第4章 その20 呪われた首飾り(修正)
20
どうしてこうなった。
エステリオ・アウルは、アイリスの部屋の壁と向き合っていた。
背後では、つまり部屋の中央では、アイリスを囲むメイドたちの、笑いさざめくうちにも楽しげな声がしている。
しかしそこは戦場だ。
メイドたちはそれぞれが自分のこだわりの一品を手にしており、ぜひともお嬢さまに身につけてもらいたいと、戦っているのだった。
お披露目のドレスは決まっている。
アイリスの黄金の髪を引き立てる純白の、絹のドレス。
髪飾りは白銀のティアラに小粒の月晶石を散らせたもの。
胸元を飾るアクセサリーをブローチにするかネックレスにするかで、朝から数人のメイドが争っているが、なかなか決まらなかった。
メイド長のトリアは、アイリスの黄金の髪に編み込みを施すことにはこだわったが、お嬢さまにアクセサリーなど必要ないと思っていた。
が、そこはメイドたちのこだわりを尊重することにしていた。
朝の、再戦でもあった。
なにしろこれからが、お披露目会に臨むアイリスの、デビュー戦なのだから。
※
子供部屋のドアを蹴破ったかのような勢いで入ってきたトリアは、エステリオ・アウルを捕まえ、こう宣言した。
「きょうはめでたい、アイリスお嬢さま六歳のお披露目会! お茶会の前に、お召し替えですわ。アウル坊ちゃま、外に出てください。でなければ後ろを向いていてくださいませ。レディの着替えですと申し上げましたわ」
「えっ!? あ、はい!」
エステリオ・アウルは素直に後ろを向いた。
アイリスを護るのが許婚の努めとカルナックに指示されているので、逃げ出すわけにいかない。たとえ毎日顔を合わせているメイドたちに、かつてないほど生暖かい視線を注がれていても。
外に出ておけばよかったかもしれないとアウルは思い始めていた。
女性の戦場は、遠慮が無い。
すぐそばに男性がいてもお構いなしで、「お嬢さまの服をすっかり脱がせて!」「下着も替えて」などとあからさまに口にする。わざと言っていたのかもしれない。
(しかし今更外には出られない。着替えの真っ最中にドアを開けることになる)
外に誰がいるかわからないのだ。
「さあお坊ちゃまも!」
嬉々としてトリアがエステリオ・アウルに迫る。
「ええ!? なぜわたしまで」
「お嬢さまの正式な『許婚』として皆様にご披露なさるのですよ。カルナック様から、これに着替えさせよと、お預りしております」
差し出されたのは一見シンプルな白い亜麻のローブに、襟元や裾に銀糸の縫い取りがされたものだった。もちろん亜麻を白く晒すのには多くの手間と時間が掛かる。
が、エステリオ・アウルは、それに難色を示した。
「これは『覚者』が式典でまとうものだ。わたしにはまだ資格はない」
「カルナック様からのお達しですよ? どうせ違いのわかる者などいまいが、公式の場だし箔をつけておけと」
「……面白がってるな……」
しかたないのでアウルはローブだけ替えることにする。
背後で、歓声があがった。
「まあ、お可愛らしい!」
振り返ると、アイリスが、白い膝丈のドレスに、白い絹の靴をはいて立っていた。
「よく似合うよ」
思わず、笑みがこぼれた。
しかし、その笑みは次の瞬間に凍り付く。
背後からアイリスに近づくメイドのエマが、輝陽石のネックレスを首に掛けようとしたのだ。
「待て!」
険しい声で、咎め立てるような口調になった。
「お坊ちゃま?」
トリアのローサの、エマの、不審な声。
「それは何だ。そんな呪われたものをアイリスに触れさせるな」
エステリオは叫ぶと同時に、エマの手首をつかんで後ろ手にねじ上げ、片手でアイリスを引き寄せる。エマの処遇は、即座に飛んできたティーレとリドラに任せた。
呪われた宝石。中央に星のような条光が走った輝陽石のネックレス。
もともと輝陽石は、グーリア王国で好まれている宝石である。
トリアがエマを問い詰めたところ、「先代さま、アイリスお嬢さまのお爺さまから届いたものです。これがよいと思ったからお勧めしたのです」と、抑揚のない口調で言い張るばかり。
メイドたちに紛れていたティーレとリドラはエマに対して魔力の痕跡を走査し、「黒。真っ黒」と答えた。
エマの身柄は、カルナックが引き取りに来た。
「朝も、彼女はアイリス嬢にこれを付けさせようとしていたそうじゃないか。もし身につけていたらと思うと、ぞっとするよ。エステリオ・アウルが気づいて防げたのは良かった。さすがに許婚。面目躍如だね」
カルナックは、ときどき古めかしい言い方をする。
「師匠、わたしの衣装ですが」
あっさりと立ち去ろうとしたカルナックを引き留めアウルは食い下がる。
「それくらい我慢したまえ。きみの可愛いイーリスのためならできるだろう?」
「そ……そんなことまで」
ぜんぶ知られていることにアウルは青くなる。
「今ここに何十人の魔法使いが『目』と『耳』を飛ばしていると思う? 公式の発表だ、プライバシーは、ない」
駆けつけた他の部署の魔法使いにエマを渡すと、カルナックはエステリオ・アウルの肩を叩くのだった。
「もうじき茶会だ! さあ、用意はいいかな?」




