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Panopticon  作者: Chiot
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20/23

十九・禁断の果実

 クルッカとガドールがアジトに向かって、約一時間。チェイスの騎空艇で待機している、マティアス達は操舵室に集まっていた。


「チェイス、このままじっとしていても時間の無駄です」


 沈黙を破り、ジェイドがチェイスの前に立つ。イスに座っているチェイスは足と腕を組み、ジェイドを見上げた。

 バネッサとゼータを逃してしまった事を気にしているのか、ジェイドは焦っているように見える。何より、ジェイドにとってロックは大切な友達だ。落ち着けと言う方が無理な話だ。


「お前だって、あいつの性格は知ってるだろ。あいつは殺るっつったら、殺る奴だ」


「ですが……」


「ジェイド、気持ちは分かるが、今は動くべきじゃない」


 ジェイドの欠けた冷静さを補うかのように、チェイスが言った。


「俺も同感だ。……ムカつくがな」


 二人から少し離れた場所に座っていたモルドレッドがキッと遠くを睨んだ。仲間思いなモルドレッドだ。落ち着いていられるはずもない。


――ゼータ、何を考えてるの?


 窓にそっと手を当て、マティアスは外を眺めた。先程まで明るかった外は陽が傾き、暗くなり始めていた。


「ねぇ、俺……助けに行きたい」


 三人の視線がマティアスに集まる。


「焦ってる訳じゃない。この状況で動くべきじゃないって事も分かってる」


 マティアスは立ち上がり、三人を見据える。


「それでも、行きたいんだ」


 普段、あまり感情を表に出さないマティアスの言葉に三人の目が小さく揺れる。動けば、ロックに危害が加わる。そんな事は分かりきっている。だからこそ、ここでじっとしていたくなかった。自分が行けば、助けられるかも知れないという可能性にマティアスは賭けてみたくなったのだ。


――クルッカ、ガドール。ごめん。


「珍しいですね。あなたがそんな事を言うとは」


「自分が思ったように行動するのが一番だって、クルッカが教えてくれたから」


 マティアスが柔らかい笑みを浮かべると、3人もつられて笑みを浮かべた。


「ジェイド、お前、あの場所覚えてるか?」


「えぇ、もちろん」


 チェイスは「上出来」と親指を立てると、操舵桿を掴み、迷う事なく回した。


「モロ、俺らの武器持って来てくれ」


「そう言うと思って、もう準備済みだ」


 モルドレッドは自身が座っていた宝箱のフタを開け、中から武器を取り出した。


「一緒に行こうぜ、マティアス」


 マティアスよりも背の高いモルドレッドがマティアスの頭を撫でた。ごつごつとした手の感覚が何となく嬉しくて、マティアスは頬を綻ばせる。


「全速力出すから、掴まっとけよ!」


 チェイスはそう言うと、操舵桿の下にあるレバーを引き、ギアを最大にした。それと同時に騎空艇は勢いよく空を切って進み出した。


「あの大馬鹿に灸を据えてやらないとですね」


「だな。容赦はしねぇぜ」


 どこか迷いの晴れた面々にマティアスは静かに微笑むのだった。

_______________


「もう終わり?あっけない」


 バネッサが床に散らばったカードを踏みつける。


「ぐっ……」


 小さなうめき声を上げ、床に突っ伏していたクルッカはふらふらと立ち上がる。


――強い……。


 バネッサに殴られた箇所は動くだけで痛みを上げ、傷口から血が溢れ出す。

 ガドールと分かれた後、先制攻撃を仕掛けたクルッカ。しかし、部屋に充満していた神経毒の前にあっけなくやられてしまった。言うまでもないが、毒を仕込んだのはゼータだ。


――気を付けていたのに……。


「カードが使えない今、お前に勝機はない」


 壁にもたれ、腕を組んでいるゼータが言った。諦めろと。その言葉にクルッカはギロリとゼータを睨み付けた。


「だからって、それを理由に引く訳にはいかない」


「さっすが、クルッカ。いい根性してるわ」


 バネッサはニヤリと笑みを浮かべた。パキポキと指を鳴らし、ゆっくりとこちらに向かってくる。


――主。


 wild cardがクルッカに語りかける。


「wild card、早く起きろ」


 クルッカの声に応えるように、カードが宙に浮き始める。神経毒のせいで感覚が狂っているため、上手くカードが操れない。体だって、立っているだけで精一杯の状況だ。


「さぁ、覚悟は出来たか?」


 ドクリッと心臓が大きく脈打つ。


――この言葉、どこかで……。


 そう思った刹那、頭にフラッシュバックのようにある光景が見えた。一瞬の事ではっきりとは見えなかったが、クルッカにはそれが恐ろしく思えた。

 石を敷き詰めた床の上に転がっていたのは、見た事もない、たくさんの拷問器具。壁には血で錆びたアイアンメイデン。そして、部屋の中央には大きな水槽があり、中には鎖が入っていた。


――あそこは……。


「ボケっとしてると、殺しちゃうぞ!」


 バネッサの拳が床を抉る。能力で鋼と化した拳に自然と殴られた箇所が疼く。

 咄嗟に跳んでよけたクルッカは床に着地すると、バネッサを見た。すると、そこにはバネッサではなく、ある女が立っていた。知らない顔だが、クルッカの体は女を見た途端、怒りで震えた。


「……お前!!」


 クルッカは床を蹴ると、バネッサの顔に拳を叩きつけた。あまりのスピードに面食らったバネッサは勢いよく、壁に激突する。


「バネッサ!?」


 ゼータは慌てて、腰に下げているトランクを開け、薬のビンを取り出した。フタを開けようとしたが、クルッカのカードにより、ビンは粉々に砕けた。


「まさか、毒が効かないと言うのか!?」


 ビンの中身は考えなくても分かる。それを迷う事なく砕いたクルッカを見て、ゼータは目を丸くした。

 一方のクルッカは、毒の充満している部屋の空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。殺気で満ちている瞳が見ている先のバネッサは咳き込み、血を吐いている。


「どういう事だ……」


「こっちが聞きたいよ。痛っ……」


「鋼も効かない……という訳か」


「何?クルッカもオールマイティーだったの?」


 困惑した二人はクルッカを見ながら、言った。


「そんな事、あるはずがない」


「じゃあ、何なんだよ。急に強くなるとか、ありえないでしょ」


「来るぞ!!」


 クルッカは再び、二人と対峙する。感覚を取り戻したクルッカは、カードを指に挟み、スナップを効かせて投げた。激しい爆発音に混じり、誰かの高笑いがこだました。

_______________


 コンクリートの壁が吹っ飛び、大きな風穴が空く。その様を見たガドールは忌々しく舌打ちをした。


「おい、シュネル!」


 ガドールはロックの弾丸を避けながら、ロックに接近しているシュネルを呼んだ。


「ガドール君、君はそこにいろ」


 シュネルのツインダガーがロックのバズーカーと十字に交わり、火花を散らす。


――何する気だ、あいつ……。


 乱れた息を整えつつ、ガドールはシュネルを見た。ツインダガーを巧みに操り、ロックと対等に戦っている様はとても医者には見えない。


「はぁっ!」


 掛け声と共にシュネルのツインダガーの持ち手がロックのみぞおちに入る。鈍い音がした後、ロックはその場に倒れた。といっても、本当に倒した訳ではない。回復するのも、時間の問題だ。


「ガドール君、今から言う事をよく聞いてくれ」


 シュネルは踵を返すと、ガドールの元へとやって来た。


「これが何か、分かるよね?」


 シュネルが差し出した手の中には、鈍く光るカプセルの錠剤があった。雰囲気からして、普通の薬ではないと思ったガドールは、頭に浮かんできた薬の名前を口にした。


「Forbidden fruitか」


「流石だね、正解だよ」


 シュネルはにこやかに笑う。


――物騒なもん、持ってんな。


 笑うシュネルとは対照的にガドールの表情は堅い。シュネルがこれから何をするのか、ガドールには分かっていたからだ。

 シュネルの手のひらにある薬はcode numbersなら、誰でも知っている劇薬だ。決して手にしてはいけないという理由から禁断の果実――Forbidden fruitと呼ばれている。


「なら、分かるよね。これを飲んだら、どうなるのか……」


 シュネルの銀色の目がガドールを見据える。ガドールはシュネルの目を真っ直ぐに見て、静かに頷いた。


「この薬を飲めば、ロックを正気に戻せる。覚醒したとは言え、ロックの力は不完全だからな」


「力でねじ伏せろってか」


「そうなるね」


 オールマイティーの力を上回る力を与える薬、それがForbidden fruitだ。しかし、それには大きなリスクが伴う。副作用というやつだ。自身の能力のリミッターを解除するという事は、下手をすれば、能力が暴走し、命を落としてしまう可能性が高まるという事だ。


――ロックの事、守ってくれる……?


 ガドールは少し黙った後、シュネルの手のひらから薬を取った。不気味に光るカプセルに自然と手が汗ばむ。


――やってやろうじゃねぇか。


「暴走した時は頼むぞ」


「あぁ。……ロックを頼む」


 ガドールはシュネルに「頼まれた」とニカッと笑うと、薬を口の中に入れた。

 不安がないと言えば、嘘になる。だが、それ以上にロックを助けたいと思った。たった一人の大事な家族を。かけがえのない相棒を。

 ドクリと大きく心臓が脈打つ。全身が熱を帯びだし、頭がボーっとしてくる。足元がおぼつかなくなったガドールは、その場に崩れた。ガタガタと体は震え出し、意識が飛びそうになる。


「うぐっ……!」


 ガドールは意識が飛ばないように必死で意識を繋ぎ止めた。ポタポタと顎を伝って落ちていく汗がコンクリートの床に小さな水たまりを作っていく。

 心臓は今までにない程、早く脈打ち、大量の血を全身へと送り出す。それと同時に体の奥で眠っていた力が溢れ出してくる。

 体のあちこちからは電流が流れ、バチバチと音を立てている。普通の人間が触れれば、体が燃える程の電流に流石のガドールも悲鳴に近い声を上げた。


「あああぁぁっ!?」


 あまりの激痛にガドールの感覚は麻痺していた。生理的な涙と汗でガドールの顔はもうグチャグチャだ。


――あの馬鹿を……止めてやんねぇと……。


 心臓を掴んでいた手を緩め、ガドールは両手をついて立ち上がった。ふらつく足にぐっと力を込め、体にまとわりつく電流をキューで薙ぎ払う。


「……来るよ」


 シュネルの声にガドールはロックを見た。復活したロックはゆっくりと立ち上がり、こちらを睨み付けていた。

 ざわざわと騒ぎ出す力をガドールは押し殺す。数分前の力など比ではない程の力に、内心驚いていた。けれど、その反面、わくわくしている自分がいる事にガドールは少し呆れた。今までにないスリルが味わえると、体が勝手に疼き出す。


――これが、禁断の果実か。


 ガドールは警棒を握り、構えた。一方のロックもバズーカを構え、標準をこちらに合わせている。


「シュネル、お前は手ぇ出すなよ」


「言われなくても」


 シュネルはツインダガーを仕舞った。そして、「任せたよ」と念を押し、部屋の隅に避難して行った。それが合図だったかのように、ガドールとロックはほぼ同時に床を蹴った。

 バズーカの弾丸が走っているにも関わらず、正確にガドールに向かって放たれる。


「はぁっ!」


 ガドールはみなぎる電流を警棒に流し、弾丸を弾いた。


「ちょっ!?ガドール君、こっちに飛んできたじゃないか!!」


 「危ないでしょ!」。部屋の隅にいるシュネルがガドールに叫んだ。チラリとそちらに目をやると、シュネルの真横の壁には風穴が空いていた。


「お前なら避けれるだろうが!」


 ロックのバズーカを警棒で捌きながら、ガドールがシュネルに言った。

 バチバチと体にまとわりつく電流が空気を焦がすように、威力を増していく。底を知らない力はガドール自身を飲み込もうとしてくる。


――厄介なもんに手ぇ出しちまったな……。


 ロックのバズーカとガドールのキューが十字に交わる。正気のないロックの目に光は一切ない。死んだ魚のような目にガドールは忌々しく舌打ちをした。


「戻って来やがれ……」


 ガドールはロックのバズーカを力尽くで押し返す。それと同時に床を蹴り、素早く後退する。


「聞こえてんだろ、ロック!」


 ガドールの怒号と共に体から大量の電流が溢れ出す。漂っていた空気は一気に乾燥し、所々でバチバチと電流が弾ける。


「ガドール君!」


 シュネルの焦った声にガドールがピクリと肩を揺らす。感情が高ぶったせいでどうやら、タガが外れたらしい。溢れ出した電流がガドールの体の自由を奪う。


――しまった……!


 思いの外に早すぎる能力の暴走にガドールは、能力を抑え込もうとする。分かっていたはずなのに、あの薬を飲めばどうなるかくらい。感覚のなくなった体で必死に意識を繋ぎ止める。

 ユラユラと焦点の定まらない目でガドールはロックを見た。こちらの様子などお構いなしのロックは、バズーカの銃口をこちらに向けている。


「ガドール君!くそっ……」


 シュネルがガドールの元へと走る。それと同時にロックは引き金を引いた。ガドールは自由の効かない体を動かそうとするが、指一本すら反応しない。

 弾丸がスローモーションのように回転しながら、迫って来る。直撃すれば、ただでは済まない。下手をすれば、死ぬ。唯一自由な頭がフル回転する。

 距離からして、シュネルが間に合うはずがない。抑えつけている力を解放すれば、直撃は避けられるだろう。だが、力の暴走でここにいる三人ともが無事でいられる保証はない。

 ガドールはギリッと歯を食いしばると、目の前まで迫って来ている弾丸を睨んだ。


――こんな所で死んでたまるかよ。


「はぁっ!」


 聞き慣れた声がした瞬間、現れた光の壁がロックの弾丸を防ぐ。


「――チェイス君!」


「何でお前が……」


 ガドールは目の前で大鎌を担いで、こちらを見ているチェイスを見た。


「俺もいるぜ」


「モロ……、お前もか」


 チェイスの後ろでレイピアを構えたモルドレッドがガドールに向かって手を振る。


「ロックは俺とモルドレッドが抑える。その間にお前は力を解放しろ」


「チェイス、お前……」


「暴走なんかさせねぇよ。俺達がついてるんだからな」


 ニカッと自信満々にモルドレッドが笑う。


――分かった、賭けてやるよ。


 ガドールは口の端に笑みを浮かべると、二人に言った。


「止めてやんねぇとな、あの馬鹿を」


 バチバチと体から溢れる電流を再び、薙ぎ払い、ガドールはロックを睨んだ。

 焦点の定まらないロックの目とガドールの視線が絡む事はない。バズーカのスコープ越しに見える目は、本能のままに獲物を狙う、獣のような殺気を放っている。


「弾丸は俺に任せろ。モロ、お前は回り込んでロックの動きを止めてくれ」


「了解」


「なら、私も加勢しよう」


 三人はそれぞれの武器を構え直すと、殺気立っているロックへと向かって行った。


「にしても、すげぇ殺気だな……。同一人物には思えねぇな」


 モルドレッドがロックに勢いよく斬りかかる。が、ロックは怯む事なく、冷静にモルドレッドのレイピアを薙ぎ払う。


「ッチ……!来るぞ、チェイス!」


「はいよ」


 チェイスはモルドレッドと入れ替わるようにスッと前へ出ると、迫って来ていた弾丸を光の防御壁で防いだ。


「ぐっ……!」


 絶え間なく飛んでくる弾丸が防御壁を揺らし、ピキピキと嫌な音を立てていく。あまり長くは持ちそうにないのは明らかだ。


――早くしねぇと、みんな殺られちまう。


 ガドールの頭に突如として、浮かんできたのはあの村での惨劇だった。自分に力がなかったがために、幼かったがために守れなかった、あの惨劇を繰り返してはいけない。大切な人を失う悲しみが、傷付く辛さがどれだけ人の心に深い傷を刻みつけるのか、ガドールには嫌という程分かっていた。


「お前は俺が守ってやる……。絶対に」


 溢れ出てくる力をゆっくりと解放していく。チェイス達のおかげか、心はひどく落ち着いていて、暴走する気配すらない。ガドールはチェイス達と戦っているロックに視線をやると、床を蹴った。


「ロック!」


 ガドールが警棒を振るう。力を解放したおかげで、オールマイティーの力の影響は受けていない。これなら、いつものように戦える。ガドールは不敵な笑みを浮かべると、警棒にありったけの電流を流す。


「っ………!」


 バチバチと体を流れていく高圧電流に、今まで無反応だったロックが僅かに眉を顰める。その反応に手応えを覚えたガドールは、更に攻撃を繰り出す。

 ガドールと戦いつつ、チェイス達の相手もしているロックはバズーカを振り回し、どうにか反撃を試みる。しかし、チェイスとモルドレッドの絶妙なコンビネーション、予想もつかないシュネルの攻撃の前ではなす術もなく、防御に徹する事しか出来ない。

 袋叩きにしているような、多少の罪悪感に駆られたものの、それでも攻撃の手を緩める訳にはいかない。


――さっさと正気に戻れよ、ロック……!


 ガドールの電流のせいでロックの服は所々爆ぜている。よく見れば、ロックの毛先は少し焦げており、茶色く変色していた。


「ガドール君、大丈夫かい?」


 チェイスとモルドレッドが戦っている最中、シュネルがガドールに声をかける。その心配そうな表情から自分がどんな表情をしているのか分かったガドールは、顔に手を当て、「大丈夫だ」と返す。


「頼む……。元に戻ってくれ、ロック!」


 チェイスの声にガドールがそちらに目をやると、シュネル同様、心配そうにロックを見ているチェイスとモルドレッドの姿があった。その悲痛な様は見ている方も胸が苦しくなる程だ。


「……君達には辛い思いをさせてしまっているな。すまない」


「謝んなよ。確かに辛いが、あいつがこのまんまの方が俺達は嫌なんだよ」


 「だから、何が何でも戻してみせる」。ガドールは気合いを入れ直すと、チェイス達に加わった。


「はぁっ!!」


 ガドールの警棒とロックのバズーカが十字に交わる。そこでふと、ロックの変化に気付く。金髪の間から覗いている口元が不敵な笑みを浮かべていたのだ。


「ロック……?」


 ガドールが名前を呼んだ瞬間、ロックはこれまでに聞いた事のない不気味な笑い声を上げた。壊れたおもちゃのような、普段のロックからは想像もつかない様子にその場にいた全員の背筋が凍る。


「ガドール君、離れて!そいつは――」


「……何だよ。口を開けば、ロックロックって。お前ら、必死すぎんだろ」


「お前は……」


 ガドールは身の危険を感じ、素早く後退する。


「よぉ、下等生物共。安心しろ、ロックならちゃ〜んとここにいるぜ」


 ロックはニヤリと笑うと、自身の胸の真ん中を親指で指した。


「オールマイティー……!」


「ん?何だ、お前もいたのかよ。確か、シュネル……だっけか?」


 ロックもといオールマイティーは首を傾げながら、言った。姿も声もロックのものだが、口調はいつもと違うせいでまるで別人のようだ。


「ロックをどうする気だ」


「どうするって、どうも」


 オールマイティーの返しに睨みを効かせていたシュネルの目つきが更に鋭くなる。それに対し、オールマイティーは愉快とばかりに不気味な笑みを浮かべたままだ。何を考えているのか分からない、その態度に一同の警戒心は高まる一方だ。


「何を勘違いしてんのか知らねぇが、俺はあの悪趣味な奴に目覚めさせられただけで、ロックを消そうとしてる訳じゃねぇ」


 バズーカを肩に担ぎ、オールマイティーは言うが、その言葉を鵜呑みにする訳もなく、ガドール達は怪しいと疑いの眼差しを向ける。もちろん、あちらもそんな言葉で納得するとは思っていなかったようで、やれやれと見え透いたリアクションを取っている。


「なら、今すぐロックを返せ」


「……お前がそれを言うか、ガドール」


 ガドールの言葉に今まで口元に浮かんでいた笑みが静かに消える。その途端、鳴りを潜めていた殺気が再びオールマイティーの目に宿り、その視線がガドールをしっかりと捕らえた。


「こいつが何も知らねぇとでも言いたいのか?」


「何の事だ」


 警棒を構え、ガドールが返す。すると、オールマイティーは肩に担いでいたバズーカをおもむろに下ろした。何を始める気だと様子を伺っていると、オールマイティーは懐から見覚えのある拳銃を取り出した。


――あの銃は、じいさんの………。


「お前が揉み消した、こいつの罪の話さ」


「っ……!?」


 ガドールが小さく息を呑む。


「揉み消したって……。お前……、ロックの記憶を弄ったのか!?」


 ガドールの能力を知っているチェイスは、目を見開き、ガドールに詰め寄る。その様子からただならぬ事だとモルドレッドは悟っているようだが、イマイチ状況が掴めないままでいた。


――あいつには、知られたくなかったってのに……。


 一方のガドールとシュネルは、ロックがその事を知ってしまった事実に下唇を噛み締めていた。


「ずっと隠せるとでも思ってたのかよ。バッカじゃねぇの?こいつにゃ、オールマイティー……全知全能の力があるんだぜ?」


 トントンと自身のこめかみを突くオールマイティー。その目は名の通り、全てを見透かしているようでガドールは正直気味が悪いと思った。


「俺はお前らの全てを知っている。だが、お前らは俺、いや、ロックの事を少しも理解出来ていない」


 オールマイティーはその場にいる者に視線を巡らせる。不敵に浮かべられている、口元の笑みはさながら蛇のようだ。


「これは忠告だ。ロックに殺されたくなきゃ、二度とこいつに関わるな」


「なっ……!?」


 オールマイティーの言葉にガドール、チェイス、モルドレッドの三人は小さく声を上げる。


「んな事言われて、はいそうですかって納得出来る訳ねぇだろ」


 モルドレッドがキッとオールマイティーを睨み付ける。冗談にしては笑えないと言わんばかりの表情にオールマイティーはわざとらしく、ため息を吐く。


「あ〜ぁ、せっかく言ってやったってのに。つくづく、バッカだな下等生物」


「……御託はいい。さっさとロックを……俺の家族を返しやがれ!」


 怒号と共にガドールの雷がオールマイティーを襲う。力任せの一撃ではあったが、その攻撃は強力だった。けれど、オールマイティーはそれを片手だけで制してしまう。まるで蚊を払うかのような動作にガドールはギリッと歯を食いしばる。


「落ち着け。また力に飲まれるぞ」


 今にも飛びかからん勢いのガドールをモルドレッドが制す。この状況において、冷静さを失ってはいけない。相手の思うつぼだ。モルドレッドの言葉に冷静さを取り戻したガドールは「サンキュー」とモルドレッドに言った。


「ロックに殺されるってどういう意味だ」


 チェイスがオールマイティーに尋ねる。すると、オールマイティーは「そのまんまの意味だが?」と首を傾げながら言った。


「……オールマイティーには能力の代償みたいな呪いがかけられているんだ」


 不意にシュネルが話し出す。


「私は一つの魂に二つの体で生まれ、年を取らない呪いを。そして、ロックは……」


「愛する者をその手にかけてしまう呪い」


 口ごもっていたシュネルの代わりに、オールマイティーが言った。


「何だよ、それ……」


 訳が分からないと言いたげなモルドレッドの声色にオールマイティーは突如、高らかに笑い始めた。狂気めいた笑い声に再び、背筋が冷たくなる。


「分からねぇよな。分かる訳ねぇよな!」


 怒号にも似た叫び声に空気が震える。その声がどこか切なそうに聞こえたのは、きっと気のせいだろう。


「誰かに愛されているという自信があいつにゃねぇ。だから、それを確認しねぇと不安になって、相手を殺しちまう……。そんなみっともねぇ呪いだ」


 オールマイティーはニヤリと笑い、胸に手を当てると「なぁ、ロックよ」とロックに向かって呟いた。心做しか、ロックに対してだけは声色が若干柔らかい。そうやって、ロックを乗っとろうとしているのだろうか。


「みっともないなんて、そんな事……」


「……やっぱりよぉ、お前を愛してやれんのは俺しかいねぇよ」


「………は?」


 オールマイティーの言葉にチェイスは間の抜けた声を上げる。


「何を……」


 呆気に取られる三人を他所に何故か焦った様子のシュネル。そんなシュネルを見て、オールマイティーは恍惚そうに目を細める。


「俺が、俺だけがお前を愛してやる。死ぬまでずっと、永遠に」


 胸に手を当て、オールマイティーは告白のような甘い言葉をロックに向かって紡ぐ。乗っとるのではなく、共に生きていこうと。聞こえはいいが、その実、オールマイティーの愛は一方通行であり、狂っている。


「ダメだ……。そんな事になったら、ロックはロックでなくなってしまう!」


 ただ一方的に愛されるだけの人形になってしまう――。絞り出すような弱々しい、シュネルの一言にガドールの中でプツリと何が切れた。

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