12.
翌日、王城内では激震が走っていた。
『戦闘職指導官カレン・レッドチェスタの辞任』
今朝方、カレンは連日で貴賓室に呼ばれた。
話の内容は注意したにも拘らず勇者聖魏を誘惑した(と思われている)ことを再度忠告する為だ。
昨日同様、多くの貴族達の前に立たされてネチネチネチネチ人の上げ足を取るような注意を延々と続けてくる。
カレンが反対しようとしても発言した瞬間に「発言を許していない」、「なんだその態度は」、「そうやってこの場をやり過ごそうとしているんだな」と言われる。
カレンをよく思わない貴族の筋書き通りにことは進んでいた。
そんな話の流れの中で事件は唐突に起こった。
「私に勇者パーティーへの加入の意思はない証明が欲しいなら戦闘職の指導官を辞めてやる」
カレンは指導官辞任を宣言した。
その宣言を聞いた国王及び宰相以下はカレンに撤回を求めた。
勇者誘惑の件では何もせず傍観していたくせにこうなることはまるで考えていなかったようだ。
国王の申し出でもカレンは辞任の撤回はする事はなく、国王も承認しなかった事で事態は平行線になり、会議後国王はこの件は他言無用にするようにお触れを出した。しかしその場に居合わせたカレンを指導官から降ろしたい多くの貴族によって会議の内容は拡散し、もみ消しに失敗、瞬く間に王城中に広まった。
そして事態を聞きつけた大地のクラスメイト達がカレンに直接真意を聞いてカレンが認めた事で誤報にすることもできなくなり、カレンの辞任を国王も認めることになる。
これでこの件は終了……とはならず、事態を遅れて聞きつけた聖魏が乱入。
自分のパーティーに入る気があると思い込んでいる聖魏はカレンの突然の辞任劇は自分の為だとしか思っていなかった。
パーティーに入る事が出来ないのは指導官という立場上一人の生徒に肩入れするようなことは出来ないからだった。だから指導官という立場を捨てて後顧の憂いを立とうとしている、などと考えていた。
第一声が「僕のために自分の立場迄捨てる必要はない」などと見当違いな事をいっているのが何よりの証拠といえよう。
無駄にいい笑顔で近づく聖魏はイケメンなのに残念な程気持ちが悪かった。
それに対してカレンはキモがる事はなかったが、「指導官を辞めるのはいくら断っても行われるセイギ殿の無理矢理な加入を逃れる為であり、まったくこれっぽっちも勇者セイギに興味はない」、と全面拒否で返した。
周囲が拍手を送りたくなるほど清々しいお断りに流石の聖魏もようやく理由があるから断られていたわけではないと気づいたようでその場に崩れた。
こうして王族、貴族、勇者を切り捨ててカレンの辞任劇は幕を閉じた。
それから城は大混乱。
下の者達は辞任と新しい戦闘職指導官を探す事でてんわやんわの大忙し。
上の者はいきなりの指導官の辞任に対する説明要請の対応に四苦八苦。
王城内は文字通りの大混乱へと陥った。
そんな大事が王城のみに留まる訳もなく、なぜこんな時期に辞任になったのかという憶測は娯楽の少ない市民には恰好の肴な為、知らぬ者が位ないのではというほど広がっていた。
宿に籠もりきりの大地にも届くほどに。
目の前には元凶であるカレンが何食わぬ顔をして部屋にやってきた。
「どういうつもりだ」
二日間の期限付き誓約を了承した時点で何かしてくると警戒していた大地であったが、飽くまでも自分に危害を加える事に対しての警戒であり、まさか自分の立場を捨ててくると思っても見ていなかった。
「それは君の信用を得るために……分かった、ふざけないからそんな目で睨むな」
大地の反応が予想していた通りで面白そうに笑いながらカレンは腰かけた。
「簡単に言ってしまうと私は数日前に勇者セイギから勇者パーティーへの加入の申し出を受けていたんだ」
「勇者パーティーへのスカウトか。……普通なら喜ぶものじゃないか?」
「確かに貴族連中にしてみたら泣いて喜ぶだろうが、私にとっては迷惑でしかなかった」
聖魏の加入の申し出の所為で他の勇者には聖魏のパーティーに入るものと決め付けられ、貴族連中からは分不相応だと罵られ、国王からも注意される。
しかも断っても聖魏は何度も誘ってくる気配がある。
その都度貴族連中から注意を受けているのは目に見えていた。
既に断っているのに話を聞かない両者の板挟みにあう。
誰だって逃げたいと思うだろう。
そんな時に大地を見つけて保護したカレンは考えた。
「他の勇者の仲間になれば勧誘は無くなるし、面倒な指導官も辞められて一石二鳥だろうと」
「いや、どうしてそうなる。召喚された勇者の中でも最有力の聖魏を捨てて犯罪者になっている俺を選ぶとか最悪の選択だろ」
「そうか? いやまぁ噂通りの人間であったならこんな行動しなかっただろうけど、私の目にはそう悪い奴には見えなかったからな」
まだ会ってたった二日。
本心なんて見抜けるほど接していないだろう。
それに大地にとって聞き捨てならないのは、
「そもそもお前を仲間にする気なんて微塵もない」
「ここまでしている私を捨てるのか?」
「一切頼んでないし、自分の面倒を解消する為じゃないか」
「これでも若くして騎士団長にまで上り詰めた身だ。凄い優秀だぞ」
「だったら尚の事、聖魏の元に行けよ」
誓約魔法がしっかりと起動しているにも拘らず効果がはっきりされないって言う事はカレンが大地に危害を加えようと思っている訳ではないのは大地だって分かっている。
しかし自分の面倒ごとの為に使われて仲間になるというのが気に入らなかった。
「ダイチはどうしたら私を仲間にしてくれるんだ?」
「何をしようと仲間にする気は……そうだな。お前の一番大事にしているものを俺に差し出せ。そうすれば仲間に加えてやってもいい」
頑なに断ろうとしてやめた。
ただ断りを入れてもカレンはなし崩し的についてきそうだから条件を提示した。
裁判を機に大地は全てを失った。
仲間になるのなら同じでなくともそれなりの代償という名の誠意を大地は求めた。
「大事にしているものを……」
「勿論すでに失っている指導官の地位は駄目だし、俺が認識できないものも禁止、金銭を渡すのも無しだ。本気で大切にしてきた大事なものを寄越す、その条件をクリアしたなら仲間として認めてやる」
狼狽えるカレンに大地は条件を更に狭めていく。
これで金銭だけでなく名誉や名声といった不確定要素も不可能になった。
国王への忠誠心とか言われても心のうちまでは見透かせないからな。
それに大事なものかどうかも俺が決められるのでもしももない。
咄嗟に思いついた条件であったが、意外と困難な条件を提示できたと思う。
「無理なら、え、え、え? なに、ちょっと……え?」
「……あなたへ大切なものを上げてやるわよ」
神に誓ってもいい。
この時の大地はカレンが仲間になるのを諦めさせるために条件を出した訳で、決してカレンの答えを求めた訳ではない。
しかし断れなかったどころか嬉々してしまった以上、大地は有罪だと言わざる得ない。
一つ言えるのはカレンが条件を満たしたという事である。
今回は賛否が分かれそうだ。