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第97話 魔法少女 ソル・アルバレス・ロハス

雅を残して、総本部の喧騒から街へと繰り出すことにした三人。

待合室から一歩出ると、そこには背筋を伸ばして待機していたヴァニラの姿があった。


「街に出られるのでしたら、私が案内いたしましょう。不慣れな場所で迷われては大変ですから」


闇雲に歩き回るのも効率が悪い。三人は顔を見合わせ、ヴァニラの申し出を承諾した。


「んー、じゃあ頼むか。いいよな、ガキンチョに風香」

「いいよー! ヴァニラお姉ちゃん、いっしょにいこ!」

「ううぅ……助かります、お願いしますぅ~」


WMO総本部の巨大な正面ゲートをくぐり抜けると、そこには日本支部周辺とは一線を画す、「魔法と科学が融合した未来都市」が地平線の果てまで広がっていた。

空には幾何学的な魔法陣が浮かばせて、空中を駆ける輸送ポット。高層ビルは雲を突き抜け、壁面にはホログラム広告が踊り、足元では自律型の掃除ロボットが忙しなく動き回っていた。


「うう……完全に田舎者ですね、私たち。何だか自分が場違いすぎて、消えてしまいたいですぅ……」


風香は、行き交う多国籍な人々や、洗練された制服を着たエリートたちの威圧感に気圧され、自分の裾をぎゅっと握りしめている。


「そうか? 気にしなくていいと思うぞ。これだけ人がいりゃ、誰も俺らなんか気にしてねえよ」

「おっきなたてものー! いっぱいあるー!」


縮こまる風香とは対照的に、刹那と手を繋いだ『さいか』は、圧倒的なスケールのビル群を見上げながらマイペースに目を輝かせている。そんな三人の様子を、ヴァニラが微笑ましそうに眺めながら尋ねた。


「この後は、どちらに行かれますか?」

「うーん……時間的にはそろそろ昼っちゃ昼か」

「おなかいっぱい!」

「ガキンチョはさっきまで菓子を食いすぎなんだよ! 今日のおやつは夕飯まで禁止な」

「がーん!」


大袈裟に涙目になる『さいか』。だが、そんな刹那自身も、先ほどまでの査問の緊張や高級茶のせいで、不思議と腹は減っていなかった。


「私も、まだお腹は空いてないですぅ。……緊張で胃が縮んじゃったのかもしれません……」

「風香の胃はいつも小さそうだろ。まあ、俺もまだだな。食うのは後回しにするか」


三人の様子を察したヴァニラから、代案が出される。


「式典用の礼装選びは明日と伺っておりますので、それまで総本部の主要な観光地でも回りますか?」

「んー、そうすっか。せっかく来たんだしな」

「「はーい!」」


明日に備えてのホテルへの帰還時間を考えれば、時間はそれほど残されていない。ヴァニラは「映え」を熟知したプロのガイドとして、総本部の広大な敷地内から最高級の観光スポットを効率よくピックアップし、三人(+精神宇宙の一人)を案内していった。


天空庭園スカイガーデン

地上数百メートルの浮遊島に広がる緑の楽園。そこには世界中から集められた「光る花」や、魔力を糧に空中で踊る噴水が立ち並ぶ。

「うわぁ……本当に浮いてますぅ。落ちないって分かってても足が震えます……!」と震える風香に対し、刹那は「すげえな、これ。魔法の無駄遣いじゃねーのか?」と感心しきりだ。


広場の巨大世界時計

広場の中央に鎮座する、数十メートル級の黄金の歯車が噛み合う「世界時計」。実時間だけでなく、各国のアンヴァーの活性指数をリアルタイムで刻み続けるその精密な造形は、見る者を圧倒する。

「カチカチ、いっぱい動いてるー!」と『さいか』が指を差してはしゃいでいる。


「魔法の街」再現エリア

映画や小説に登場するような、中世ヨーロッパ風の石畳と魔法のランプが灯る居住区。ここは総本部が「魔法少女のイメージ維持」のために建設したエリアだが、その完成度は高く、どこを切り取っても絵葉書のようだった。


主要なスポットを「つまみ食い」した三人は、最後にヴァニラが「とっておき」として案内してくれた、路地裏のテラスカフェへと落ち着いた。そこは観光客の喧騒から離れた、静かな水の音が流れる場所だ。


「……ふぅ。……少し、落ち着きましたね。……このお店のハーブティー、とっても良い香りがします……」


風香はようやく肩の力を抜き、運ばれてきた青いハーブティー――お湯を注ぐと色が変わる魔法の紅茶――を幸せそうに眺めている。


「だな。……正直、景色は凄かったけど、人の多さに酔いそうだったぜ。……おいガキンチョ、お前も少しは大人しくしてろよ」

「んー! お花、きれいだったねー!」


刹那の膝の上で、記念に購入した「光るおのおもちゃ」を振り回す『さいか』。ヴァニラが微笑みながら、三人のカップに丁寧にティーを注いでいく。


「……ふぅ。……やっと、人心地つきました。……ここ、本当に綺麗ですねぇ……」


風香がハーブティーの香りに目を細め、刹那もまた、慣れない「観光」の疲れを癒やすように背もたれに深く体を預ける。膝の上では、『さいか』がヴァニラから貰った(刹那に内緒の)キャンディをこっそり口に運んでいた。


――その時だった。


カフェの周囲をのんびりと浮遊していた、丸っこいフォルムの警備ロボットから、場に似つかわしくない軽快な音楽ジングルとともにアナウンスが流れた。


『♪〜 お知らせします。現在、D-12地区にB級アンヴァーが出現しました。付近の皆様は近づかないよう注意してください。繰り返します、D-12地区に――』


「な! B級アンヴァーだと!?」

「そ、そんなっ! いきなり……!?」


刹那と風香が、弾かれたように椅子を蹴って立ち上がる。戦士としての本能が、即座に迎撃態勢へと切り替わったのだ。

だが、二人が周囲を見渡すと、そこには「異常な光景」が広がっていた。


テラス席の老夫婦は穏やかにお茶を飲み続け、隣のビジネスマン風の男は新聞から目を離さず、観光客たちは変わらず自撮りに興じている。アンヴァー警報など、まるで「降水確率の予報」程度にしか思っていないかのような、徹底した無関心。


「……な、なんだよ、これ。誰も動かねえのかよ!?」


困惑する刹那に、ヴァニラが慌てることなく、穏やかな笑みを浮かべて説明を添えた。


「ふふ、驚かせてすみません。ここからD地区はかなり離れた郊外ですし、あちらには即座に迎撃部隊が対応いたします。すぐに近くの魔法少女が向かうので、大丈夫ですよ。皆さまも、そのままお茶を続けてください」


――大丈夫。

その言葉は、合理的な総本部においては正解なのだろう。だが、日常のすぐ隣に「死」が隣り合わせの日本支部で戦ってきた彼女たちにとって、それは到底受け入れられる言葉ではなかった。


「ハッ、冗談じゃねえ。郊外だろうがなんだろうが、怪物が街に出てるって分かってて、のんびり茶なんて飲めるかよ! ……おい、行くぞガキンチョ! 風香!」

「は、はいぃぃっ! 行きますぅ!!」

「はーい! いくーっ!」


刹那の号令に、風香が(涙目ながらも)杖を握りしめ、『さいか』もまた、元気よく応じる。三人の迷いのない瞳に、ヴァニラは一瞬だけ呆気に取られた後、困ったように眉を下げた。


「……よし。ヴァニラさん、悪いが現場まで案内してくれ。うちの支部は、見て見ぬふりはできねー性分なんだわ!」

「……はぁ。ふふ、承知いたしました。――こちらです、ついてきてください!」


浮遊型移動ポットがD地区の郊外に着陸した瞬間、鼻を突いたのは焦げ付いた肉の臭いと、大気を焼く暴力的な魔力の残滓だった。


一行が音のする方へ向かうと、そこにはすでに先客がいた。

数匹のB級アンヴァーが、まるでゴミのように転がされ、黒い塵となって消滅の最中にある。その中心に立つのは、情熱的な赤い装飾と褐色の肌が目を引く、スペイン支部の魔法少女たちだった。


「……あら? 誰か来たと思ったら、例の『田舎者』たちじゃない。なーに、ポイント欲しさにおこぼれでも貰いに来たわけ? w」


勝ち気な笑みを浮かべて挑発してきたのは、踊りフラメンコのような情熱的な衣装を着た少女、カルメンだ。その隣で、物静かなルシアが淡々と指摘する。


「カルメン、まだ一匹生きてる……」

「ん? あー悪い悪い、ルシア。そうだ、せっかく日本から来たんだ。この瀕死のアンヴァー、あんたらに譲ってやろうか? w」


屈辱的な提案。刹那の眉間には深い皺が寄り、風香はあまりの威圧感に言葉を失っていた。

だが、そのやり取りを断ち切るように、リーダー格の少女――太陽の意匠が施された黄金の双銃を構えるソルが、冷徹な一歩を踏み出した。


「……ディス」


呟きと共に銃口から放たれたのは、極彩色の炎弾。

着弾した瞬間、B級アンヴァーの巨体は瞬く間に巨大な火柱へと飲み込まれ、悲鳴を上げる間もなく灰燼へと化した。その圧倒的な火力、洗練された魔力操作に、刹那と風香は思わず息を呑む。


「(……なんて出鱈目な威力だ……ッ!)」


火柱の余熱が冷めぬ中、ソルはおもむろに銃口をスライドさせた。その先には、状況が飲み込めず「おー、火だー」とぼーっとしている『さいか』がいる。


「ッ! てめぇ、何しやがる!!」


刹那が反射的に『さいか』の前に飛び出し、鋭い眼光でソルを睨みつける。

一触即発の空気。だが、ソルは『さいか』と、それを必死に守る刹那の姿を冷たく見定めると、鼻を鳴らして銃を収めた。


「……やはり、噂はあてにならんな。A級を単独で堕としたというから期待したが……ただの守られ役の幼女か。いくぞ、カルメン、ルシア」

「おうよ。……残念だったな、田舎者w」

「さっき見つけた服、まだ売ってるかな。早く戻ろう」


背中を向け、去っていくスペイン支部。

彼女たちの態度は、怒りを通り越して「興味の対象にすらならない」という、底冷えするような侮蔑に満ちていた。

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