4-6(六)
「まずいまずいまずいまずいまずい!」
メイシちゃんは地団駄を踏んで言った。祠の周りをぐるぐる回る。
「まずいぞ六花、余は死ぬ!」
「……死ぬんですか」
めちゃくちゃ元気そうだが。何なら今日一番。
「この依代はいつまでも使えるものではない。期限が切れれば崩れる。そのときに帰る先がなくては死ぬだろうが」
「ああ、乗り物タイプなんですね」
「あん?」
「いや、依代って遠隔操作タイプと乗り物タイプがあるじゃないですか。乗り物タイプだと事故ると乗客も死ぬっていうか」
「縁起でもないタイプ分けをするな。石を見つけねば……一体どこにいった」
「勝手に転がっていったり、蒸発したりってことはないですよね」
「ありえん。余の感覚だと、どこかに運ばれたようだ。そんなに遠くではないようだが」
「結構な大きさじゃないですか。運ぶの大変ですよ」
「おい六花! さっきからお前真剣に考えていないだろう! 一大事だぞ!」
「ちなみに依代が崩れるって、光の粒子になるタイプですか、それとも肉がドロドロになるタイプの」
「石を見つけたら目玉をもう一度貸してやる!」
そう言われれば、少しはやる気も出てくる。
肉がドロドロタイプだった場合は見たくないし。
考えてみよう。
メイシちゃんの感覚とやらを一旦信じるとすると、石はどこかへ運ばれたことになる。そう遠くではない、というのがどれくらいの距離感なのかわからないが、たとえば高校の敷地内のどこかに運ばれたのかもしれない。
正確な重さはわからないが、簡単に運べるものではないだろう。手で持ち上げてまともに運びたいなら最低でも二人がかり。
気まぐれでやることではない。それなら一番に考えるべきは、なぜわざわざそんなことをしたのかだ。
「私以外にここってどれくらい知られているんですか?」
今さら聞くのもなんだか間抜けな感じがするのだが、聞いてみる。少なくとも私は他の生徒からこの場所や祠や石について聞いたことはないし、ここで誰かに出くわしたということもない。
「別に隠れてはいないから、知っている生徒はいるだろう。だが今の在校生で定期的に来るのは、六花、お前だけだ」
「ということは、石を持っていきそうな生徒に心当たりはないと」
「ないな」
わざわざ重い石を苦労して持ち出すからには相応の理由がある、と考えると、目玉の石の特殊性を理解している人間の犯行を真っ先に考えるべきだと思う。けれどそこに繋がる手がかりはない。
あるいは特殊な石だとは思っていないとしたらどうか。たとえば流鶯祭の何かの出し物で、何だろう、何でもいいけれど、テントを押さえる重しが必要だとか、いやわからないけれど、何かこう、重いものが必要で、あの石がちょうどいいじゃないか、といって拝借した。
……考えにくい。他に重しになりそうなものは身近にいくらでもあるだろう。わざわざこんなところまで来て、祠の中に置いてある石を持っていくというのは不自然すぎる。
「……あ」
ぐるぐるしていたメイシちゃんがピタリと止まって、天を見上げた。
「どうしました」
「誰が持っていったかは、あれでわかる」
微妙に余り気味の袖で指差す樹上には。
「あれ?」
「あそこについている。監視カメラだ」
監視カメラのレンズを目が合った。
「……は?」
二人で小さな液晶画面を覗き込む。画面の中ではメイシちゃんと私が向かい合っていた。朝の様子だ。音声はないらしい。
「こんなこともあろうかと仕掛けておいてよかった」
「いや、どんなことを想定してたんですか……」
どうやって入手したんだよとか、どうやって取り付けたんだよとか、疑問だらけだ。
「お前に貸している目玉もそうだが、要は謎の気配、事件の気配を感じ取れるわけだ。だから今日この祭の日に何か事件が起こるだろうとは思っていた。監視カメラも対策の一つよ」
「そこまでわかっていたのに石が持って行かれるとは思ってなかったんですか」
「……ふん、すぐに見つければ良い」
当然、ここで一つの疑いがある。
準備が良すぎると疑いたくなるのが、謎を楽しむための自作自演という線だ。
つまり、全てメイシちゃんの仕込みという可能性。だが先ほどのメイシちゃんの焦りようは真剣そのものだった。人間の枠組みで考えてはいけないのかもしれないけれど、さすがにあれが演技だと言われると人間不信に陥りそうだった。ひとまずは信じてみようと私は思う。
「おっ、誰か来たぞ!」
画面の中、誰かが祠に近づいてくる。
三人いる。
三人は緩慢な動作で、互いに雑談でもしながらといった様子で祠の中を覗き込み、これでいいのかと問うように画面外を一度見て、うなずき、祠から石を取り出す。
二人がかりで持ち上げた石を、一人が運んできた台車の上に載せる。
三人は台車を伴って画面外に出て行く。
去り際に見えた向こう脛の毛までは、このカメラの画質では映らない。
「おい、こいつらはさっき余が見た……」
「ええ、メイド傭兵部隊ですね」
野球部に殴り込みだとメイシちゃんがいうので、それをなだめつつ野球部が設営しているメイド傭兵部隊受付までやってきた。依頼人の個人情報を明かしてくれるのか不安だったが、石を運んだことについて聞くと案外と素直に情報が得られた。
「どこに持ってったかは知らないです。台車に乗せて、そのあとは渡しちゃったんで。依頼してきた人が持ってきました。その人も頼まれてって言ってましたけど」
「おい、その依頼人は誰だ。どんなやつだった」
メイシちゃんが居丈高に言うのにメイド姿の野球部の一年生は面食らった表情を見せる。
「ああ、ごめんなさい、ちょっとこの子、あー、変わってて」
それに、肉がドロドロになるタイプかもしれないから焦ってて、と心の中で言い足す。
「それで、依頼人は誰? 名前とか……」
「名前は聞いてないです」
「なにか特徴とか教えてくれる?」
「金髪です」
「…………ああ」
それは、特徴的すぎる、と私は思った。
野球部のメイドは、金髪が台車を押していったのは3棟の方角だと教えてくれた。
そうなると、もうかなり明らかだと思う。
「わかった顔をしているな、六花」
「いや……あんまりわかってないのですが……」
正確には、わかりたくないというか。理屈と直感が真っ向からぶつかっていた。廊下ですれ違う生徒たちの間に金髪を必死に探す。意外にいないのだ。赤とか緑とかの髪はよく見るのだが。金は見当たらない。私はだんだん絶望的な気持ちになってくる。
「今日は直接聞こうじゃないか。謎の答えを」
メイシちゃんはそういって適当なロッカーに腰掛け腕を組み、足も組んだ。その不敵な表情に促され、私は話し始める。
*
はじめにいいますが、私はこの仮説を間違っていると思っています。けれど、状況からは当然、この仮説を検討するべきです。
今日私は、メイシちゃんを連れて流鶯祭を回りました。そのなかで、こういうものの存在をメイシちゃんは知ったと思います。
野球部による、任意の指示を聞いてくれるメイド傭兵部隊。
写真部による、指定した人物の写真を撮ってきてくれるサービス。
実行委員会総務部が台車を貸しだしていること。
実は私は、昨日も同じように流鶯祭に不慣れな人物を案内しています。メイシちゃんも先日の落下騒ぎで知っている、あの吸血鬼の出雲泉水です。
出雲泉水は新鮮な知識を持って今回の誘拐を実行することができます。
私が写真を撮られるのを嫌がることをわかっていて、写真部を使うことによって足止めし、祠に近づかない時間を作り出す。
そのタイミングでメイド傭兵を動員する。
総務部門から借りた台車で、石を運び出す。
全く隙のない、情報に過不足がなさすぎる、火を見るより明らかな犯行の可能性です。
あと、言うまでもないですが、彼女は金髪です。
昨日私が案内する中で出雲泉水に教えた情報で重要なものがもう一つあります。
3棟は流鶯祭の開催エリアにはなっておらず、従ってほぼ無人であること。
野球部の証言と合わせれば、そして先ほどの放置された台車のことを考えれば、おそらくそこに石を持っていったので間違いないでしょう。
*
その3棟に向かいながら、メイシちゃんは言う。
「どうしてその仮説が間違っていると思う?」
「……フィーリングです」
「ロジックも何もあったものじゃないな」
「なんというか、手がかりが揃いすぎている、お膳立てされすぎているような気がするんです。これで解けてしまったら、フェアじゃないというか」
「はん。後期クイーン問題のひっくり返ったやつか?」
そんな単語が妖怪的な存在の口から出てくるものか。
「だいたい、誰がお膳立てしているというんだ。作者か? いるのか作者?」
私は黙るが、メイシちゃんの反論ももっともだとは思う。
情報が噛み合いすぎているのが気持ち悪いのは間違いないが、真犯人が作為を持ってこの状況を作るというのも無理だろう。ただの偶然としか片付かないのなら、それを判断の理由にすべきではない。
「アンフェアだ、なんていうのは、真実にたどり着けなかった者の言い訳だ。謎を解くこと、正解を得ること、それが唯一の勝利だ。アンフェアなんていうのは負け惜しみの叫びなんだよ」
などとメイシちゃんは少々極端なことをいった。私は納得感も大事だと思うのだが、それは『正解』の定義の仕方の差だけであって根本は同じことかもしれない。
けれどそれよりも、そんな観念的な話よりももう一つ、どうしても違和感があるのだった。
「……それに、出雲泉水がしそうなことには思えなくて」
思えないのだ。
仮に、私が先日メイシちゃんと話していたことを、実は出雲泉水はしっかりと目撃していて、会話の内容すら聞いていた、としよう。だから出雲泉水は、石に秘密があることを知っている。それくらいは十分あり得ると思った。それなら石を調べようと思うくらいならわかる。
だが、そうだったからといって、石を誘拐する理由が全くわからない。
確かにこれまで出雲泉水は、私の想像を軽々と超えてきた。
前日に私に教えられた流鶯祭の情報を総動員して、私が謎を奉納している相手であるところの石を誘拐する。
けれどこれは、上手く言葉にできないのだが……あるべき超え方ではないように思う。その超え方は、私は嬉しくない。
「はん。わからんぞ。誰しも隠し持っている本性というものはある」
あるのだろうか。どういう本性が? あの子に?
「しかし、あれも地学部なのだろう? 展示のところにいるかどうか、確認したのか」
メイシちゃんが指摘する。
アリバイの確認。
「一応霧島に確認をしました。普通に、午前中は一緒に展示の教室にいたと言ってましたが、さっきの方法だと極端な話、メイド傭兵と写真部に依頼するだけですから、そんなに長時間はかかりません。トイレに行くふりをして席を立つくらいできますし、霧島はそれくらいの離席があっても『教室にいた』と表現するでしょう。だからアリバイにはならない」
「はん。しっかり確認しているんだな。いつかのときは、犯人探しはしたくないとか、興味ないとか言っていた癖に」
からかうようにメイシちゃんがこちらを指差した。
「いや、これは確認するでしょう、だって出雲泉水が……」
だって出雲泉水がなんなのか。出雲泉水だとどうなのか。私は言葉に詰まって、けれど咄嗟に、
「というか、犯人を見つけて石を取り返せと言ってるのはあなたでしょう?」
なんとか切り返す。それを見透かしたような笑みを浮かべてメイシちゃんは、
「まあ、見ればわかるのだろ。見るからにあるぞ、そこに。謎が」
メイシちゃんが指差す先は、空き教室の扉。
私の推理が正しければ――あるいは正しくなければ――そこに石があり、金髪の吸血鬼がいる。
「さあ、フェアに勝負だ!」
メイシちゃんが小躍りする。このひとやっぱり楽しんでないか? 多分肉がドロドロに溶けるタイプじゃないな、等と思いながら、私は扉に手をかける。




