第4章 その31 ティーレは戦闘士族(修正)
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晩餐会の準備を手伝うために台所に行ったリドラとティーレだった。
しかしメイド長のトリアは、ここは充分に人手が足りていると断った。
どう見ても、ものすごく忙しそうなのだが。
「お披露目は前々から決まっていて準備もしていたこと。魔法使いの方々のお手を煩わせては申し訳ないのです」
「でも、もし何か、できることがあったら」
「ええ、ありますよ。お二人がいらして下さって助かりました。ローサをお嬢さまのところに連れて行ってください。あの娘はお嬢さまの専属なのに、台所の応援に駆り出してしまいましたから。ローサ!」
「はい、ここに」
癖のある、たっぷりの赤毛を三つ編みのお下げにした、ローサが進み出る。
「手伝ってもらって助かったわ。ここはもうだいじょうぶ。リドラさんとティーレさんと一緒に、お嬢さまの身を、しっかりとお守りするのですよ」
「はい!」
ローサを伴って、ティーレとリドラは長い廊下を足早に進んだ。
走るわけにはいかない。
途中で何度も、招待客たちに声を掛けられる。
先を急ぎたいのだが、メイドであるからには、客に応じるのは致し方ないことだった。
「メイドさん! 迷ってしまって。控え室はどこかな」
「晩餐会はいつから?」
「喉が渇いたわ。何かくださる?」
「あのステキな執事さんってまだ独身なの?」
「アイリスお嬢さまはいつから学校に通うの?」
「ああもう! いちいち聞いてくるなっつーの! なんだよ執事が独身かって! 関係ないだろ!」
「押さえて押さえて。わたしたちメイドなんだから、接客しないと」
「すみません、ティーレさん、リドラさん」
三人は接客しながら、廊下をひたすら進む。
その騒ぎや混乱も、しだいに収まってきた。
客達は身分や職業などを考慮して分けられた、しかるべき待合におさまり、晩餐会を待つ間の飲み物や菓子、軽食も配られたのだ。
廊下に出ている人間の数は目に見えて減ってきた。
「さて、お嬢さまはどこかな?」
「この時間だと控え室に戻っているはずです」
「ああ。例の」
隠し部屋だねと、口には出さない。
「どこかの転移魔法陣を使わないと」
「ここから一番近いのは」
「お嬢さまの部屋の前でしょうか」
三人は子ども部屋に向かった。
先客がいた。
恰幅のいい初老の男であった。
金のかかった身なり。リドラに言わせると「成金ファッション」の、上品でも清廉でもなさそうな。
アイリスの部屋の扉を、ドンドンと叩いて、何事か叫んでいる。
「開けろ! ここを開けるのだ!」
「やぁだ!」
「ヒューゴー老! 懲りねえな!」
ティーレの血がたぎる。
彼女はこの大陸の極北に住む精霊士族。戦いを求める習性のある民族なのだ。前世でも日本の営業ウーマンとして寝食も忘れ二十四時間戦っていたことは、言うまでもない。
「ああ、課長……じゃない、ティーレの職業病が出たわ~、久しぶりぃ」
うっとりするようにリドラは呟いた。
「前世の課長が男性だったら、もろ好みだったのにぃ。残念だわ~」
「……この非常時に何を言ってるのかな。あたしゃ女性でよかったよ!」
「メイドか、いいところへ。この扉が開かないのだ。孫に会いたいだけだというのに、皆が邪魔をする。ここを開けろ!」
強い口調で言う。
「あ~、やっぱ持ってるわこいつ。魔術補助具。命令を強めるやつだ」
「エルレーン公国の魔法じゃないわね。なんか、ぷんぷん臭うわよ。魚の内臓が腐ったみたいな悪臭が。サウダージ共和国の裏社会で流通してる闇魔法よ」
リドラはサウダージ共和国出身で、そちら方面には詳しい。
「そりゃ、やばいな」
「エマさんに残ってた魔法の痕跡も、真っ黒だったからね」
この老人が、アイリアーナ付きのメイド、エマを操り、アイリスに呪われた宝石の首飾りを着けさせようと企んだのは、まさに今朝のことだ。
「何をごちゃごちゃ言っておるか! わしの命令が聞けんというのか!」
懐から黒い鞭を取り出して、ヒューゴー老は床を打つ。
ピシッ! 空気が切り裂かれる。
「ひっ!」
ローサの身体が、痙攣した。
「下がって!」
ティーレとリドラはローサを後ろに下がらせ、前に立った。
「なんだお前たち? さっきもいたな。命令が、きかないのか?」
いぶかしげに目を細める。
「ヒューゴー。あんたバカだろ。あたしらは、メイド服を着てるけど、ここのメイドじゃないんだよ」
「そうそう。メイド服は、趣味で着てるだけなのよ~」
「緊張感なくなるからおまえは黙れ」
「はいはい。ところでティーレ。精霊士族って、バイキングに似てる希ガス」
「阿呆!」
「なにものだ」
ヒューゴー老は苛ついたように足を床に叩きつけて注意を引こうとする。
「あたしらの顔に、見覚えないの? 確かに記憶は一部消したけどさ」
「十数年前、エステリオ・アウルの誘拐未遂事件。思い出せない?」
ティーレとリドラがそこまで言うと、ヒューゴー老はようやく何かに思い至ったようだ。
「公国の魔法使いども! 事件と称してかぎ回り、わしの邪魔立てばかりしおって。あのときも、エステリオを#贄__にえ__#に、力を得られるはずだったものを」
「は?」
「今なんてった? くそじじい!」
「さあて。なんのことかな。魔法使いどもが、わしの初孫アイリスの許婚にと推挙している者は、ただの絞りかすでしかない。笑えるわ。昔のあれは、あんなものではなかった。光に愛された申し子。誘惑すれば魔王でも堕ちただろう。くくくくく。強大な力を欲するならば対価も相応のものを用意する必要があったのだ」
自らの言葉に酔いしれている老人。
「先代様? いったい何のことをおっしゃってるのですか」
首を傾げるローサを押さえ、ティーレは身構えた。
「まずいわこいつ確信犯!」
「むしろサイコパスじゃない? 人間らしい感情なんかないのよ」
リドラは周囲を伺う。
あたりに人影はない。
といっても複数の魔法使いたちが『目』と『耳』を張り巡らせているからには、全員が今の状況を把握している。
「ちょっとやばいから応援頼む」
ティーレは呟いた。
転移陣はすぐそこ、子ども部屋の前に設置してあるが、ヒューゴー老に転移陣の存在を知られたくない。
(アウルはうっかり使っちゃったけどさ)
「ヒューゴー・マルティン・ロペス・ティス・ラゼル!」
金色の陽炎が揺らいだ。
現れたのは、エルナト・アンティグアとヴィーア・マルファ・アンティグア兄妹の投影像だ。
「アンティグア家の!?」
「あなたのような方には我々の身分も有効な脅しになりそうだ。聞きたいことがあるのでご同行願えますか?」
「と言っても、お願いじゃないんだよな。命令だ。老人、ついてきな!」
王家の親族であるアンティグア家に対しては、大商会ラゼル家の先代として未だ権勢を誇るヒューゴー老も、強くは出られない。
魔力の鎖で拘束され、連行されていく。
行く手には、深緑のローブを纏った老人が佇んでいた。
無言であるが、推し量れないような魔力が、老人の周囲には、渦巻いていた。
「あれが誰かわかるかい? 魔法使いの副長、深緑のコマラパ老だ。あんたの処遇は老師に任せる」
ヴィーア・マルファは、ヒューゴー老の背中を押した。
よろけながら前へ踏み出すヒューゴー老。
拘束されて、もはや得意の弁舌も封じられている。
通常なら魔法使いたちも、疑わしい犯罪者に対し、そこまでの拘束はしない。
ヒューゴー老は『災厄』指定を受けたのだった。




