第12話 振り上げられる剣
しばらく立ち尽くして呆然──。しかし余りにも卑劣と怒りが込み上げてきた。ルイス様──。いえ、もう国賊ルイスは私をまたもや騙したのだ。
私は慌てた。この国の軍隊は常駐しているものでも万を数える。それを動かされたら王都はあっという間に制圧させられてしまう。
私は恐ろしくなって、部屋に駆け込むと、マギーがのんびりとたずねてきた。
「アメリアさん。食事の時間ですよ。お散歩でした? それにしても平和っていいものですね」
あまりにも平和的な回答とのギャップに私はそこに泣き崩れてしまった。
「ど、ど、どうしました!?」
「私、私……」
私が訳を話すと、マギーの顔色は即座に変わった。
「私、どうしていいのか……」
「分かりました! アメリアさんはここにいてください。私は王太子さまに知らせて参ります!」
マギーは瞬く間に黒装束へと変貌し、あの男のように壁や屋根を蹴って、王太子さま場所へと向かっていったようだった。
しかし私のせいでこうなったのに、ここにいていいものだろうか。
知らなかったとはいえ、兵権という国家の大事を謀反人に渡してしまったのだ。罪人だ。王太子さまの妃の資格など無くなったも同然。
「こうしてはいられない。あの人に渡した私が悪いのだわ。私が止めないと!」
私は駆け出そうとしたがドレス姿では上手く走れない。私はドレスを脱ぎ捨て、下着同然、裸足のままで兵士の駐屯する場所へと向かっていった。
駐屯地は城の西側の外れだ。私は荒い息を吐きながら、急ぐものの途中、騎馬隊が城門に向かって駆けて行く。
すでに国権は発動されてしまったのだわ。王太子さまを城に帰らせないよう、城門を閉めに行ったのだと悟った。
しかし立ち止まってはいられない。駐屯地へ向かって駆ける、駆ける、駆ける。
だが一つの旅団が王宮へと馬を進めて行く。私の目から涙が溢れ出した。きっと国王陛下を捕らえに行ったのだと思った。
駐屯地に入ると、門衛によって抑えられてしまい、地面に押し付けられ両手の動きを封じられた。
そこに憎きルイスが共とともに現れ、私を見下ろしながら笑った。近くには、軍を統率する、ギリアム将軍もいた。
「将軍! あの兵権は、私が誤ってこの者たちに渡したものです。どうか兵士をお止め下さい!」
「それを問う君は誰か?」
「私は……私は……」
言葉に詰まる。王太子さまより妃にするとは言われていた。しかしまだ妃にはなっていない。しかも私は大罪を犯したのだ。
「それは余の妃となるものだ」
その声に顔を上げると、王太子さまがたくさんの騎馬隊を連れてこちらに向かってきた。
ルイスは驚いていたが、すぐに赤い旗を振り上げた。
「ええい! あの者を捕らえよ!」
しかし兵士たちは動かなかった。
すると、王太子さまは懐から同じような赤い旗を出してルイスに向けたのだ。
「謀反人を捕縛せよ!」
そう叫ぶと、あっという間に兵が動き、ルイスを地面に押し付け捕縛した。
ルイスの共の男はきびすを返して飛ぼうとしたが、マギーが躍り出て足に縄を巻き付けてしまった。
「な、なぜ兵権が二つも!」
ルイスが悔しがって叫ぶ。王太子さまはルイスから赤い旗を取り上げて言う。
「こちらはレプリカだ。余がたえず本物を携帯している。不埒ものが現れたらすぐ分かるように、本物には王家の紋章が出るように透かしを入れてあったのだ。お前は余が遊んでばかりいると思っていただろうがそうではない。不測の事態にはギリアムに伝えて訓練しておったのだ。愚か者!」
ルイスはがっくりと肩を落とした。
王太子さまは馬上から私へと手を伸ばす。私はその手を取ると、サッと同じ馬に乗せられ、前に抱かれる形で騎乗させられた。
「ではあとはギリアムに任せる。私はこやつを連れて城に帰る」
ギリアム将軍の敬礼を見届けて、王太子さまは王宮へと馬首を向けた。
「なんだその格好は。下着ではないか。お前は恥ずかしくないのか?」
「あのう……兵権を取り戻すのに走らなくてはならなくて」
こやつ。お前。王太子さまは呆れるように私を呼ばわる。そう言われても仕方がない。私はやってはいけないことをしたのだから。
「王太子さま……」
「なんだ」
「どうか私に罰をお与え下さい。私は国を滅ぼすところでした。王太子妃にはなれません」
王太子さまはしばらくなにも言わなかったが、やがて口を開いた。
「ああそうだな。罰を与えねばならん」
「は、はい……」
私はうなだれたまま。そのうちに王宮に着いて、王太子さまは私を石畳の上におろし、私の前に立つ。
そして、腰に帯びる剣を抜いてを振り上げたのだ。
処刑される──?
私は思わず目をつぶると、なかなか剣が振り下ろされない。私は目をゆっくりと開けると、その右手は私の頭上でまじないのようにくるくると回されていた。
「おお、神よ。アメリアに大いなる祝福を与え給え。我が王家に嫁ぐことを許し給え──」
?????
王太子さまは神へのお題目を三度唱え、剣を下げ腰にしまった。
「あ、あのう……。王太子さま。これは?」
「神の祝福を受けなくては、アメリアにお仕置きすることが出来んだろ。今から大司教を呼んでは時間がかかるからな。余が代理だ」
お仕置き?
「と、おっしゃいますと?」
「しゃべるな。罪人のお前には拒否権はないぞ。お仕置きが終わったら大赦してやる。ふっふっふ」
王太子さまは前に私をさらったように抱き抱えると、階段を軽やかに駆け上り、自室の寝室へと──。
◇◇◇◇◇
それからエイン大公爵一党は、平民へと落とされ国境近くの街へ送られ、都に上ることは禁じられた。
エイン大公爵の領地は、ジェイダン伯爵や、王太子さまに協力したものにと分け与えられた。
そして私も王太子さまより大赦され、晴れて王太子妃になることが出来た。
王太子さまは大変お忙しいけど、お暇を見ては私と散歩したり、食事したり、旅行に行ってくれたりする。
私たちの婚約を貴族の人たちはよく思わないかも知れないと思っていたがそうではなかった。
「殿下が本当に愛する人を見つけたのです。それを私が止めるはずもありません」
とジェイダン伯爵は言う。私たちは抱き合ってその場でキスをすると王太子さまに容赦なく鉄拳を振り下ろしてきた。
「人前ですぞ!」
怖い。
◇
国王陛下の病状が回復したとき、ある儀式が行われた。私が王室に献上した指輪に、国民の平和と健康を祈り、筋を刻む儀式だった。
今まで十六本の筋が、刻まれている。現国王は十八代目だ。
十七本目の筋は、国王陛下に乞われてジェイダン伯爵が行うこととなった。
特別な細長い器具をあてがって、指輪へと筋を刻んだ。
「我が国民に平和と健康を。長命と安寧を!」
二人の兄弟が口々に叫んで固く手を握った。
私と王太子さまは、それを見届けて互いに微笑んだ。この国に平和が訪れたのだ。
そして吉日を選んで、私たちは結婚した。
国民からは幸福を願われ、大司祭より神の祝福を得た。
「まあ、祝福は先に得てしまっていたがな」
「もう」
でもこれで正式に結婚できた。
最初は、嫌いな王太子さまだったけど……。今はとっても幸せ。
彼を見つめると目が合ったが、二人とも顔を赤くして視線を別のほうに向けた。
まだまだこれからの二人です……。