくさんあった。ふかふかのベッドはやはり気持ちよかったし、メイクやドレスでお洒落をすることも楽しかった。
「ルミ、これからどんどん私にワガママを言ってくれ。二人でそれを叶えていこう」
エリオが腰に手を回した。
「ありがとう。それじゃあ……ここにジャガイモを植えたいわ。こっちには人参も、キャベツも。あ、花も植えたい! それと、旅行に行きたいわ! ステラナのいるアティベッドへ行きたいの!」
ルミが畑を周りながら語っていると、エリオが後ろから抱きしめてきた。
「私は、今晩ルミとずっと一緒にいたい。ずっとそばに居て離れないで欲しい」
ルミは振り返って眉をピクリと上げた。
「今晩だけでいいの?」
「え?」
エリオの頬が赤く染まる。
「フフッ、冗談よ。私がエリオの熱で溶けてしまったらどうするの?」
「その時は一緒に溶けるよ。そして一つになろう」
エリオの言葉にルミは微笑んだ。
最後までお読み頂きありがとうございました!
これにてこのお話は終わりです。
(もしかしたら後日談を書くかもしれません)




