第4章 その23 マクシミリアン(修正)
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「盛況だな」
地方商人のダンテ・エドモントは、八歳になる跡取り息子のマクシミリアンと共に、ラゼル家主催の午後の茶会から始まる晩餐会に出席していた。
ラゼル家の一人娘アイリスが、無事に六歳の誕生日を迎えたことを祝う、お披露目のパーティーだ。
無事に、というのは、アイリスは生まれつき身体が弱く、家の外に出られない暮らしを余儀なくされていたからだ。最近では身体が虚弱ということもなくなり、普通に学校へ通えるようになると期待されている。
お披露目会の始めは、午後の茶会。
異国風の言葉でアフタヌーンティーと呼ばれている。
ラゼル家の現当主自慢の、広く美しい中庭が会場となっていた。
どういうしくみでか水を噴き上げている池には異国の水棲植物が花を咲かせていた。
芸術的に刈り込まれた植え込みの間に、幾つものテーブルが置かれている。
純白のテーブルクロスが敷かれた上に、こんもりと盛られた焼き菓子、生クリームを添えたホットビスケット、花を模したカッティングで飾られた果物、サンドイッチという、豪華すぎず、かつ目新しい食事。
来客の目を楽しませる、美しい植物画に彩られた陶器のティーポットやカップ、カットを施した冷たい飲み物用のグラスが並ぶ。
どれもこれも高価なものばかり。
もちろん茶葉も最高級品だ。
招待された客は取引のある商人、銀行、首都の役人や有力者ほか。
「父上。このような会は、首都では、よく行われるのですか」
赤みを帯びた金髪を短くそろえ、仕立ての良い亜麻の衣に身を包んだ息子は、けんめいに大人びた物言いをしようとする。
背伸びをしているなあ。父ダンテは、そういえば自分もこのくらいの年齢の頃は、そうだったと思い出し、笑みを深める。
「ああ。この国では、四歳から七歳くらいまでのうちに、無事に育った祝いにお披露目をするものだ。普通は、こんな大規模ではないがな」
「わたしの時は、しなかったですよね」
マクシミリアンは、少し不満そうだ。
「おまえの妹と弟と一緒にして、そのうちする予定だ」
「まとめてですか?」
「商会を構える者は皆、やる慣習になっているからな。どれくらいの規模でやるのがいいか、図っているところさ。ラゼル家は旧家だし、大規模にならざるを得ないのだろう。うちは、ささやかな商売だ。ここまでの規模ではできない」
財力もだが人脈の問題もある。
千年も続いていると噂されるラゼル家に匹敵する商会は他にない。
あるとすれば唯一、当代の主マウリシオに対して、隠居して郊外に引っ込んだはずの先代ヒューゴー老人が未だに権力を握っており、息子マウリシオを蹴落とそうと画策していると聞く。
ラゼル家の敵はラゼル家というわけだ。
周囲を見渡せば、子息や娘を連れている商人の姿が目立つ。
無事に六歳の誕生日を迎えたアイリスの将来の伴侶候補、学友候補というところ。
「父上。アイリス嬢は、どんな人なのですか」
自分に似ず、懸命に、周囲を見習い、品の良い言葉遣いをこころがける息子に、ダンテは生温かい目を向けた。
「深窓の令嬢さ。おまえの相手には、ちと難しい。相手の家が格上ではな」
「そんなことを聞いているのではありません。ひととなりを知りたいのです」
「それはまだ、誰も知らないぞ」
身も蓋もないことを父は言う。
「アイリス嬢が姿を見せるのは晩餐会か、この茶会の終わる頃だろうという、大方の予想だからな」
「旦那様」
そのとき、連れてきた従者のひとりがやってきて、ダンテの耳元で何事か囁いた。
「なんだと」
初めて、ダンテの顔色が変わった。
「どうなさったのです父上」
マクシミリアンはいぶかしむ。
「その情報は確かか」
「むしろ意図して、ラゼル家の側から流されておりますね」
全てに長けた従者の言葉に、ダンテは、何度か大きくうなずいた。
「マックス。おまえを連れてきたのは無駄足になったかもしれん」
「どういうことですか?」
「アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢には、生まれたときから定められた#許婚__いいなづけ__#がいる。今日のお披露目で、その婚約を、魔導師協会の長と副長が、二人して承認する儀を執り行うとさ」
「えっ」
八歳のマクシミリアンの頭は理解の限界に達した。
「アイリス嬢は、まだ六歳ですよね?」
「そうだ」
ダンテは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「だがうまいこと考えたな。アイリス嬢は、生まれつき、あり得ないほど多くの魔力に恵まれ、生後一ヶ月の『見極めの儀』では、すでに守護妖精がついていた。最近の噂じゃ、四精霊の守護を得ているという」
「そんなことがあるのですか!? すごい……」
「すごいさ。そりゃあ、すごいことだ、だがな」
ダンテは大きな息を吐いた。
「おれが親なら、心配で外へも出せない」
思いも掛けないことを、ダンテは言った。
「そりゃあ身体が虚弱だとでもなんとでも言って、館に閉じ込め一歩も外へは出さないさ。拐かされ、どこぞの貴族や金持ちに献上される可能性しか見えない。今から許婚をつけておけば。そして魔導師協会が後ろ盾になるのなら、安心だ」
「父上? いったいなんのことをおっしゃっておられるのですか」
マクシミリアンには話が見えない。
「このエルレーン公国は、魔法を使える者を優遇する国ではありませんか。そのお言葉では、まるで大きな魔力を持って生まれることが不幸みたいじゃないですか」
まさにそうなのだ、と、ダンテは、まだ息子に言えないでいた。
「父上は、どうかしています!」
声を荒げて喉が渇いたのか、マクシミリアンは目の前に置かれていた、赤い液体がなみなみと満たされていたグラスを手に取り、一気に飲み干した。
ダンテが水のような顔をして飲み干していた、それは、強い酒だったのだが。
身体がかあっと熱くなり、顔が真っ赤になったマクシミリアンはその場で倒れてしまった。




