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癇癪とブラックと読書

 子どもがお風呂に入りたがらず、癇癪を起こすので困っている今日この頃。

 魔の3歳児とはよく言ったもので、理屈ではどうにもならない時期なのでしょう(遠い目)。

 とはいえ親としては疲弊するので、なんとかお互い壊れないように工夫できることを探しています。

 今は最低限、着替えだけして風呂はキャンセルする日や、シャワーだけ浴びて終わりにする日など、細かく階層にしてできるとこまでやるという感じです。

 お風呂用のおもちゃも、好きなキャラクターのシャンプーも買いました。

 しかし課金は不発。

 何が嫌なのか、数時間かけて話し合ってもよくわからずでした。

 なんとなく、自分優位でない強制力に対して反発しているだけなのかも。

 でも、お風呂だけずば抜けて拒絶感が大きいのはなぜ、とモヤモヤする日々です。

 妻が腹を立ててしまうのも、自分が腹を立ててしまうのも、あまり気持ちのいいものではありません。

 なんとかしたいなあと思いつつ、ただ成長を待つ、時が過ぎるのを待つしかないのかもなあとも思いますが。

 感情を荒立てる大人二人、もともと感情豊かな子ども、そこに転がる日常のタスク、サボったりいなしたりしながら淡々とこなす日々。

 これはこれで、とても豊かだなと噛み締めながら。

 その苦痛に苛まれている瞬間は感情に囚われてしまうけれど、一歩渦の外へ出て冷静になれば、状況を客観視できて、また格闘しにリングへ飛び込む勇気が沸くものです。


 なんて、綺麗事を書きましたが、そうでない場面も多々あります。

 客観視すればするほど、その無意味さ、理不尽さ、不可能さ、醜悪さがよりリアルに感じられてしまうことにもなりかねません。

 そうなれば、また渦中に飛び込むのは、自殺行為に感じられてしまう。

 解決もできない、でも避けられない、責任だけはある、ただ耐える、というグロテスク。

 そんな状況でも我を忘れてはいけない、正気を保ったまま苦痛を味わうことの残酷さ。

 例えば仕事、例えば病。

 詰みの絶望の中で、人間を支えてくれるのはやはり他者なのかもしれません。

 迷惑をかけたくない、人のためになることをしたい、愛する人に尽くしたいという欲求が、たとえそれが自己満足であったとしても、絶望を真正面から受け止めるための糧となり得るのかもしれません。

 私は未だ、その悟りにはほとんど近づけてさえいませんが、悟るよりも先に、そんな状況に耐えなければいけないときが来てしまうのだろうなという悲観だけはあります。

 楽観と絶望を行き来する、その振れ幅が、大人になってからより大きく、より細密になったような気がします。


 全然関係ないですが、読書用に買った、ベッドタイムに使える携帯ライトがベストバイでした。

 スマホではない光がこんなに心地よいとは。

 早く買えばよかったです。

 ついでに読書の習慣がついて、快眠効果がかなりあります。

 3000円弱で、少し割高。

 でも、結果的にはいい贅沢でした。

 そんな小さな幸せを日々探していけたらいいなと思います。

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