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第95話 ボンバーガール(二日目)

作戦局長クラウスの視線が、蛇に睨まれた蛙のように硬直している風香へと移った。

『さいか』の規格外すぎる「いっぱい」という回答に頭を抱えた彼は、せめてもう一人の重要戦力――精霊シルフの契約者からは、まともな軍事的回答を得ようとした。


「……溜息しか出ん。気を取り直して、次だ。シルフの契約者」

「ひ、ひぃっ! は、はいぃっ!!」


風香は椅子から飛び上がりそうな勢いで背筋を伸ばした。そのあまりの緊張ぶりに、隣に座る刹那が「落ち着け」とばかりに彼女の背中を軽く叩く。


「今回の討伐において、君が契約したシルフの力は多大な貢献をしたと聞いている。報告書によれば、飛行型のアンヴァーを無力化し、さらにはA級個体の動きすら阻害したというが……事実か?」

「は、はい! 事実ですっ! シルフちゃんが……あ、いえ、シルフ様が頑張ってくれました!」

「ふむ。ではその魔法の効果範囲、継続時間、そして干渉可能な強度の限界を答えられるか?」


軍人らしい無機質な問い。風香は必死に記憶を掘り起こし、震える声で絞り出した。


「え、えっと……範囲は半径一キロくらいなら……。時間は、これだけに専念できるなら一時間くらいは……。影響は……と、取り敢えずA級アンヴァーまでなら、しっかり動きを止められるみたいですぅ……」

「……以前に、この規模の魔法を使ったことは?」

「は、初めてですぅ……っ」


風香の「初めて」という正直すぎる告白に、面談室に再び重苦しい溜息が漏れた。クラウスはもはや呆れを通り越し、隠しきれない不信の眼差しを雅へと向ける。


「……日本支部は、戦闘を『博打』と勘違いしているのかね?」

「……っ。……そ、そこはベテランの刹那が現場におりましたし、彼女の判断なら何とかなると。……それに、うちの支部は魔法少女の『成長』を信じておりますさかい……」


雅の苦しい弁明。しかし、クラウスはそれを一刀両断した。


「『信じている』ことと『博打』を打つことは、全くの別物だ。何のデータもない未知の戦力を、一か八かのA級戦に投入するなど、指揮官の怠慢以外の何物でもない。……雅代表、君たちは結果として勝ったが、それはただの『奇跡』だ。軍事的合理性が欠片も存在せん」

「……おっしゃる通りですわぁ……」


雅は扇子を握りしめ、項垂れるしかなかった。実際、あの状況は博打以外の何物でもなかったのだ。たまたま『さいか』という最凶のジョーカーが居合わせたからこそ成立した力業であり、戦術的には無謀の極みである。

作戦局長クラウスの放つ「正論」という名の重圧に、日本支部の一行が押し潰されそうになっていたその時。場を和らげるような、しかしどこか粘り気のある声が響いた。


「まあまあ、クラウス局長。そんなにカリカリしないでちょうだい」


研究局長、アナスタシア・ルナが楽しげにペンを回しながら援護射撃……もとい、追撃の準備に入る。


「実際問題、日本支部には魔法少女が掃いて捨てるほどいるわけじゃないわ。それにA級ともなれば、対応できる人員なんて限られてくる。多少の『博打』を打たなきゃならない事情は、察してあげるべきじゃないかしら?」

「……そこは分かっている。だがな、アナスタシア。それを前提に作戦を組む癖がつくことを危惧しているんだ。現場を殺すのは、いつだって指揮官の慢心だからな」

「ははは、相変わらず手厳しいわねぇ」


クラウスは鼻を鳴らし、「まあ、いい。私の質問は以上だ」と巨躯を椅子の背もたれに預けた。


「じゃあ、次は私だね」


勝手に自分の番だと宣言し、身を乗り出そうとしたアナスタシア。しかし、その動きを制するように、ミネルヴァの冷徹な声が差し込まれる。


「アナスタシア局長。進行を勝手に進めないでください。……クラウス局長、ありがとうございました。続いて、研究局長アナスタシア、お願いします」

「……君はいつもそうだね、ミネルヴァくん……。融通が利かないのはお父様譲りかい?」


ミネルヴァは皮肉を完全に無視し、事務的なトーンを崩さずに進行を促す。その徹底した「職務への忠実さ」に、アナスタシアはげんなりとした表情で肩をすくめた。


「はいはい。……まあいいわ。雅くん、久しぶりだね」

「……はぁ、ご無沙汰しておりますわぁ」


雅の顔が、目に見えて引き攣った。かつて自分の『隔絶魔法』を解析された際、この「研究の鬼」にどれほど執拗に調べ尽くされたか、その記憶が蘇ったのだろう。


「私からは簡単に一つだけ。……後で、必ず私のラボに来ること。以上だよ」

「…………っ! か、解剖とか、そういう類のことは勘弁してほしいのですがっ!」

「君もかい! 全く、失礼だね。君の魔法を解析した時、そんな野蛮なことしなかっただろう!? 私をなんだと思っているんだい。……とにかく、分かったね?」

「はぁ……。わかりました……」


拒否権などない。雅は力なく頷いた。

研究局長アナスタシアの「公開処刑」にも等しいラボへの招待宣言、その余韻が冷めやらぬ中、ミネルヴァは一度だけ、氷点下の眼差しを奔放な局長へと向けた。規律を乱す者への無言の警告だが、アナスタシアはどこ吹く風で鼻歌を歌っている。


「……研究局長、ありがとうございました。続いて、外交局長ジャン・デュボワ。お願いします」


冷徹なミネルヴァの進行に促され、外交局長ジャンがゆっくりと身を乗り出した。彼は日本支部の面々を見るのではなく、まずは円卓の同僚たち、そして事務総長ガブリエルへと視線を走らせる。


「……一点、政治的観点から確認を。今回のA級討伐、並びに日本支部の事前対応。この件の詳細は、対外的にどこまで公開する予定でしょうか?」


ジャンの問いは極めて実務的だった。世界を統べるWMOにとって、A級討伐という「勝利」は最高の喧伝プロパガンダ材料になる。だが、同時に「予知に近い対応」や「A級に対しての奇跡的な被害の小ささ」といった情報は、他国の猜疑心を煽り、均衡を崩す劇薬にもなり得た。


「……特に隠すようなこともあるまい」


ガブリエルが重々しく答える。


「世界は常に不安に晒されている。日本支部の快挙を公表し、機構の健在を示すことは、混乱を鎮める一助となろう」


外交局長ジャン・デュボワは、まるで高級なワインの銘柄を選ぶかのような軽やかさで、事務総長へと問いかけた。


「さて、事務総長。……どちらにしますか?」


その問いの意味を、室内の誰もが即座に理解した。今回の「英雄」を誰に設定するか。世界中のカメラの前に立ち、WMOの威信を背負わせるアイコンを誰にするかという、極めて政治的な選択だ。

事務総長ガブリエルは、組んだ指の上に顎を乗せ、しばし瞑想するように目を閉じた。


「…………。シルフの契約者が妥当だろうな」

「でしょうね。わかりました。……今回の功績はシルフの契約者、小鳥遊風香たかなし ふうか君を大々的に発表する方向で進めましょう」


ジャンの口角が、外交官特有の完璧なカーブを描く。


「後日、盛大な授与式も予定しています。……『精霊の加護』が日本で復活し、その力でA級を退けた。これ以上に大衆の支持を得やすいストーリーはありませんよ」

「……っ!? ひ、ひぇっ……!?」


名前を呼ばれた風香は、あまりの衝撃に椅子からずり落ちそうになった。

世界中への発表。式典。大々的な宣伝。――そのすべてが、極度の人見知りである彼女にとっては、A級アンヴァーとの再戦以上に恐ろしい「死刑宣告」に等しかった。

雅は扇子で顔を隠し、申し訳なさそうに、けれど冷徹な計算を孕んだ目で風香を見た。


「……堪忍なぁ、風香はん。これも日本支部が、これから総本部から十分な支援を引き出すための『お仕事』なんやわ。……風香はんなら、立派に務められる。……うちは、そう信じてるで?」

「う、ううぅ……っ。……せつなちゃん……さいか様……助けてくださいぃ……」


半泣きの風香が縋りつくが、この場において、世界機構のトップが決めた「演出」を覆す力は誰にもなかった。


「……外交局長、ありがとうございました。続いて、監理局長ラヴィ。お願いします」


ミネルヴァの機械的な促しに、ラヴィは老眼鏡を押し上げ、鋭い視線を雅へと向けた。彼は他の局長のように戦術や外交の「華」には興味がない。彼が守るのは、機構の「整合性」と「予算」のみだ。


「……私からは一点、最終確認だ。今回の件における指示系統の妥当性、並びに提出された時系列の報告……これらに一点の曇りもなく、事実に相違ないな?」


これは、いわば最終的な「念押し」だ。ここで雅が肯定すれば、公式記録は固定され、後のいかなる異論も「虚偽報告」として処理されることになる。もし後からボロが出れば、それは日本支部全体の破滅を意味した。


「……はい、何ら相違おへん」


雅は、その瞳の奥に一片の揺らぎも見せず、はんなりと微笑みながら答えた。

偵察型アンヴァーの狩り、並行して行われた避難訓練、そして本部の警報を受けての迎撃。――積み上げられた「完璧な嘘」が、雅の言葉によって公式な「真実」へと昇華された瞬間だった。


「……ならば良い。整合性は取れた。私からは以上だ」


ラヴィは事務的に資料を閉じ、満足げに椅子に深く座り直した。これで予算の配分や功績の処理に法的・事務的な障害はなくなった。


査問も大詰め。監理局長ラヴィが重厚な沈黙と共に身を引くと、進行役のミネルヴァが最後に、円卓の端でずっと身を乗り出し、獲物を狙う猛禽のような目でこちらを凝視していた女性に声をかけた。


「……監理局長、ありがとうございました。続いて、広報局長のイザベラ・ロッシ。何かありますか?」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、イザベラはバシィィン! と机を叩いて立ち上がり、ビシィッと一本の指を『さいか』へと突きつけた。


「――採用ッ!!」

「………………は?」


雅が珍しく、素っ頓狂な声を上げた。

広間にいた全員の視線が、いきなり絶叫した広報局長と、指を差されたままキョトンとしている『さいか』の間を往復する。


日本支部の一行、そして円卓の局長たちの間に、何とも言えない困惑の沈黙が流れた。指を指された『さいか』は、状況が飲み込めない様子でキョトンと首をかしげている。

ミネルヴァがこめかみを押さえ、深い溜息と共に、氷点下の声で釘を刺した。


「……イザベラ局長。興奮しすぎて主語が欠落しています。ここはあなたのスタジオではありません。面談の場です」

「いやー、だってミネルヴァちゃん! こんなに可愛らしくて『』になる子、使わない手はないでしょ!? 見てよこの透明感! 守護欲を煽るこの儚さ! それでいて中身はA級ソロ討伐の怪物なんて……ギャップ萌えの極致じゃないの!!」


イザベラは瞳を爛々と輝かせ、夢見る少女のように拳を握りしめた。


「当初の予定ではね、今回のWMO公式広報誌の表紙は、精霊シルフの契約者である小鳥遊風香ちゃん単独にするつもりだったの。でも……予定変更よ! 聖女のような風香ちゃんと、奇跡の幼女さいかちゃん。この二人が並んで表紙を飾れば、支持率イイネは過去最高を記録するわ! 間違いないわ!!」

「……えーっと。イザベラ局長。大変光栄なお話なんですけど、風香はんはともかく、さいかはまだ幼い子ぉやさかい……。あんまり表に出すのは、よろしゅうないんやないでしょうか?」


雅がはんなりと、しかし鉄壁のガードで反論する。

『さいか』を世界中に晒すのは、日本支部にとってリスクが大きすぎる。雅は迷わず、隣で震えている風香を「生贄」として差し出す決断をした。


「……え? あ、あの……みやびさん……?」


突然の雅の「風香はいいけど、さいかはダメ」という露骨な切り捨てに、風香が涙目で隣を見上げた。


「えぇぇぇ!!? わた、私は決定なんですかぁ!!? 私だって人前に出るの、死ぬほど苦手なんですぅぅぅ!!」

「……堪忍なぁ、風香はん。これは日本支部……ひいては世界の平和のための、大事な、大事なお仕事なんやわぁ」


雅は一切目を合わせず、慈愛(という名の強制)に満ちた微笑みを浮かべて風香の肩を叩いた。


広報局長イザベラ・ロッシは、肉食獣のような鋭い勘で悟っていた。この難攻不落に見える日本支部のガードを崩すには、保護者である雅や刹那を説得するより、ターゲットである『さいか』を直接攻略するのが最短ルートであると。


「じゃあ、さいかちゃん本人に了承を得ればいいわよね? ……ねぇ、さいかちゃん。綺麗なお洋服をたくさん着て、可愛いお写真を撮ってみない?」


イザベラは円卓から身を乗り出し、子供の目線に合わせて極上の営業スマイルを振りまいた。

『さいか』は、短い人差し指を顎に当てて「うーん……」と眉をひそめる。


「めんどくさーい」

「ふふふ、そう言うと思ったわ。……でもね? もし協力してくれたら、世界中から集まった『最高級のお菓子』を、たーっくさんあげるわよ?」


その瞬間。『さいか』の瞳に、百億ボルトの電流が走ったかのような輝きが宿った。


「やるー!!」


満面の笑み。一点の曇りもない快諾。彼女は椅子の上でぴょんぴょんと跳ねながら、お菓子への欲望を全身で爆発させた。


「えぇ……っ!? や、やるの!? さいかちゃん、あんなに嫌がってたのに!?」


風香が驚愕で目を見開く。刹那もまた、開いた口が塞がらないといった様子で、ガキンチョの変わり身の早さに硬直した。


「……本人がこう言ってるんだから、いいわよね? 雅代表?」

「ま、まあ……本人がええと言うなら、うちらが止めるわけにもいきまへんしなぁ……。……はぁ、風香はん。諦めて二人で『看板娘』、頑張りなはれ」


雅は力なく肩を落とし、扇子で顔を隠して天を仰いだ。

日本支部の誇り(と秘密)が、総本部の用意した「甘い罠(お菓子)」によって、実にあっさりと売り渡された瞬間だった。


「……では、広報局長からは以上でよろしいですね?」


ミネルヴァが冷徹に問いかけると、イザベラは「最高の構図」を脳内で作成し始めたのか、満面の笑みで「いいわよー!」と上機嫌に答えた。


「……では最後に。倫理監査官、イングリッド。何かありますか?」


部屋の隅、少し離れた位置に座っていたイングリッドが、ゆっくりと視線を上げた。彼女は日本支部の一行――とりわけ、お菓子につられて快諾した『さいか』を静かに見つめる。


「……私からは何もないわ。……正直、さいかくんの年齢については思うところはあるけれど。魔法少女に年齢の規定はないし、何より過去の実績に基づいた作戦だというのなら、外部の人間が口を挟む余地はない。……日本支部が、彼女を正しく『人間』として扱っていることを願うだけよ」


その言葉は、批判というよりは「警告」に近かった。日本支部がこの幼い力を使い潰さないか、彼女はこれからも監視し続けるという意志の表明。雅は「肝に銘じておきますわぁ」と、深々と一礼した。


「それでは……これにて面談は終了でよろしいでしょうか、事務総長?」


ミネルヴァが締めくくりの言葉を述べ、全員が席を立とうとした、その瞬間だった。


「――最後に。一つだけ、いいかな?」


ガブリエル・ハミルトンが、組んでいた手を解き、ゆっくりと身を乗り出した。その双眸が、椅子の上で呑気に脚を揺らしていた『さいか』を、逃さぬように捉える。


「……さいかくん。今回のA級アンヴァーに対して、何か思ったことはあるかな? ……現場で戦った君自身の、率直な感想を聞かせてほしい」


質問は、数値でも時系列でもなく、純粋な「主観」だった。

刹那の背中に、冷たい汗が伝わる。雅もまた、扇子を握る手に力を込めた。この「総本部の頂点」は、最後の最後に、幼女の仮面の裏側にある『何か』を引き摺り出そうとしている。


『さいか』は、しばらく「うーん……」と首をこてんと傾げ、記憶を遡るように宙を見た。そして、事務総長ガブリエルの問いに対し、あまりにも無邪気で、あまりにも致命的な「爆弾」を投げ込んだ。


「うーん……お喋りだった!」

「「「「「「「「「…………は?」」」」」」」」」


刹那と風香を除いた、円卓の怪物たちの思考が完全に停止した。

一秒前まで「珍妙な生き物」や「研究対象」「広告塔」として彼女を見ていた幹部たちの顔が、一様に驚愕で凝固する。


「……今、なんと?」


ガブリエルが、地を這うような低い声で聞き直す。その瞳には、冗談を許さない鋭い光が宿っていた。


「なんか、いっぱい喋ってたよ! うちの極悪妖精チーポが『あいつ、怒っとるわー』って言ってたもん!」


ニコニコと、100点満点の笑顔で答える『さいか』。ガブリエルの視線が、音を立てて雅へと突き刺さる。


「……日本支部代表? 報告書には『言語反応』の記載など、一行もなかったはずだが?」

「う、うちも、うちも今初めて聞きましたぁぁぁ!!」


雅の顔から血の気が引き、今にも泣き出しそうな声を上げる。

無理もない。彼女が支部長と共に作り上げた「完璧な盤面」に、身内から特大の爆弾が投げ込まれたのだ。

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