つまりは、天板を見せよ
なろうのエッセイ枠に彷徨う筆者読者の方々は、家庭的な話題に親和性のある庶民派ではないかと思うので、THE庶民の私が、日常のなかで見つけた「コレだ」というお片付けセオリーをご報告しんぜよう。
タイトルの通り、つまりは天板を見せよ、ということになる。
テーブル、戸棚、本棚、カップボード、カウンターなど、天板のある家具や設備についての話だ。
これらは、物を置くための天板を備えている。
テーブルの上には日々、食器や筆記用具、本やパソコンやその周辺機器などが広げられることだろう。
戸棚やカップボードも同様、台所であれば、家電や調理器具、食材などで、ややもするとあっという間に埋め尽くされてしまうのではないか。
しかし、この物が置けるという天板としてのメイン機能は、ひとたび物で埋め尽くされた瞬間に消え失せてしまう、ということが当たり前ながら意外にも盲点である。
天板の機能は紙に似ている。
紙にはそこに何かを書き込むという機能と、書き込んだ情報を保存するという二つの機能がある。
ルーズリーフであれば、書き込んだシートはファイルに綴じ、必要があれば新たな一枚を引っ張り出すことになる。
もし手元に書き込んだシートしかなかったら、途轍もなく窮屈な思いを強いられるだろう。
天板の上に物を広げられるというのは、新しい紙の機能であり、こちらは、いわば作業台としての機能である。
何か新しいことをしようとするときにとても便利で、広ければ広いほどよい。
料理は作業スペースが案外たくさん必要で、不足気味な我が家では、開けた電子レンジの扉の裏側まで使ったりしている。
本来、作業スペースであるはずのカップボードの天板には、くだんの電子レンジが常駐されており、スペースを占領、圧迫しているために、そんなことが起きてしまう。
この常駐という、物を置いたままにする保存の機能は、書き込まれたルーズリーフがファイルに綴じ込まれるように、実は別に天板である必要はない。
我が家ではオーブンを使用する際に、発生する熱気が戸棚の中では周りを傷めるのではないかと何となく嫌だったので、天板常駐を選択した次第だが、現に作業効率は低下している。
戸棚の中に仕舞えない常駐家電でいうと、パソコンのディスプレイがある。
こちらは、同じような不便さから、壁掛けやモニターアームを活用するといった対策が取られることがある。
天板は紙のようにほいほいと新しいものに変えることができない。
大風呂敷を広げたら、ちまちまと片付ける必要がある。
それが面倒なのはわかる。
気を抜くとすぐに、新しく届いた郵便の封を開けるスペースさえなく、空中でそれをしなければならないこともしばしばだ。
自戒の意味もある。
つまりは、物で覆われた天板があるなら、片付けてその面を見せよ。




