壊れた涙 1
一章:壊れた涙
なに素っ気ないボロビルで、偽りの空を少女とエルは見上げていた。
少女の名前はティア。
年齢はあまり離れていないのだが、エルから見るとティアは小さく子供っぽい。
ティアは雲のように白くふわりとした髪を靡かせ空色の瞳で空を覗いていた。
そして小さな指で10、9とカウントダウンして指を全て折り畳むと自慢げにこちらを向いた。
「やっぱ機械で作られた空は日没の時間、18時ピッタリね」
残念そうにそんなことを言った。仕方ないことだ。
狂ったコンピューターが全てを管理する地下国家で空が見れるだけでもマシなのだ。
エルは嘆息し空を眺め尋ねた。
「偽物じゃぁ満足できないのか?」
ティアは頼もしいくらいすぐに答えた。
「もちろん! 私はいつか本物の青空を見るの! 二人でね」
ティアはふっと立ち上がり、両手を広げ翼のように扇ぎ、振り仰ぐ。彼女の言葉には希望が満ちていた。
爛々と輝く瞳はその発言が冗談でないことを示していた。
しかしこの国では外の世界の存在を過剰に知っていることが罪である。
それでも力強く夢を語り、誰よりも高みを、空を目指すティアにエルは何年間も力を貰っていた。ティアはゴミ捨て場で凛と咲く花のようで、とても愛おしく思える。
「俺も見れるなら、見てみたいよ」
お前が夢を叶えたときの感動を、とは言えなかった。言わなかった。いつかは言いたいとエルは思った。
作られた夕日を背景に、ティアは優しげで、活発な笑顔を浮かべエルの髪をクシャクシャと撫でた。
「やめろ……撫でるなって、俺のほうが年上なんだぞ」
「あはは、年齢関係なーい! それにエルまだ20歳も行ってないじゃーん。したいと思ったことをしてなにが悪いってやんで!」
エルはおもわず顔を赤く染め恥ずかしながらに俯く。
嬉しくてついつい照れてしまうのだ。
「一緒に見ようよ。手を繋いでさ、体育座りでずっと眺めるの」
エルは目頭が熱くなる感覚を覚えた。
まるでプロポーズのように思えて心が躍る。
「もちろん! 俺は絶対にお前と空を見てやる。死ぬまでずっと付き合ってやるよ。約束だ」
「大袈裟ね……でもさ」
ティアはさきほどとは一転し重く暗い口調で言う。
それだけで俺は胸が裂けそうなくらい苦しく感じた。
「もし……私に何かあったらさ。空を見る夢…………託してもいいよね? ほら、外の世界のこと知り過ぎると駄目だから」
そんなこと言わないでくれ。エルは寂しげに俯く。
可能性としては充分有り得る……だからティアはいつもそう言うのだろう。
エルは震える手を握りいかにも余裕そうな態度を見せた。
「俺に一人で見ろってか? 一緒じゃなきゃ嫌だね。一人だけで空を見てるなんて考えるだけでも寒気がするね。一人で見るくらいなら外に出ようとするの、諦めちまうぞ」
「死んだらエルに憑りつくから、エルが外に出ないと私は死んでも空を見れないよぉ?」
「さらっと恐ろしいこと言うなよ……。まぁ、そんなおっかないこと絶対に起こさせないさ! 俺がこの力でお前を守ってやる。約束だ。なんたってミュータントだからな、M能力者だぞ? お前をどうにかしようとするやつがいたら、返り討ちにしてやる」
握っていた柔らかい手をそっと撫で解くと、最近観た勧善懲悪の映画で出ていたヒーローのポーズを大袈裟に決めた。蟷螂の威嚇みたいなポーズだった。
屋上はしんと静まり返って、エルは自身が滑稽で笑った。
するとティアも元気を取り戻してくれて楽しそうに笑ってくれた。
「アハハ! 期待してるよ? 私のミュータント様?」
「大船に乗ったつもりでいてくれ! 船なんて見たことないけどな」
二人はそう言ってバカみたいに笑った。
楽しかった。
だが永遠と続いて欲しい時間ほど残酷にもあっさりと過ぎ去ってしまうものだ。
なんの予兆もなく無粋な着信音が鳴り響いた。
まったくどうして電話というものは空気が読めないのかとエルは不快感を覚えながら、電話に出る。
「こちらステファ・G。仕事よ。三分で来なさい」
逆らうわけにはいかない、了解です。とすぐに返事をし、電話を切ってからエルは文句をタラタラと流す。
「はぁ、もう休憩終わりか、なんで楽しいときってすぐに感じるんだろうな?」
少女は苦笑しつつゆっくり惜しむように手を振った。
「そういうものよ。じゃあね、また明日」
「おう!」
エルは短い返事を済ますと、ゆっくりと階段を降りて行った。




