第4章 その30 ダンテ父さんと黒髪の美女(修正)
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アイリス嬢、四歳の誕生日、ラゼル家当主自慢の中庭で開かれたお披露目。
午後の茶会に参加していたダンテ・エドモントは、せっかくの趣向を凝らした宴を楽しむ気持ちになれないでいた。
息子のマクシミリアンは茶会が始まって間もなく倒れてしまい、救護室に運ばれたきりなのだ。
茶会の最後にアイリス嬢が登場した時も、せっかくの機会に深窓の令嬢の姿を見ておきたいという興味は持ったが、他の客のようにアイリスが歩く道へとしゃしゃり出たりはしなかった。
「どうせ許婚は決まっているのだしな」
ひとりごち、テーブルに置いた酒杯に手を伸ばそうとしたときだ。
「また酒ですか。懲りていないのですか?」
いつの間にか、ふらりと現れた女が、ダンテの前に座った。
(おおっ! すげえ美女だ!)
豊かに流れ落ちるような艶やかな黒髪。色の白い肌、整った容貌で、特に目を引かれるのは、青い目だった。ごく淡い、水のような涼やかな瞳。
なまめかしくも、凜々しくも思える。
「あなたの好みは長い黒髪でしたね。息子さんもそれを受け継いでいるようです」
「息子? マクシミリアンに会ったのか」
会ったとも会わないとも答えずに、美女は、手にしたグラスを差し出した。
口の細い、長いグラスの底から細かい泡が立ち上っている。
「どうぞ。これはペリエル。レギオン王国の中央高原産の天然発泡水ですよ。この茶会では酒は禁止ですから。もちろんご存じですよね」
「ああ、承知だ」
「では、ダンテ。あなたは酒を持ち込んだことは認めるのですね? もちろん、このテーブルにある酒はご自身の所有ですね」
黒髪の美女が問う。
ダンテは美女の意図を図りかねた。
うっかりしたことを返答すれば自分の立場はどうなるか?
「ご心配には及びません。このテーブルでの会話は、他の客には知られることはありません。そのようにしていますから」
「魔法使いか」
「便利なものでしょう?」
美女が、艶然と笑った。
しかしいくら色っぽい美女と同席しても、嬉しくは思えない。
「マクシミリアンのことで?」
ええ、と美女は頷いて、
「息子さんは重篤な状態に陥っています。幼い身で強い酒を飲用したことと、彼にはもともと、酒を飲むことによって身体に生じる、ある種の『毒素』への耐性を持ち合わせていなかったことに起因します。ご理解いただけますか。あなたは彼が同席している時に酒を飲むべきではなかった」
「マックがそんな体質だとは」
「理解していなかったのでしたら、あなたの責任ですね。……全て」
ダンテは唸る。
「しかも、我々、魔導師協会が全面的にラゼル家に協力していることもご存じで? この茶会での不祥事発生は、主催側にとって非常に迷惑を被る事案だ」
「つまり謝罪しろと? それとも賠償ですか? まことに申し訳ない。金額を出していただければ……」
「まあそう突っかかる必要もありませんよ」
美女が、くすっと笑った。楽しげに。
「……待てよ。マクシミリアンの好みも、おれと同じ? ってことは、あんたは息子と会って話したのか」
「やっと気づきましたか」
「おれは忙しいんだ。美女と会話を楽しむどころじゃない」
「マクシミリアンくんは、生後一ヶ月の『魔力診』で、魔法使いにはなれないと言われたでしょう? 保有魔力が少ないから。エルレーン公国では不利だ。あなたは息子さんをどうしたいのです? 何かを期待して、このお披露目会に同伴したのでしょう」
「その通りだ。空振りだがな」
「そこで、私から提案があります」
弟子達が言う、『師匠のすごく悪い微笑み』を浮かべ、カルナック師は、本題に入る。
「マクシミリアン君に、将来アイリス嬢が公国立学院に入学する際の護衛をお願いしたいのです」
「はあ!? 息子には魔法学科に進めるだけの魔力は」
「これから、彼は魔力に恵まれた体質になります。今は眠っていますが晩餐会が開かれるまでには間に合う。彼にはエルレーン公国立学院に入学し、魔導師養成学科の講座をとっていただきたい」
「無理無理無理! 無理すぎる! いろんな意味でだ。あんた学院に、つてでもあるってのか?」
「ありますよ?」
美女は満面の笑みで答える。
「は?」
「私が、魔導師養成学科の講師をしているのですからね。あ、それに魔法使いの長でもありますので」
「あ!」
ついにダンテは思い至った。
「その漆黒のローブ。人の悪い笑顔。あんたは黒の魔導師カルナック……!」
「はい、その通りですよ」
にまぁ、と。カルナック師は笑う。
「おまけに、あんた、男だろ……外見は美女に見えても」
「はて。もう五百年ほど生きているもので。自分でも、もうどちらだったか忘れてしまいましたがね。そこにこだわりますか?」
「……マックのやつは。田舎育ちだ。首都に初めて連れてきたから。あんたみたいなのに出会えば、大火傷する」
火傷なら薬もありますとカルナック師は答え。
「エドモント商会にとっても、悪い提案ではないはずです。ラゼル家との強いつながりも得られますよ。当主夫妻は、娘のためなら非常に甘くなりますからね」
ダンテは頭を抱えて唸った。
「そうしなければ息子は?」
「生命の保証はできかねます。大きな魔力を得れば、私のように長く生きることも可能だ。望むならば。そして望まない者は、普通の人間のように歳を重ねることもできる。選択肢が増えたとお思いください」
選択肢が増えたと美女は言う。
けれどもダンテにできる答えなど決まっている。
息子の死か、生か。
二つに一つ。
受けるしかないのだった。
※
「はい承諾しましたっ、と」
リドラは嬉しそうだ。
「あの父親、好みだわ。妻帯者なのが残念。不倫は断固お断りだから~」
「渋い男が好きって時点で、リドラの恋愛ハードル高いよね」
「ティーレみたいに脳筋じゃ相手も見つからないんじゃない?」
「いいよ。恋愛めんどくさ! 前世で苦労したんだから。キャリアウーマンだったのに、好きでもない相手にストーカーされてさぁ」
「それで駐車場で刺されたんでしたよね課長」
「課長言うな。平社員」
「はいはいリドラもティーレも、そこまでに! 茶会の片付けと晩餐会の準備を手伝ってきて。メイド服着てる者は全員行って!」
指示しているのはヴィーア・マルファだ。
「え~」
「あたしら魔法使いなのに」
しょうがないなあと言いつつ、リドラとティーレは、メイドたちの手伝いに向かうのだった。




