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第26話 窓際の令嬢(笑)

それから数日間。才牙は、転校生の佐藤優依(刹那)という「爆弾」を背後に抱えたまま、授業中も休み時間も、神経を極限まで尖らせて彼女を観察し続けた。


結果、わかったことがいくつかある。 彼女は、今のところ才牙の正体に気づいた様子は一切ない。


時折、休み時間になるとふらりと何処かへ消えることがあるが、それはおそらく、校内のトイレや屋上の死角で「サイカ」の魔力痕跡を探したり、魔法科の本部と通信を行っているのだろう。だが、教室に戻れば彼女は完璧な「地味子」だった。

窓際の席で静かに読書に耽り、クラスメイトとのコミュニケーションも必要最低限。誰に対しても一線を引いたその態度は、潜入捜査官としては満点の振る舞いと言えた。


しかし、本人の意図とは裏腹に、隠しきれないものがあった。 分厚い眼鏡と重たい前髪で遮ってはいるものの、ふとした瞬間に覗く整った鼻筋や唇のライン。そして、幾多の死線を潜り抜けてきた魔法少女特有の、近寄りがたくも人を惹きつけるミステリアスな雰囲気。

それらは、多感な男子高校生たちにとって、刺激的な「属性」となってしまった。 いつしかクラスの男子たちは、彼女を遠巻きに眺めながら、畏敬の念を込めてこう呼び始めていた。『窓際の令嬢』と


「おい、見たかよ。今日も『窓際の令嬢』は美しいな……」

「あの儚げな感じ、たまんねーよ。守ってあげたくなっちゃうよな」

「俺今日、2回も目があっちまった、ありゃ俺に惚れてるね」


令嬢。 その単語が耳に飛び込んでくるたびに、才牙は教科書を握る指先に力が入り、心の中で猛烈な勢いでツッコミを入れた。


(令嬢だァ……? 笑わせんな。あいつ、超・武闘派のスケバンだぞ……あいつ一人で、この学校の不良全員、五分で病院送りにされるっつーの)


才牙は、戦慄と共に刹那を睨みつけるが、相変わらず刹那は、「儚げな少女」として窓の外を憂いげに見つめていた


放課後の帰宅道。才牙は気配を消し、壁の影から佐藤優依(刹那)の動向をじっと観察していた。彼女がこちらを察知した様子は微塵もない。

彼女は相変わらず、重い鞄を抱え、足元を見つめながら歩く「大人しい文学少女」を完璧に演じきっていた。


(……あいつ、本当に隙がねえな。歩き方から視線の落とし方まで、どこに出しても恥ずかしくねえ地味子だぜ)


だが、その「守ってあげたくなるような弱々しさ」が、かえって街の「ゴミ」どもを呼び寄せてしまった。

学校の敷地を出てすぐの路地裏。不自然なほど改造されたバイクの横で屯していた他校の不良たちが、優依の行く手を塞ぐように立ちはだかった。


「や、やめてください……!」

「いいじゃん、いいじゃん! ちょっと顔見せろよ。眼鏡取ったら案外可愛いんじゃねーの? 俺たちと遊びに行こうぜ!」

タケくんにナンパされるとか光栄だと思えよ、なぁ? 近くのカラオケに個室予約してあるんだ。な、行こうぜ!」


下卑た笑いを浮かべ、優依の細い肩に手をかけようとする不良。 影から様子を伺っていた才牙は、思わず眉をひそめ、拳を握り込んだ。


(……なんで振り払わねぇ。あいつ、何やってんだ……!?)


本来の「刹那」なら肩を触られようとした瞬間にその腕を掴んでへし折り、「ああん? どこの誰に許可取って触ってんだクソ虫が! 埋めてやろうか!」と叫んで、路地裏を血の海に変えていた。

だが、今の彼女は「佐藤優依」だった。 刹那の脳内では、潜入捜査官としての理性が、煮えくり返るような殺意を必死に抑え込んでいた。


(……クソが。クソクソクソ! ぶっ殺したい! この薄汚い指を今すぐ根元から引きちぎって、どぶ川に放り投げてやりたい……!! だが、ここで暴れたら全部おしまいだ。「サイカ」を見つける前に騒ぎを起こすのはマズい……!)


武闘派としてのプライドを、魔法科日本支部の任務という鎖で無理やり縛り付け、彼女は演技を続けた。震える肩を抱き寄せ、消え入りそうな声で懇願する。


「お願いします……やめてください……。私、帰らないと……」


その弱々しい態度が、逆に不良たちの加虐心を煽る。


「うお、眼鏡取ったら、マジで可愛い顔してんじゃんこいつ。怯えてる顔たまんねーな、おい!」


ナンパのリーダー格が、下卑た笑みを浮かべながら優依(刹那)の顔にじりじりと距離を詰める。


「だめだめ、拒否権なんてないの。もう俺たちと行くのは決定なの。な、いいだろ?」


別の不良が、優依の腕を強引に掴もうと、その汚れた手を伸ばした瞬間――。 壁の影で様子を伺っていた才牙の堪忍袋の緒が、音を立てて弾け飛んだ。


(……くそが! 見てられねぇ!)

「おい。テメェら、何やってんだ?」


路地裏の湿った空気を切り裂く、低く、地を這うようなドスの効いた声。


「ああん? 誰だてめ――」


そこには数多の修羅場を暴力でねじ伏せてきた者だけが放つ「本物の殺気」があった。威勢よく振り返った不良たちの言葉が、凍りついたように止まる。そこに立っていたのは、夕闇にその巨躯を沈ませ、冷徹な眼光でこちらを射抜く第七地区の頂点、辰宮才牙だった。


「さ、さ、さ、さ、さ、才牙くん……っ!?!?!?」

「こ、こ、こ、これは……その、違うんです! 俺たちはただ……!!」


不良たちの顔から、潮が引くように血の気が引いていった。第七地区で不良をやっていて、この「死神」の顔を知らない者はいない。もし彼を怒らせれば、明日の太陽を拝めなくなる――。彼らにとって、それはこの街の絶対的な理だった。


「俺の前で不快な事すんな。……消えろ」


言葉は短いが、その重圧は物理的な衝撃となって不良たちを襲った。才牙は一歩も動いていないが、その殺気に当てられた男たちは、まるで心臓を直接掴まれたような錯覚に陥る。


「「すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!!!」」


刹那まで数センチという距離に迫っていた彼らは、弾かれたように優依を放り出し、バイクも置き去りにせんばかりの勢いで脱兎のごとく逃げ去っていった。


不良たちの足音が遠ざかり、夕暮れの路地に重苦しい静寂が戻る。 才牙はポケットに手を突っ込んだまま、苛立ちを隠すようにフンと鼻を鳴らした。

優依(刹那)は、重たい眼鏡の奥から、自分を助けてくれた「強面の男子生徒」をじっと見上げる。その瞳には、助けられた安堵と、男への好奇心が混ざり合っていた。


「あ、あの……ありがとうございます……助かりました……」


消え入りそうな、か細い声。それはどこまでも「佐藤優依」という地味な少女の演技であったが、その礼を聞いた瞬間、才牙は居心地の悪さを感じた。


「ああ」


才牙は短くそれだけ答えると、優依と目を合わせることすら拒むように、ぶっきらぼうに背を向けた。そして、追いすがられる隙も与えないほどの早足で、逃げるようにその場を去っていった。


(……くそ。なんで俺、あいつを助けてんだよ)


角を曲がり、彼女の視界から完全に消えたところで、才牙は大きく肩で息をついた。 これ以上関われば、何かの拍子に「才牙」と「サイカ」が結びついてしまうかもしれない。そのリスクを回避したい本能もあった。

だが、それ以上に彼を苦しめていたのは、胸の奥にある「居心地の悪さ」だった。

自分が「サイカ」であることを必死に隠している相手を一方的に助けて、感謝される、そのことに罪悪感を覚えたのだ。割り切れない感情が、才牙の心をかき乱していた。


一方、一人残された路地裏で。 「佐藤優依」としての仮面を被った刹那は、才牙が去っていった方向を、いつまでも無言で見つめていた。

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