第2章 その13 精霊たちの誓い
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白い空間で、あたしは女神さまに、お名前を教えていただいた。
精霊たちはエイリス女神さまとお呼びしていた女神さま。
本当のお名前は、エイリアスというのだって。
そのとき、あたしの中に湧いてきた疑問がある。
エイリアス。
偽名、別名、通称などの意味を持つことば、だったよね。パソコン用語では、ファイルなどの本体にアクセスするための分身……。
ということは。
ことばの意味通りなら、世界の名前、セレナン本体の、分身ってことになる!?
「待って女神さま! まだ行かないで! 教えて! 大きな災いってなに? セレナンのラトが殺されること? そのせいで世界が滅びるの!?」
あたしは、以前、この白い空間で、ラト・ナ・ルアと出会い、約束した。
今から五十年ほど後に、ラトは人間に殺される運命なのだと聞いた。
そんなのだめ!
運命をくつがえし、あの子を助ける。
あたしはそう誓ったの。
姿が薄れかけていた女神さまが、振り返る。
『その通り。かつて、人間は虚ろの海を渡りて我が血肉の上に降り立ち、保護と救いを求めた。セレナンに赦された土地にのみ暮らし、セレナンに敬意を払うことを誓って』
「けれど誓いは」
『破られるのです。人間には誓いを守り通すなど不可能なのかもしれませんね。このまま時が進めばセレナンの血を流させた地上から、すべての人間は穢れとして払い落とされる。それもまた一つの可能性の時空だけど。それでもわたしは……人の心に、別の可能性を探し求めずにはいられない』
だから。
アイリス、あなたに未来を託します。
そのために、守護精霊はあるのですよ。
女神さまは、そうおっしゃられたの。
『地の妖精ジオ。精霊となりアイリスを守護することを、そなたの言葉で誓いなさい』
御手をかざす。
光が満ちる。
その降り注ぐ光の下で、小さな男の子だったジオが、みるみる成長していく。
美しさはそのままに。
『誓います。女神さま。アイリスを生涯守護し通します。過酷な運命からも、なにものからも』
他の精霊と同じように、ジオも、二十歳くらいの人間の姿形になった。
のびやかな、華奢な肢体。
身体にぴったりしたウエットスーツみたいな黒い衣装の上にゆったりした赤いローブに身を包んで。黒く見えるほどに濃い赤の瞳。栗色の、くるくる巻き毛が額にかかる。
『その誓いを守り通しなさい。そのことが、そなたの大事なものをも、護ることになる』
『おおせのままに』
ジオは胸の前で腕を組んだ。
優雅な仕草で頭を垂れる。
『我がすべてはアイリスのために』
とってもすごい誓いをしているようなの。
ところでこのとき、あたしはというと、奇妙に、ふしぎな心持ちがしていた。
地の精霊、ジオ?
あたしジオにどこかで会った気がする!
でも、どこで会ったのか。
このときには、どうしても思い出せなかった。
※
「お嬢さま。アイリスお嬢さま!」
ローサの声で、目が覚めた。
あたしは横になっていて、薄い布団が掛けられていた。
お昼寝にはタオルが好きだけど、この世界でタオルはまだ見たことがない。絹地の布団には真綿が入っていて軽く暖かい。こういうちょっとした身の回りのもので、我が家ってお金持ちなんだろうなって実感するのだった。
頭上には青い空が見えていた。
現実世界に戻ってきたんだ。
エイリス女神さまと別れて。
「ローサ?」
声をかけると、すぐにやってきたローサが、
「よかったですわお嬢さま! 中庭がお気に入りなのはよいのですが、ご昼食のお時間になりましても、ずっとお眠りになられて。ご病気かと心配しました」
心配かけて悪かったわ。
あたし、ローサがいないときに一人で中庭に遊びに出たんだった。
「ん~、すごく、ねむかっただけだもの」
「それなら安心しました」
ローサに「だいじょうぶ」と言いながら、ゆっくりと起き上がる。
半身を起こすと、さっそく妖精達が飛んできた。
『アイリスアイリス!』
『よかった気がついた!』
『どうしようかと』
『でも、ぼくのせいじゃないからね』
シルルとイルミナ、ディーネ、それにジオだね。
風、光、水、地の精霊。
「みんな……これから、よろしくね」
『『『『もちろん! ずっとずっと、一緒だよ!』』』』
妖精達の、暖かい光が、あたしの周囲を取り巻いて、光を撒き散らしていく。
「お嬢さま? どうかなさいましたか? ああ、おそばに妖精さんたちが、いるんですね?」
あたし専属の小間使い、ローサは、持つ魔力は僅かだ。精霊を見ることはできないが、妖精が飛んで撒き散らす光の粉は見える。
彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。
「よいことがあったんですねアイリスお嬢さま。いつもより妖精の光が強いみたいです。おかげで、このローサもなんか元気が出てきました!」
「そうなのよローサ。とってもいいことなの。なかにわでね、わたしのしゅごようせいたちが、せいれいになったの!」
「まあ! すごいじゃありませんか! 精霊は大きな力を持つ神聖な存在ですもの!」
ローサは驚きの声をあげたけれど、きっと本当にはわかっていない。
守護妖精が精霊に進化するには、守護される側の人間の魔力を大幅に使う。ゆえに、魔力が少ない場合は起こりえないことなのだ。あたしがそれを知っているのは、叔父さん情報。
「おじさまにも、おかあさまにも、はやくおしえてさしあげたいな」
「叔父さまはすぐにお戻りになられますよ。奥さまも、午後には戻られます」
「まちどおしい!」
「そうですね、お嬢さま」
ローサに手を引かれて、あたしは中庭を後にした。
午後に帰宅するエステリオ叔父さんが、大きくなったあたしの精霊たちを見たら驚くわよね。
なんて、期待しつつ。




