エピローグ:tear cloud call Tear teardrop……3
隙間から入り込む本物の太陽の光はあまりに眩く視界は白で隠される。額が少し痛かった。
それでもエルは一歩、また一歩と大地を踏み締め外へと出た。
外は地平線まで黄金色の草原が続き、聞いたことも無い動物の鳴き声が聞こえた。
心地よい本物の風が身体を冷やし、黄金色の草を靡かせ爽やかな音を作り出す。
エルは空を振り仰ぐと…………枯れ切っていたはずの涙を流していた。
流れ落ちた雫はそよ風に乗ってどこかへ消えていく。
偽りの空とは違う本物の空は――――とても蒼かった。彼女の瞳のようだった。
点々と宙に浮く雲はとても柔らかそうで、甘そうだ。
「エル!」
不意に隣から声がした。
覚えている。俺は、この声を覚えている。
反射的に振り向くと彼女はそこにいた。
「……ティア?」
「あったりー! ようやく想い『出して』くれたね」
そうだ。俺はなんで忘れていたんだ。ティアだ。ティア、ティア!!
「ティア! 生きてたのか!?」
彼女は答えない。
「そんなことよりさ。そこ、せっかくいい絨毯があるんだからさ。座ろうって!」
ティアは朗らかな笑みを浮かべ、エルの手を遠慮なく引っ張った。
ふさふさと未知の感覚の草にふわりと体育座りをさせる。
「こうやって手を繋いで見てみたかったんだよねー!!」
「あぁ。俺もだよ」
「辛い想いさせちゃったね」
「辛くなんてないさ! こうして空を二人で見れてるんだから! 誰にも邪魔されないんだぜ?」
「このっ……強がりめ!!」
永遠に広がる蒼い空を背景に、ティアは優しげで活発な笑顔を浮かべエルの髪をクシャクシャと撫でた。
恥ずかしい。けど嬉しかった。
「ははっ……やめろって」
涙が……涙が溢れるように流れていく。
「あれ……なんで?」
「泣いてもいいんだよ? 騎士が泣いたっていいんだよ?」
ティアは蒼い瞳でエルの顔を覗くと、そのまま顔を近づけ――――――。
透き通るような唇だった。エルは最後に力強く抱きしめた。
「元気でた?」
ティアが耳元で囁いた。
「あぁ。出たとも……出たともさ。だから行かないで――――俺を独りにしないで……!」
「ほぉら。俯かない。空に失礼だよ。ねっ!」
その柔らかく優しい手が背中を撫でるたびにエルの心は温められ、言葉が耳に入るたびに希望の光が灯されるようだった。
「強がってたけど、俺は全然強くないんだ。だから、行かないで…………」
エルは自らの弱さを吐露した。ティアはバカにすることも笑うこともなく優しく語りかける。
「強くないなんて最初から知ってるよー。何年一緒にいたと思ってるの? 大丈夫、行かないから。ね、上を向いて」
ティアは両手を翼のように扇ぎ、そのまま小金色の草に横になった。エルも真似して横になる。
草はとても柔らかく、逞しく、太陽の熱で温められているからか暖かい。闇を溶かすようだった。
――――雲がすいすいと流れていく。
アぁ……。どうして永遠と続いて欲しい時間ほど、あっさりと過ぎ去ってしまうものなのだろうか。
ずっと空を眺めている内に段々と空の色は橙に染まり、やがて蒼と緑と橙が混ざった幻想的な色へと変化し暗くなっていった。
「大丈夫だよ。エル。誰も邪魔しないから…………このまま空観察続行さ! んーそれとも天体観測かな?」
「本物の空だと星の位置は違うのかな」
エルは呟き隣を見た。
ティアの瞳は爛々と、それこそ星のように輝いている。
偽りの空の星はただの白い点だった。しかし本物は違う。
一つ一つが生気に満ち満ちて、黒に染まった草原を必死に照らしている。
月はとても明るかった。それゆえに、銀色の雲で月が隠れると全てが黒に染まり、なにも見えなくなる。
手を伸ばせば指先も黒に染まった。
――――怖かった。
しかし恐怖が押し寄せるたびにティアは手を力強く握ってくれた。
「大丈夫――――大丈夫。安心して、そう。大丈夫だよ」
彼女の熱が、言葉が心を落ち着かせてくれた。
すると身体は重くなっていき、身体の先端が沈んでいく…………。
気付けば深い眠りに落ちていた。
黄金色に戻った草原は朝露でエルは目を覚ます。
そのとき隣にティアは――――――――いなかった。
分かっている。
ティアはもう生きていない。だから彼女は答えなかった。
――「わたしは生きているよ」と言ってくれなかった。
エルはゆっくりと立ち上がった。
今目の前に広がる光景は…………草の香り、太陽の光、朝露の冷たさは五感を刺激する。これが現実だ。
でも昨日の彼女が幻想だとか、夢だとか妄想だとは想いたくない。
偽物なんかじゃない。れっきとした本物だ。
きっと最後に夢を叶えることが出来たのだ。
「――――――ああああああああああああ!! あああああああああああああああああああああああ!!」
エルは暗雲を裂かんとばかりに声を張り上げ叫んだ。喉に痛みが生じようと血の味がしようと止めなかった。
その悲痛な叫び声は銀色の空に溶けていく。
ポツリと――――一粒の雨が落ちてきた。
雨は少しずつ勢いを増して行き、やがて全てを洗い流すようにざぁざぁと降り出した。
雨は激しい音と共にエルの身体を打ち付けていく。
ティア、許してくれ。もうお前が見ているところで泣かないようにする。楽しかった思い出を語り、お前が出来なかったこともやってやる。ついでにマルコにも報告してやる。偽物とは比較にならないくらい綺麗だった。心地よかったと。
だからさ――――これが最後だからさ。
「ティア。……ありがとう。ありがとう!」
エルは紅い瞳から涙を流した。
薄暗くなっている銀の空は涙と霧で霞んで行った。
涙は雨と混ざり褪せて大地に落ちていく。
雨が止むまで泣いて、泣いて……心が洗われるようだった。
天から最後の雫が落ちたとき――霞みは、憂鬱は全て溶けて消えていた。
大地にできた水溜りを踏み、エルは再び空を振り仰いだ。
見てみると空には見たこともない幻想的な橋が浮いている。
エルは七色の橋をその目に焼き付けエレベーターへと足を進めた。
「またな……ティア。もう大丈夫だ」
エルが暖かな笑顔を浮かべたとき、
――――エレベーターの扉は閉じて行ったのだ。




