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小さなウサギ

「体が大きいくせに、もっとサクサク歩きなさいよ」

リンが苛立ち気味に言いながら、オイダイラの背中を押して校門の中へと無理やり進ませようとする。

「そんなに急ぎたいなら、自分で先に行けばいいだろ」

オイダイラは不満そうにぼやきつつも、しぶしぶ校舎の敷居をまたいだ。

「はあ……こんなに図体デカいくせに、ウサギなんかにビビるの?」

「別にウサギが怖いんじゃないってば……」

オイダイラはおろおろと周囲を見回し、体を小刻みに震わせながら言った。

「……でも、他のが怖いんだよ。『花子さん』の話、聞いたことないのか?」

「ここトイレじゃないし。そんなくだらないこと気にしてないで、さっさと進みなさいよ!」

リンはなおも彼の背中をぐいぐい押し続けた。

そんなやり取りを後ろから見ていたミキは、苦笑を浮かべながら声をかけた。

「怖いの? だったら、私が先に行こうか?」

彼女は自信満々に前へ踏み出す。そのあとをヒロキが無言で眉を上げながらついていく。

「ほら、ミキちゃんは全然怖がってないでしょ?」

リンはため息をつき、ヒロキの後を追って歩き出した。

「オイダイラって、ほんとに怖がりなんだから」

「ちょっ、待ってよ! 置いてかないで! ねえ、待ってくれってば!」

オイダイラは慌てて走り出し、まるで一人ぼっちにされるのが怖いかのように、友達のあとを追って校舎の奥へと消えていった。

彼らは教室を一つひとつ丁寧に調べていったが、これといった異常は見つからなかった。

そんなとき、ヒロキがふと思いついたように口を開いた。

「こうしてまとまって動いてると、ウサギを見つけにくいかもしれないな」

彼は言葉を続ける。「ウサギってすばしっこいから、こっちが固まって動いてると、気づかれて逃げられちゃう可能性が高い」

「たしかにね」

ミキが頷いた。「じゃあさ、男女ペアでジャンケンして分かれてみる?」

「楽しそうじゃん」

リンは笑いながら言った。

「……分かったよ」

オイダイラは不本意そうに返事をした。

ジャンケンの結果、オイダイラはリンとペアになり、ヒロキはミキと組むことになった。

「なんで僕がリンとペアなんだよ……」

オイダイラはため息をつく。

「は? 私と組むのがそんなに嫌なの?」

リンは眉をひそめた。

「もうやめろよ」

ヒロキが淡々とした声で言う。

「いつまでケンカしてるつもりだ? 僕たちはチームだろ? 協力しないと」

「はいはい、分かったよ」

オイダイラは渋々頷く。

「で、俺たちはどっちに行けばいいんだ?」

「まだ調べてないのは、体育館と二階の教室だ」

ヒロキが答えた。

「じゃあ、俺は体育館行くわ」

オイダイラは即答する。

「じゃあ、私たちは上に行くね。調査が終わったら、正門前で集合しよう」

ミキがまとめるように言った。

「オーケー、こいつのことは私がちゃんと見張っておくから!」

リンは自信満々に笑った。

オイダイラはそれを聞いて、こっそりとため息をついた。

そうして四人は、それぞれの担当エリアへと分かれていった。

ミキとヒロキは小学校の二階を調査することになり、懐中電灯一本だけを頼りに、静かに廊下を進んでいく。

二人は一つずつ教室のドアを開け、慎重に中を確認していった。

かすかな月明かりの中、懐中電灯の光が暗闇を切り裂く。

沈黙の中、ミキはずっと険しい顔をしているヒロキに気づき、そっと口を開いた。

「なんか、悩み事でもあるの? 顔に書いてあるよ」

彼女は少し立ち止まり、優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「もしよかったら、話してみて? 私のほうが年下だけど、今は同じチームなんだし……家族みたいなもんじゃない?」

ヒロキはしばらく無言だったが、やがて静かにうなずいた。

「うん……今の僕たちは、たしかに“家族”みたいなもんかもな」

彼は淡く微笑みながら、前方をぼんやりと見つめた。

「どうせ、もう外の家族とは連絡取れないしさ」

「そっか……やっぱり、家のことが気になる?」

「そういうわけでもないけど……」

ヒロキは目を伏せて言った。

「もしかしたら、僕がいなくなったほうが、ある人にとっては良かったのかもって思ってるんだ」

「いなくなった……? どういう意味……?」

ミキは首をかしげて尋ねたが、すぐに自分が踏み込みすぎたことに気づいた。

「あ……ごめん。私、余計なこと聞いたかも……」

「気にしないで。気遣いからのことなら、怒ったりしないよ」

ヒロキは静かに微笑んで答える。

「“家族”って、誰にとっても温かい存在とは限らないからね。僕の両親は離婚して、それぞれ再婚して新しい家庭を持ったんだ。新しい弟や妹もできてさ。だから僕は、どっちにも居場所がないっていうか……二人が会うたびに、気まずい空気になるのが分かってて……僕がその“橋渡し”になってるみたいで、つらかったんだ」

「……ごめんね」

「大丈夫だよ。そんなに落ち込むほどじゃないし」

ヒロキは少しだけ笑みを浮かべて、話題を変えるように言った。

「でも、今一番心配なのは……タツヤくんのことなんだ」

「タツヤくん? どうして?」

ミキがそう尋ねた、そのときだった。

ガサッ!

突如として、黒い影が目の前を横切った。

高速で走り抜けていったそれは、目にも止まらぬ速さだった。

「えっ!? 今の何……?」

ミキが驚いて声を上げると、すぐにその影を追って駆け出した。

その影は女子トイレの中へと真っ直ぐ駆け込んでいった。

ミキは気になって、迷わず後を追って中へと足を踏み入れる——

「ニャー…」

暗闇の奥から聞こえたその声に、思わず足を止めた。

「……なーんだ、ただの猫か。びっくりした〜…」

ミキは大きく息をつき、胸に手を当ててホッとする。

その時、後ろから駆けつけたヒロキが声をかけてきた。

「どうしたの? ミキちゃん、何かいた?」

「ううん、ただの猫だった。何でもないよ」

ミキは笑顔で答えたあと、少し首をかしげるようにして言葉を続ける。

「そういえば……猫を見るのって久しぶりだね。近づいたら、撫でさせてくれるかなぁ?」

「やっぱり女の子って、猫との相性抜群だよなぁ」

ヒロキがくすっと笑う。

「だって、可愛いんだもん!」

ミキは嬉しそうに笑い返した。

そんな彼女の優しい一面を見て、ヒロキは無言で懐中電灯を差し出した。

「中は暗いし、月明かりだけじゃ足りないよ。これ、持っていきなよ」

「わ〜、さすが! 気が利く〜!」

ミキは満面の笑みで懐中電灯を受け取り、そのまま女子トイレの奥へと入っていく。

「ねぇ〜、猫ちゃん、どこにいるの〜? お姉ちゃんが撫でてあげるよ〜」

軽い調子でそう呼びかけながら、ミキはゆっくりと一歩ずつ奥へと進んでいく。

懐中電灯の光で、一つずつ個室を照らしていく。

一つ目の個室——何もいない。

二つ目の個室——ここも空っぽ。

そして最後の個室——掃除用具入れの前で、彼女は足を止めた。

「えっ……」

そこにいたのは、彼女が想像していた可愛い猫などではなかった。

それは、体長がほぼ一メートルにも及ぶ巨大な生き物だった。

背を向けてしゃがみ込んでおり、全身がふわふわとした白い毛で覆われている。

まるで巨大なウサギが何かをむしゃむしゃと食べているかのような光景——

ミキの視線に気づいたのか、その生き物は動きを止め、

ゆっくりと、光の差す方向へと顔を向けた——

その瞬間、ミキははっきりと見てしまった。

その「怪物」の、不気味で異様な姿を。

「たっ…たぶん……ターゲット、見つけたかも……」

ミキは震える声でそう呟きながら、その場に立ち尽くしていた。

ミキの目の前にあったのは——

真っ赤に光る瞳を持つ、巨大なウサギだった。

その口元は鮮血にまみれ、足元には——

彼女がさっきまで追いかけていた小さな猫の無残な残骸が転がっていた。

毛と肉片が血に塗れて、散乱している。

「うそ……」

ミキは口元に手を当て、今にも漏れそうな悲鳴を必死にこらえた。

(グギャアアアアア!!)

怪物のようなウサギが甲高い悲鳴を上げたその瞬間、

その体がぶるぶると震え始め、みるみるうちに肥大化していく。

皮膚の下では何かがうごめいているかのように盛り上がり、波打つ。

そして——

その口が、ゆっくりと開いた。

普通の口だったはずのそこは、六つに裂けていた。

それぞれの裂け目には鋭い牙がびっしりと並び、

奥からは、蛇のように絡み合った二股の舌が、ぬるりと伸びてきた。

その舌の先には粘液のような透明な液体が絡みついていて、

懐中電灯の光を反射していやらしく光っていた。

その舌は生き物のように、ぬめぬめとゆっくり揺れ動き、

まるで目の前の空気を味わっているかのようだった。

怪物の体はさらに大きくなり、ミキの頭よりもはるかに高くまで膨れ上がった。

「や…やばい……」

ミキは本能的に一歩、また一歩と後ずさる。

顔は見る見るうちに青ざめていった。

そのとき——

彼女のマスクに内蔵された小型ディスプレイが、鋭く警告音を鳴らした。

表示された赤い文字が、点滅しながら現れる。

クロモノ レベル4:キイロ

その瞬間、ミキの心臓は一瞬止まったかのようだった。

「ヒロキ……」

震える声で彼の名を呼び、振り返って助けを求める。

「今のは……本当に、やばいやつだよ……!」

.........................................................................................................................

「どうして体育館を選んだの? オイダイラくん」

リンは少し考え込んだような顔で、彼の隣を歩きながら問いかけた。

「だってさ、ここが一番“怪談”が少ない場所だからな」

オイダイラは自信満々に答えた。

二人は静まり返った体育館の前で立ち止まり、

彼はそっと扉を押してみた——鍵はかかっておらず、少し開いていた。

「なんか変だな……器具倉庫だけ鍵かけてるのかもな……」

オイダイラは小声でつぶやく。

「怪談がないからって、何もないとは限らないよ」

リンは目を細め、不敵な笑みを浮かべながら続けた。

「むしろ教室よりヤバいものが潜んでるかもしれないし……例えばさ、扉を開けた瞬間、巨大なウサギが口を開けて待ち構えてるとか〜」

「やめてくれよ……」

オイダイラはリンに目を向けてため息をつくと、そっぽを向いた。

「いいから、ちゃんと仕事しろよ、リンちゃん。俺を怖がらせようとしても無駄だっての」

「はあ〜いはい、分かりました〜もうからかわないよ」

リンは両手を挙げて降参のポーズを取り、肩をすくめながら体育館の扉を指さす。

「じゃあどうぞ、“勇敢な”オイダイラくん。お仕事頑張って〜中に入って、ちゃんと調べてきてね」

オイダイラは疲れたように息を吐きながらも、自信満々に扉へ向かって歩き出す。

彼女が全部冗談だと信じていたからだ。

そして二人は気づかなかった——

歩いてきた廊下の床には、薄暗い月明かりのもと、

ウサギの足跡のような血の跡がぼんやりと残っていたことに。

「見てろよ、リンちゃん。ここには何もいないって、証明してやるよ!」

オイダイラはそう言って、なんと目を閉じたまま堂々と中へと足を踏み入れた。

しかし——

リンの視線の先には、不気味な黒い影が見え始めていた。

その影は耳の長い大きなシルエットで、体育館の暗闇の中に静かに立っていた。

「ちょっと……オイダイラくん……もうやめて、進まないで……」

リンの声はいつになく真剣だった。

「すぐ目の前に……何かいる……戻ってきて……!」

「また脅かそうってんだろ? 無駄だよ、リンちゃん、もうそんな手には引っかからないって!」

オイダイラは軽く笑いながら、ゆっくりと目を開ける——その瞬間だった。

だが——

「……えっ?」

彼が目を開けて見たものは……ウサギのような姿をした怪物だった。

その体は彼よりも頭ひとつ分は高く、

大きく裂けた口は六つに分かれており、それぞれに鋭い牙がびっしりと並んでいた。

舌は二股に分かれ、まるでロープのように長く、粘液でぬめぬめと輝きながら揺れ動いている。

その怪物の赤く光る目が、明らかにオイダイラを狙って見つめていた。

「うわあああああっ!!」

オイダイラは全力で叫び声を上げ、恐怖で体が硬直する。

その悲鳴が気に障ったのか、ウサギの怪物はさらに口を開けて唸り、

巨大な腕を振り上げ、彼を打ち砕こうとした——!

その刹那——

「風よ……この子を運んでっ!」

リンは両腕を広げ、すぐさま自身の“風”の力を発動させた。

強烈な風がオイダイラの体を吹き飛ばし、彼は床をゴロゴロと転がって、

体育館の壁に激しくぶつかった——ドンッ!

「いってぇぇぇぇ……!」

オイダイラは痛そうな顔でお尻を押さえた。

リンはすぐに駆け寄り、心配そうに問いかける。

「オイダイラくん! 大丈夫!?」

「……ま、まぁね」

オイダイラは眉をひそめながら言った。

「でもさ、風で吹っ飛ばすなら一言くらい言ってよね!? 心の準備くらいさせてくれ!」

「助けただけでもありがたく思いなさいよ!」

リンは呆れたように睨みつけた。

「むしろ感謝されるべきでしょ、私!」

オイダイラはため息をついてから、再び体育館の中の影に視線を戻す。

「……で、あれが……俺たちが倒さなきゃいけないターゲットってことか?」

「うん……たぶん、そうだと思う」

そのとき、二人のマスクに内蔵されたディスプレイが同時に反応した。

真っ赤な警告文字が目の前に浮かび上がる。

クロモノ レベル4:キイロ



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