4-4(六)
何か観たいものがあるのかとメイシちゃんに問うたところ、「すべてを見せろ」と地学部員みたいなことを言い出したので、私たちは流鶯祭を適当に回ることにした。
「おい六花」
「はい?」
「あれはなんだ」
「あれは、流鶯まんじゅうですね」
近くの和菓子屋から仕入れた小さなまんじゅうに、校章の焼き印を押して売っている。食べると流鶯に入れるという触れ込みで中学生に対する過剰な営業が行われていた。正門を入ってすぐ隣、本部受付の向かいにあるテントから、呼び込みの生徒は門の外まではみ出し、入場待ちの人々を激しく呼び込んでいる。
「ふむ。ではひとついただこう」
メイシちゃんは悠然とそう言ってこちらを見た。
「……お金持ってないって事ですか」
メイシちゃんは肩をすくめた。こいつ……。
私は流鶯まんじゅうを二つ買い、一つメイシちゃんに渡した。
流鶯まんじゅうを売っているのは茶道部だ。学校名を冠したブランドをこの入場口近くの最高の立地で売っているのにはかなりの利権を感じる。メイシちゃんは茶道部員に「頑張ってくださいね!」と声をかけられていた。受験生扱いじゃないか。メイシちゃんはもぐもぐしたままニコニコと手を振って、立ち止まっている時間はないぞとばかり食べながら歩き出した。うねる祭の活気の中を、私も続く。
今日は校舎内がカラフルだ。今日だけは取り締まりが緩和され、自由奔放に取り付けられたポスター、飾り付け、立体造形。どこかのお化け屋敷が宣伝用に取り付けたと思しきミイラがさすがに実行委員会に撤去されていく。生徒たちはクラスや部活で作ったTシャツ姿が多く、いつもとは通りの色合いが違う。数人ずつに固まった赤、緑、青、黒。地学部でも作れば良かった。生徒以外の大人も子供も多いから、背丈のばらつきが違う。歓声。叫び声。足音。息遣い。フランクフルトを焼く音。悲鳴。和太鼓。走るハンターがすり抜ける風。吹奏楽。緊急補修中の迷路。甘い匂い。トイレは1棟をオススメしますという善意だかなんだかわからない張り紙。塗り立てのペンキのにおい。練り歩く獅子舞。ハレの日の廊下でも変わらず澄ましたロッカー。
二日続けて、私は流鶯祭の案内をしている。
昨日は出雲泉水相手に、今日はメイシちゃん相手に。妙な星の回りだと思った。地学部だけに。
「おい六花」
「はい?」
「あれはなんだ」
「どれですか」
「あの屈強なメイドだ」
「ああ、メイド傭兵部隊ですね」
「……は?」
メイド服姿の大柄な男子が廊下を歩いているところだった。スカートから覗く鍛えられた脚。すね毛の存在感がすごい。剃れよ、と思って、いや剃ってたらそれもキモいか、と思った。いや剃ってたら大分キモいわ。
「野球部が伝統的にやっている店で、まあ、何でも屋です。実行可能な範囲で何でも言うことを聞いてくれるメイドなんです」
あのメイドの場合、おそらくは両手に持った焼きそばパンを買ってくるというのがご主人様の指令だったのだろう。
「要はパシリか?」
「まあ、そうですね」
「……変な企画だな」
メイシちゃんはそれを謎とはとらえなかったらしく、訝しがりながらも鼻で笑った。やっぱりこっちが普通の反応か、と私は思う。
いやどう考えても、メイシちゃんは普通の存在ではないのだけれど、でも昨日の出雲泉水の反応の方が変だったからだ。
出雲泉水は、メイド傭兵部隊の説明を聞くや、「謎に応用できないでしょうか」とか言って考え込み始めたのだった。謎班にかなり心を毒されている。
そもそも謎班というのは、過去に地学部に存在した班であって、私が作り出したわけではない。けれど私が謎班を口実に使い出したのはメイシちゃんから眼を借りたのがきっかけだった。そう考えると、謎班の元凶であるメイシちゃんが興味を示さないところに、出雲泉水が興味を示したというのは変な話だ。
渡り廊下の方で男子生徒たちの歓声が上がる。メイシちゃんが何だというので行ってみれば、中庭で水着姿の男子生徒が数名、おそらくコートとして設定されているであろう白線の中を逃げ惑っている。そこへ校舎の三階の窓から白い泡が大量に降り注いでいた。女子生徒が消火栓のホースみたいなもので撒き散らしている。
「なんだあの騒ぎは」
「フラペチーノ砲です」
「……は?」
「あの枠内のターゲットに対してああしてクリームを、フラペチーノですね、あれを吹き付けるというゲームです」
「あの水着男は標的ということか?」
「そうです。フラペチーノが大好きなので吹き付けると喜んでくれて得点が入るという」
「なんで水着なんだ」
「水泳部だからです」
みればいつかの謎解きに登場した『及川』君も標的役としてクリームをたっぷり浴びていた。残念ながら大胸筋と腹筋はクリームに覆われており視認できない。
「いや、普通なのか?」
「何がですか?」
「こういう……こういう出し物が」
「だって、ほら例えば野球部がこれやったら、さすがにユニフォームが汚れるでしょう」
メイシちゃんは半笑いで目を彷徨わせた。
「…………この高校、おかしくないか?」
多分おかしいのだが、お祭りの日なのだ、おかしくなってもおかしくないのではないか。私もはじめは驚いた記憶があるけれど、二年目となると慣れてくる。
祭のおかしさはエスカレートする。
「こんにちは~。三卜六花さんでよろしいですか?」
「げっ」
思わず声に出た。声を掛けてきたのはなんとなく図々しそうに距離を詰めてくる見知らぬ女子だった。制服姿。上履きからして二年生。後ろについている同じく二年の男子。いずれも顔に見覚えはないが、二人とも付けている腕章、そして男子の方が持っている気合いの入った一眼レフカメラからすれば、私に声を掛ける目的は明らかだ。
「違います!」
叫んでメイシちゃんの手を取り走る。
「うおっ、どっ」
引っ張られて変な声を出すメイシちゃんの手はひんやり冷たい。
「あっ! 逃げるな!」
逃げるなじゃないよ。人混みをかき分け廊下を駆け抜ける。階段を飛び降りて渡り廊下から外に出て、フラペチーノ砲の会場の脇を通ってひたすら走る。
「おい六花、何だ、何から逃げているのだ」
メイシちゃんも私に合わせて走ってくれているが、当然の疑問だろう。
「写真部です」
「写真部?」
「写真を撮られるんです」
「は?」
「匿名の依頼で写真を撮るんです」
走りながら説明すると息が切れる。
「六花の写真を撮ろうとしにきたということか?」
「誰かが私の写真を写真部に依頼したってことです」
例えば、好きな人の写真が欲しい、でもそんなこととても恥ずかしくて頼めない、というときに利用されることを想定しているサービスである。依頼主の身元を明かさずに写真部が対象に接触し、写真を撮って、依頼主に納品してくれるというわけだ。
「なぜ逃げる?」
いや、だって嫌じゃないか。
まず単純に写真を撮られるというのが嫌だし、それが誰の手元に渡るかわからないというのが嫌だ。自分の写真を欲しがってくれる人がいるなら嫌な気持ちはしない、なんて言う人も中にはいるようだけれど、私としては、それが写真部という第三者によって、しかもこちらからは依頼者を知り得ない形で実行に移されるというのは、普通に怖いから嫌だ。
「六花、お前は、お前の写真を欲しがる誰かに心当たりはあるのか」
「いえ……」
真っ先に思いつくのが霧島だが、それはもう昨日撮られている。昨日の午前中。思えば今と相似した状況だが、出雲泉水に流鶯祭の見所を案内している途中に写真部に捕まったのだ。いまメイシちゃんにしたのとそっくり同じ説明を、出雲泉水にもしている。そのときも誰が依頼者なのかは当然わからなかったのだが、同日夕方、地学部の展示の撤収時に霧島からその写真を見せびらかされた。匿名性というシステムが完全無視されていて意味不明だった。その写真は没収したかったがかなわなかったので、そうなればさすがの霧島も二日連続で依頼するとは考えにくい……いや、言い切れないか……?
「いやそれ、吸血鬼娘が依頼者なのではないのか」
メイシちゃんが私の思考に割り込んで言った。
「思考に割り込まないでください」
「写真部の仕組みを知ったから頼んでみた、自分も部長さんの写真が欲しかった、そういうことじゃないのか」
「私の写真なんか要らないでしょう」
メイシちゃんの言うとおり、状況からすれば当然、出雲泉水は依頼者の候補にはなる。その可能性は考えざるを得ない。まあ、考えざるを得ないが、でもそんなことは出雲泉水本人だってすぐに考えつくだろうし、バレバレすぎるじゃないか。そんなバレバレすぎることをあの子はしない気がするのだが。
いや、あの子はそういう、バレバレとか気にしないだろうか。興味を持って、試してみたくて、写真が欲しかったら、気にせず頼むだろうか。気にせず頼むような気がする。
いや、いやいや。写真が欲しかったら?
昨日、私が写真を撮られている間に、写真部の横で私をじっと見ていた琥珀色の眼を思い出す。あれは欲しがっていたか?
私の写真が欲しいってどういうことだよ。手に入れてどうするというのだ。
どう……。いやいや。手に入れてどうする。
「お、おい、六花」
メイシちゃんが強く手を引いてスピードを落とした。私は完全に思考に没入して走り続けていたことに今さら気づく。
「あ、ごめんなさい」
「おい、六花、余は、もう疲れた」
壁にもたれ、ゼエゼエと荒い息でメイシちゃんは言った。頬は紅潮し額に汗が滲んでいる。
「久々に、走るのは、初めは、楽しかったが、もうかなわん」
メイシちゃんは重労働だと言わんばかりに太もものあたりをパシパシと叩いた。
「せっかく作った依代なんですから使い倒してくださいよ」
私は校舎入り口の引き戸の影から顔を出し、追っ手の姿が見えないことを確認しながら言った。
「もう余は、走れん、ここに置いていくか、そうだな、そこにちょうどいい、のがあるな、それに乗せて運んでくれ」
メイシちゃんが腕をぷるぷるさせながら指さした先には、なぜか台車が置いてあった。総務台車3、と書いた紙が貼ってある。
「なんだこれ」
私は思わず声に出した。目の前にある物がなにかわからない、という意味ではない。この状況に対して発したものだ。
「うん? どうか、したのか?」
メイシちゃんが苦しい顔で問う。
「いえ……これ、学校の備品の台車です。流鶯祭の間は実行委員会の管理になっていて、予約制。使い終わったら返さないと怒られるはずなんですけど……」
だからこんなところに放置されているのはおかしい。実行委員会が貸し出しを管理しているのだから、誰が返していないかもすぐにわかってしまう。普通、台車を使うのは準備と片付けの時だから、この昼間には予約はそれほど入っていないのだろうが、それにしても放置はまずい。
さらに言えば、そもそもここに台車があると言うのもおかしい。3棟は流鶯祭の開催エリアから外れている。私たちの地学部のように、3棟に保管してあるものを1棟2棟のほうに運びたいという需要はあるかもしれない。だがその場合には当然、2棟側に向いた出入り口を使うはずで、こちらの裏口のところに台車を持ってくるのは不自然だ。何かを運ぶためというより、ここに台車を隠しておきたかったのだろうか?
でも私が「なんだこれ」と思ったのはそんなことではない。
さっきから、出てくる物事が昨日と繋がりすぎている。
台車の借り方と返し方も、昨日の朝、出雲泉水に教えている。朝の設営のために諸々を地学準備室から運ぶのに使ったのだ。撤収のときには頼むつもりで、貸し出しの手続きやらのルールを出雲泉水に説明しながら台車を押して歩いた。
なにかあるように感じる。
謎の気配を見抜く目がなくてもわかる。
この符合にはなにかある。
「お前も感じているのか、六花」
「え」
「事件だ。いよいよ近づいているぞ」
「そう、なんですか」
「ああ、間違いない、大事件が来る」
大事件……。まさか本当に殺人が起きるというのだろうか。さすがにそれはないと思うのだが。
「いいか六花。この事件、余とお前とでしっかり犯人を突き止めて、解き明かすからな」
「はあ……」
「お前は今朝、日常なのだから日常の謎ばかりだと言ったな。だがそれは間違っている。お前が見つけてきた謎だって別に、全部が平和ボケした日常ではなかった。確かに殺人はなかったが、窃盗くらいならあっただろう?」
確かについこの間は、入部届の窃盗があった。あれは部費を盗もうとして入部届を盗んでしまったのであって、結果的に金銭的な被害は大きくなかったが、窃盗であることは変わらない。
「だがお前はそういう謎には、正面から向き合ってこなかった。謎解きはあくまでパズル。あくまで好奇心を満たすための遊び。そういうスタンスを取って面倒ごとを避けてきただろう?」
否定は出来なかった。
同じクラスに窃盗犯がいるとあれば、私だって気持ち悪さはある。けれどそれを暴き、教師や警察に告発するなどということは考えなかった。証拠がないからではない。その気になれば証拠をつかむことも出来ただろう。実際に強引な手法で私を飛び越え、犯人から入部届を奪い返した人間……いや吸血鬼もいた。私が窃盗犯を暴かなかったのは、単に面倒ごとを嫌っただけだ。そこに正義はない。
出雲泉水にも、謎解きは解けたら楽しいという感覚が重要だと言った。客観的な事実の確認をする必要は必ずしもない。本人に聞いて確かめたりするのは必要ないと言った。
要は、自分の中で完結していれば良い。
それは、ある種の独りよがりであることは間違いない。
面倒ごとを避けているのだろうと言われれば、確かにそうだ。
そんな私の気持ちを見透かしたように、私が心中で確認した結論を見届けたかのように、メイシちゃんは言う。
「余の目が曇っていなければ。今度はそういうわけにはいかなくなる。これからますます、そういうわけにはいかなくなる」
ぴしりと私を指さして、
「最後まで謎を解け、六花よ」
私は突然、この奇妙な女の子の中身が、やっぱりただの女の子ではないことを突きつけられた心地がする。これは人間ではない。人の形をしているけれど、それとは違う道に生きている怪異だ。
「……ん」
急にメイシちゃんが立ち上がる。目を細める。細められた目が、熱を持って輝いた。
「え。どうしたんですか」
「ヤバい感じがする」
「ヤバい?」
「いくぞ六花」
メイシちゃんが走り出す。もう走れないんじゃなかったのか。私も後を追う。事件か。事件なのか? 本当に?
けれどその走る先は。
土を蹴り、木々の間を抜けた先は。
私のよく知っている場所で。
今日のこの一日の始まりの場所で。
「おい! 六花! これ!」
私がメイシちゃんに少し遅れて木立を抜けると、目玉の祠の前、メイシちゃんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「大事件だ! 誘拐だ!」
みれば、こうである。
祠の中の石が、なくなっていた。




