十五・秘めたる思い
「じゃあ、改めて自己紹介な。俺はモルドレッド=マローネ、モロって呼んでくれ」
無事仲直りを果たしたモルドレッドは、人懐っこい笑みを浮かべ、その場にいる一同に挨拶をする。
「よろしくな、モロ。俺はガドール、ガドール=クーリッジだ」
「俺はロック=ペプラム。で、こっちが……」
「マティアス=バルディ。よろしく」
「ガドールにロック、マティアスな。OK、覚えた」
ジェイドの時とは違い、モルドレッドにはロックとガドールも警戒を見せていないようで、すぐに打ち解けた四人は和やかな雰囲気のまま、話に花を咲かせ始める。そんな様子を少し離れた場所から見ていたクルッカはホッと安堵したと同時に、彼らを鋭い目付きで見ているジェイドをどうするべきかと眉を顰める。
――犬猿の仲とは聞いていたけど、こうも酷いとは……。
モルドレッドの姿を見てから、ずっと不機嫌なジェイドの眉間には深い皺がくっきりと刻まれており、どれだけの因縁があるかが伺える。元々、朴念仁で人と付き合う事が苦手なジェイドだが、それ故に他人にはあまり関心がなく、こうも人を嫌っているのは珍しいくらいだ。
「ジェイド、お前なぁ……」
ジェイドの態度に見かねたチェイスが声をかけるも、ジェイドはチラリとチェイスを一瞥しただけで、またモルドレッドの方に視線を戻してしまう。
「そういえば、モロは今何してるの?」
「ん?あぁ、今は騎士団ギルドの団長をしてるんだ」
騎士団ギルド――。その単語に分かりやすくジェイドの肩が震える。
「騎士団って言っても、まだ自警団程度だけどな。俺みたいなスラム街の奴らでも騎士になりたいって奴を応援したくてさ」
モルドレッド曰く、王立騎士団は騎士の登竜門だが、騎士の名家でもない限りは敷居が高く、志はあれど、チャンスには恵まれず、夢を諦めるしかないのだという。スラム街出身者で何かと苦労してきたと語るモルドレッドはそんな人達のチャンスの場になればと、王立騎士団を辞めた後に仲間を募り、騎士団ギルドを結成したらしい。
「おかげで昔よりはだいぶ治安もよくなったんだぜ?機会があれば、案内してやるよ」
「ん。楽しみにしてる」
口の端に笑みを浮かべるマティアス。出会った当初は他人に無関心で無表情なせいで、機械人形なんて呼ばれていたのが嘘のようだ。
――マティアスだって元はそうだったんだ。なら、ジェイドも変われるはず……。
「……そっか、お前また騎士になったんだな」
「だから、言ったろ?俺は死んでねぇって」
「そうだな。……なぁ、一つお願いがあるんだけど、聞いてくれるか?」
妙に真剣な顔つきでチェイスがモルドレッドを見る。お願いというのが何なのか、検討のつかないモルドレッドは首を傾げながら、何だよとチェイスに続きを促す。
「都合のいい話だとは思うんだが、俺を――そのギルドに入れてくれないか?」
「え――?」
「な――!?」
突然の言葉にモルドレッドはもちろん、話を聞いていたジェイドは思考が止まったかのように固まってしまう。
「チェイス、本気なのか?」
そんな二人に対し、冷静なガドールがチェイスに尋ねる。
「あぁ、本気だよ」
「……一応聞いとくけど、それはモロへの罪滅ぼしとかではなく?」
和解したとはいえ、チェイスの罪の意識が消えた訳ではない。いつもは飄々としているが、根はジェイド同様真面目な分、そういう気がないとは言い切れない。しかし、それはモルドレッド自身望んでいる事ではないし、そんなつもりで騎士に戻るのであれば、ジェイドが黙っていないだろう。ただでさえ、王立騎士団を選ばなかったのだ。その怒りがどれ程か、幼馴染のクルッカに分からないはずがなかった。
「違うね。俺がモロの隣であいつを支えたいからだよ」
はっきりと告げられた一言に理解の追いついたらしいジェイドがツカツカとチェイスに詰め寄る。
「何故……何故ですか、チェイス!どうして、こんな未熟者の――キトゥンブルーを選ぶんですか!?貴方の戻るべきは王立騎士団でしょう!」
「確かにお前の言う通り、本当なら俺はそっちに戻るべきだ。でも、それじゃ七年前と一緒なんだよ。一緒に生きたいって言ってくれた、モロを俺はもう一人にはしたくないんだよ」
「チェイス……」
和解したからこそ、今度はちゃんとモルドレッドの隣にいて、支えてやりたい。そんな気持ちを吐露するチェイスだが、ヒステリックを起こしているジェイドには一ミリも聞こえてはいない。
「……それが、理由?そんなくだらない事で貴方は」
ジェイドはそう言うと目の前のチェイスの胸倉を掴み上げ、顔を歪めながら声の限り叫ぶ。
「貴方は、私を……何だと思っているんですか!!」
「おい、ジョック。落ち着けよ!ここ病室って忘れてんのか」
すかさず、モルドレッドが止めに入るもジェイドの力が強すぎるのか、なかなかチェイスから引き剥がせない。
「クッソ、馬鹿力が――!!」
「どうして、どうしてどうして!!」
「ジェイド、お願い。落ち着いて!」
初めて見るジェイドの変貌ぶりに頭がおかしくなりそうだった。他人に厳しい分、身内には盲目的になりがちだが、これは明らかに異常だ。
「ッチ、これだから騎士様ってのは嫌いなんだよ」
ガドールは呆れたように吐き捨てると、おもむろにジェイドに近付いて行く。
「ちょっと落ちてろ」
スッとガドールの手がジェイドの首筋に当てられた瞬間、バチッという音と共にジェイドがその場に崩れ落ちる。
「どうして……、どうして、貴方は私を選んでくれないのですか……」
意識を失う直前、呟かれた声は弱々しく、酷く悲しげだった。
「大丈夫か?」
気絶させたジェイドを病室のソファーに寝かせ、ロック以外の全員が廊下に出る。騒ぎを聞きつけた看護師に他の患者に迷惑だとしこたま怒られたからか、ジェイドの件で疲れたのか、誰も彼も暗い表情を浮かべている。
「ガドール、さっきはありがとう。助かったよ」
「別に。あのまんま、騒がれちゃロックが休めないからな」
「そう、だね。ロックにも謝らないと」
ただでさえ、因縁相手のロマノフ=ジョーヴァンの事で頭がいっぱいだろうにこれ以上気苦労を増やしては、ロックの身が持たない。
――騎士嫌いに拍車がかからないといいけど。
「ま、時間稼ぎはしてやったんだ。せいぜい、どうするか考えるこったな」
ガドールはソファーから立ち上がると、すれ違い様にチェイスの背中を軽く叩く。
「騎士に戻るにしろ、何にしろ、あいつが納得出来るように言ってやらねぇとまた大事なもん、失っちまうぜ?」
「あぁ、肝に銘じとくよ」
「くれぐれも騒ぐなよ」と釘を刺し、ガドールはその場から離れていく。外の空気でも吸いに行くのだろうか。
「あたしもちょっと外すね。すぐ戻って来る」
ふと昼間の件で謝っていなかった事を思い出したクルッカは、廊下にいる一同に断りを入れるとガドールの後を追いかける。
――ガドールは……いた。
病院を出てすぐのベンチにガドールはいた。茜色の髪をかき上げ、天を仰いでいる姿は絵のようで、クルッカは思わずドキッとしてしまう。
「隣、いい?」
控えめに声をかけると、普段は隠れている左目がクルッカに向けられる。右目よりも色素の薄いように見えるヴァイオレット色の瞳は美しく、宝石を彷彿とさせる。
「どうぞ」
クルッカに気付いたガドールは髪を直しながら、少しズレ、自身の隣を空ける。ありがとうと隣に座ったまではよかったが、特に話題もないのでクルッカはどうしたもんかと思考を巡らせる。気分転換に外に来たであろうガドールに頭痛の種になりそうなジェイドの話は避けるべきだろう。しかし、そうなるとどう切り出せばいいのか、悩んでしまう。
「……昼間はごめん」
結局、回りくどいのは性分に合わないと単刀直入に本題に入る事にした。すると、ガドールはこちらに向き直り、俺こそ悪かったとクルッカに謝った。
「ロック相手にゃ慣れてんだけどな。誰かを励ましたりすんのは、どうにも苦手らしい」
「ガドールでも苦手な事、あるんだね」
「そりゃ、能力者っつっても人間だからな」
バチバチと掌で電気を流してみせるガドール。その顔はどこか影を感じさせ、ガドールも何かしら抱えているのだろうとクルッカは思った。
「……じゃ、俺達も仲直りだな」
「うん」
照れ臭そうに笑うガドールにつられて、クルッカも笑う。ジェイドの件はまだ片付いてはいないが、とりあえずガドールと仲直り出来た事を素直に喜びたかった。
――ガドールがいれば、大丈夫。
いつからそう思うようになったのか。気付くとその背を頼もしいと思い、重ねた手を心強いと感じていた。それがどういう気持ちから来るものなのか、今のクルッカには分からなかったが、それでもガドールの存在に救われていると実感すると胸が温かくなる。その心地よい温かさに今は酔いしれるのだった。
―――――――――――――――――――――
病室に残されたロックは未だにソファーで眠っているジェイドに目をやる。普段、冷静沈着すぎて冷酷だと感じる程感情を顕にしないジェイドがあれ程豹変するとは、誰が想像出来るだろうか。
"どうして……、どうして、貴方は私を選んでくれないのですか……"
――まぁ、気持ちは分からなくもないけど。
モルドレッドのせいで騎士を辞めたチェイスが、今度はモルドレッドの為に騎士に戻ると言った。ジェイドの性格からして、今までもずっと騎士に戻るように説得していたはずだ。しかし、チェイスはそれに頷いてはくれなかった。だというのに、こうもあっさり騎士に戻ると宣言されては腹が立たない方がどうかしている。
――ジェイドはチェイスの相棒になりたかったんだよな。
チェイスがジェイドをどう思っているかは分からないが、チェイスを見るジェイドの目をロックはよく知っている。口にも態度にも出さないし、ジェイドはチェイスに憧れを抱いてる。ロックがガドールに向けている眼差しとジェイドのそれはよく似ていた。
「俺もガドールの隣に他の奴がいたら、嫌だな……」
頭の中で一瞬想像してしまい、ロックは眉を顰める。我ながらに女々しいと思いつつも、やはりガドールの隣には自分がいたいという気持ちがある。傍から見れば、依存しているのかも知れない。けれど、ロックにはガドールのいない日々は考えられないし、いるのが当たり前の存在なのだ。その認識を変えるのは並大抵の事ではない。
「ガドール離れしないとなぁ……」
そんな事を考えていた時、控えめなノック音と共に病室のドアが開いた。
「ロック、今いい?」
ドアから顔を出したのはマティアスだった。他のみんなはどこかへ行っているのか、廊下から気配は感じない。
「あぁ、大丈夫だよ」
手招きされたマティアスは病室に入って来ると、ソファーで眠っているジェイドの方にチラリと視線を向ける。
「ジェイド、まだ眠ってる」
穏やかな表情で眠っているジェイドだが、その眉間には深い皺の跡が残っている。いつもしかめっ面をしているからだろうか。マティアスはジェイドの傍にしゃがみ込むと、指で眉間を軽くつつき出す。
「俺はまだジェイドの事、ちゃんと許せない。ジェイドがモロを許せないみたいに。でも、俺はジェイドを仲間だと思ってる。だから……」
「だから、心配?」
「ん。起きたら、またああなる?」
「どうだろうな……。眠って冷静になってくれれば、ありがたいけど」
ロックの返答にマティアスはそっかと小さく声を漏らす。またヒステリックを起こされたら、たまったものじゃない。幸い、ロックのトランクの中には睡眠薬もある。いざとなれば、それを使うしかないが、あくまで最終手段であり、出来る事なら平和的に解決したい。
「ジェイドは頭がいいくせに、何も言わないから勘違いされるんだと思う」
「そうだな。そのせいで怪我した訳だし」
「でも、チェイスも悪い。チェイスは伝わらないだろうってはなから諦めてる」
幼い見た目に反し、よく人を見ているマティアスにロックは素直に感心してしまう。確かにチェイスはジェイドに迫られようといやに冷静だった。最初はジェイドを落ち着かせようとしていたのかと思っていたのだが、マティアスの言葉でそれがジェイドが理解してくれるという事への諦めから来ていたものだと気付く。説明を求められたから答えた、ただそれだけだったのだ。
「どうしたらいいんだろうな……」
巻き込まれたとはいえ、これは当人達の問題だ。仲間とはいえ、他人であるロック達が踏み込んでいい事ではないだろう。しかし、心配なものはやはり心配であり、どうしたものかとロックは頭を抱える。
「ん………」
くぐもった声と共にジェイドが身じろぎする。どうやら、目を覚ましたらしい。マティアスはロックの隣まで移動して来ると、固唾を呑んでジェイドを見つめている。
「ここは……」
「俺の病室だよ」
ロックが声をかけると、ジェイドは上半身を起こし、こちらに視線を向ける。起きたばかりでまだ完全に覚醒していないらしいジェイドはとろんとした目で辺りをキョロキョロと見ている。
「私は、確か――」
次第に色々と思い出したジェイドはサァーと顔を青くし、終いには顔を覆ってその場に疼くまってしまう。
――こいつ、酔ってやらかした事覚えてるタイプだな。
「本当に申し訳ありません。つい、カッとしてしまい……」
「癇癪で人が死ぬんじゃないかって心配になりましたよ、騎士様」
皮肉混じりにロックが言うと、ジェイドは指の隙間からこちらを申し訳なさそうに見てくる。その姿に毒気の抜かれたロックはジェイドが二重人格者ではないかと疑いの眼差しを向ける。
「ジェイド、カッとなっても女の子は殴っちゃダメだよ?」
「DV予備軍みたいに言わないでください。しませんよ、絶対に」
どうだかなと心の中で一人呟くロック。とりあえず、会話は出来るくらい冷静さを取り戻したようで一安心だ。
「頭が冷えて何よりだよ。で、どうするつもり?」
「どうすると言われても、今の私には合わせる顔がありません」
失態続きの日々にジェイドは深い溜め息を吐く。自業自得だから、同情はしないけれど、こうも生き辛そうな姿を見ては何だか複雑な気分になる。
「今は大丈夫ですが、きっと二人を前にすれば、またヒステリックを起こしてしまう……。それが怖いのです」
ジェイドは頭を抱えると、自身の肩を震わせ始める。その弱々しい姿はロックの知るジェイドとは掛け離れており、彼も人間だったのだと今更ながらに痛感する。
「……俺はまだジェイドの事、許せない。けど、ジェイドがどうしてあんな事をしたのか、分かったから、もう責めるつもりはない」
「マティアス……」
「ちゃんと言葉にしなきゃ、すれ違ったまま。ずっと、その気持ちを抱えてかなきゃいけない。それって、辛いんじゃない?」
マティアスの一言にジェイドは伏せていた顔を上げる。不安げに揺蕩う瞳は小さな子供の様で、どうしたらいいのか分からないと縋り付く先を探している。
「さっさと仲直りして来いよ。兄弟なんて日常茶飯事ってくらい喧嘩するもんだからさ」
「……そう、ですね。分かりました」
ロックとマティアスに背中を押され、重い腰を上げるジェイド。幾分、顔色はよくなったものの、チェイスと向き合うと決めたからか、その表情はいつも以上に凝り固まっている。
「君の騎士への固定観念をよいものにする為にも、私が前に進む為にも、チェイスとちゃんと話をして来ます」
「いってらっしゃい」
「ご武運を、騎士様」
病室から見送られたジェイドは扉を閉める間際、こちらに軽く会釈をする。心做しか、その表情は柔らかく見え、ロックとマティアスは互いを見やる。
「ジェイド、笑ってた」
「そうだな」
ジェイドにつられたのか、ロックとマティアスも笑みを浮かべる。仲直りが上手くいきますようにと願いを込めながら――。
―――――――――――――――――
同日、ジェイドは王都の森の中にひっそりと佇むログハウスの前までやって来ていた。誰かの別荘だったらしいログハウスは手入れがされておらず、所々古びており、庭の片隅には長年使われた様子のない遊具が乱雑に仕舞われている。落ち着いた様子のジェイドはログハウスに刻まれた思い出を振り返りながら、目を細めてみせる。
「懐かしいな……」
そんなジェイドを数メートル離れた場所から見守っているクルッカもまた、その懐かしさから目を細める。ここはミラー家の所有する森の一角であり、ジェイド達の秘密基地だった場所だ。ジェイドと知り合って以降、ここで暮らしていたクルッカは思わず昔を懐かしむ。その傍らに控えるガドールは時計に視線を落とし、辺りの気配を探っている。
何故、クルッカ達がここにいるかと言えば、遡る事一時間前。病室にいるロックとマティアスからジェイドがチェイスと話をするとクルッカに知らせが入ったからだ。あのジェイドがちゃんとチェイスと向き合うとしている。幼馴染として結末を見届けなくてはとクルッカは待ち合わせ場所である秘密基地へと先回りしていたのだ。ちなみにガドールは兄弟の秘密を知っている共犯者として、クルッカが一緒に結末を見届けて欲しいと連れて来ていた。
――ガドールがいれば、あたしは冷静でいられる。
胸に手を当て、クルッカは深呼吸する。ジェイド程ではないが、幼馴染の事になると感情的になってしまう自覚はある。これからの話し合いを冷静に見届ける為にも、感情の抑止力となりつつあるガドールの存在がクルッカには必要なのだ。
「やっとお出ましかよ」
ガドールの声にクルッカが視線を向ければ、そこには神妙な顔付きのチェイスと数歩後ろを歩くモルドレッドの姿があった。
「……チェイス、モルドレッド。昼間は申し訳ありませんでした」
開口一番、謝罪と共に頭を下げるジェイド。対し、チェイスは口を真一文字にし、下げられた後頭部を見つめるばかりだ。
「私は、貴方に対していつも言葉足らずでした。貴方が騎士を辞めた時も――いえ、それ以前から、ずっと。聡明な貴方なら言わずとも分かってくれると勝手に思い込んでいました」
頭を下げたまま、ジェイドは言葉を続ける。
「でも、それは間違いだった。私の思いは貴方に一ミリも伝わらず、その事で貴方に当たってしまった……。本当に、申し訳ありませんでした」
緊張で震える体が更に下を向き、肩からオレンジ色の髪が垂れ下がる。普段凛としているジェイドとは違うその様にクルッカの胸は締め付けられ、口元に自然と手が伸びる。
「ジェイド……」
いつもいがみ合っているモルドレッドでさえも、思う所があるようで居心地が悪そうにジェイドを見つめている。
「私はただ……」
固く握られた拳に更に力を込めると同時にジェイドが顔を上げる。瞬間、ジェイドとチェイスの視線が絡む。
「ただ――、貴方の隣にいたかっただけなんです」
声は震える事なく、長年溜め込んだ思いをはっきりと言い放つ。たった一言、けれどとても大切な思いの丈を。
「モルドレッドではなく、兄弟である私を頼って欲しかった。……私だけが貴方を支えられると、本気で思っていた。自惚れていたのです、惨めなくらいに」
ジェイドは眉を顰めながら、情けないだろうと言いたげに肩を竦めてみせる。
「貴方と向き合う事もせず、貴方にただ選ばれる事だけを願っていた。私の怠惰を、どうか許して下さい」
再び頭を下げるジェイド。そんな姿にチェイスの後ろにいたモルドレッドがおもむろにジェイドの前へと歩み出る。
「頭上げろよ」
モルドレッドはチラリとチェイスの方を一瞥した後、ジェイドに向き直り、そう言った。何を言う気なのだろうか。不安になり、クルッカがガドールに目をやれば、ガドールは見守ろうと言う代わりにモルドレッドの方へ顎をしゃくる。
「元はと言えば、俺が全ての元凶だ。だから、お前が謝る必要はねぇし、むしろ俺は責められるべきだと思ってる。人一人の人生を台無しにしたんだ。償っても償いきれねぇよ」
「モルドレッド……」
「謝るべきは俺だ。お前の憧れの――騎士だったチェイスを奪ってしまって、申し訳なかった」
モルドレッドは言うが早いか、勢いよく頭を下げる。いつも顔を合わせれば、喧嘩ばかりしていた相手からの真摯な態度にジェイドはどうしていいか、分からずにその後頭部を見つめている。
「恨んでくれて構わない。許してくれなんて言える立場にいない事も分かってる。けど、チェイスが騎士に戻る事は許してくれ」
「俺にはこいつが必要なんだ」。真っ直ぐに告げられた言葉に動揺するかと思いきや、ジェイドはどこか吹っ切れたような清々しい表情を浮かべていた。思いの丈をぶつけたからか、誰かの影響なのか、ジェイドの中にあったわだかまりはもうなくなっているようだった。
「顔を上げてくれ、モルドレッド」
二人の思いの丈を聞き終えたチェイスはモルドレッドの前に一歩踏み出すと、固く閉ざしていた口を開ける。
「…悪い、ジェイド。俺に勇気がなかったばかりにお前をずっと傷付けて。お前と向き合うのが…、お前に拒絶されるのが、怖かったんだ」
「拒絶…?貴方が何をしたと言うのです?…絶縁された事は貴方の落ち度ではありません。貴方は貴方の騎士道を重んじただけではないですか!」
「そんなかっこいいもんじゃねぇよ。俺は理由が欲しかっただけだ。あの家から離れる、真っ当な理由がさ」
「チェイス…?」
「俺は、お前達を利用した…。モルドレッドの怪我を理由にミラー家の事を全部お前に押し付けて、逃げたんだ」
チェイスの告白にジェイド、モルドレッドはもちろん、遠くから盗み聞いていたクルッカとガドールも呆気に取られてしまう。長い沈黙は自身の犯した罪の重さに苦しんでいたのか。そう思うと、チクリとクルッカの胸に痛みが走る。
「私は押し付けられたなんて――」
「お前がどう思ってるかは関係ない。これは俺の犯してしまった罰なんだ。例え、お前達に許されたとしても、俺の罪悪感は一生消えないし、忘れる事も絶対にない。それが俺なりの贖罪だ。だから、どうか俺を許さないでくれ」
空気が再び重くなる――、そう思った時、誰かの吹き出したような笑い声が耳に届いた。
「…ふっ、はは。俺達、謝ってばっかだな」
笑っていたのはモルドレッドだった。友達の冗談に笑っているような穏やかな表情には、裏表を感じさせず、純粋にこの状況がおかしいと言いたげだ。すると、普段なら開口一番嫌味を言い放つジェイドが同調するように口の端に笑みを浮かべる。
「そうですね。これではまた堂々巡りです」
「珍しく意見が合うじゃねぇか、ジョック。ま、今日だけは一時休戦で仲良くしてやんよ」
「……何でしょう、肌がゾワリとしました」
ジェイドは自身の腕を擦りながら、目を伏せる。対して、モルドレッドは「ちょっとは大人な対応しろや」とジェイドを睨み付ける。
「空気が変わった…?」
いつも通り過ぎるやり取りに状況の読めないクルッカ。しかし、チェイスだけは俯いたまま、重苦しい空気の中に佇んでいる。どんな言葉を掛けた所でその空気を取り払う事は出来ないだろうと容易に分かる状況に二人はどうするつもりなのか。不安からガドールを見上げると、ヴァイオレット色の瞳と視線が絡む。目が合っただけ、だというのに不思議と抱いていた不安がフッと消えていく。それ所か、胸が温かくなっていく感覚さえしてくる。
――何なんだろう、この感情は…。
「おい、いつまでそんな顔してんだよ」
バシンッと強い音に視線を戻せば、チェイスの背中を叩くモルドレッドの姿があった。その傍にはジェイドもおり、仕方ないとばかりに肩を竦めている。一方のチェイスは突然の事に流石にびっくりしているようで、叩かれた背中に手を回しながら、モルドレッドを見やる。
「言いたい事、言わなきゃいけねぇ事がまだあんだろ?だから…、飲みに行くぞ!」
「……は?」
モルドレッドの言葉にチェイスはポカンと口を開けたまま、間抜けな声を漏らす。
「腹割って話すなら酒場って決まってんだろ?いいとこ知ってんだ」
「え?何でそうなるんだよ。だって、俺は…」
「貴方こそ、何でこういう時ばかり生真面目なんですか。いつもみたいに飄々としていればいいのに」
「そんなの、出来る訳…」
「私は今度こそ、貴方と向き合いたい。私の妄想が生み出した貴方ではなく、私の兄である貴方と」
ジェイドの真っ直ぐな言葉にチェイスの息を呑む音が聞えて来る。
「騎士に戻りたいのでしょう?ならば、戻ればいい。それで文句を言う輩がいるのなら、私の持てる全ての権限を使って黙らせます。だから、貴方は貴方の思うままに生きてください。何にも縛られず、自由気ままな、そんな貴方が私の憧れなのですから」
「ッ――、ありがとう、ジェイド…」
掠れた声が今までどれだけ苦しんで来たかを想像させる。一生背負っていく罪だとチェイスは言った。きっとこんな場がなければ、これから先も知る事はなかっただろう。誰にも知られず、誰にも悟られず、ずっと一人で苦しみ続けていた。そんな未来を防げた事に心の底から安堵する。
「……よかったな、チェイス。アンタが羨ましいよ」
そんな中、ポツリと上から降って来た言葉は酷く落ち着いていた。何処か違和感のある発言にクルッカが声を掛けると、ガドール自身口から付いて出たものだったらしく、指摘されるまで気付かなかったようだ。
「ッチ、いいとこ持っていきやがって…。今日、お前の奢りだからな」
「別に構いませんよ。この中で一番稼いでいるのは私ですし、貴方に奢られても気分悪くて飲めないです」
「お前、本当にムカつくな。つーか、お前死ぬ程下戸で空気だけで酔うって聞いたぞ?飲む以前の問題じゃねぇか」
「な――!?」
恥ずかしさから顔を真っ赤にしたジェイドは元凶であろうチェイスへと顔を向ける。すると、チェイスは「だって、みんな、お前を完璧人間扱いするのが面白くなかったんだもん」といつもの飄々とした態度だ。
「前言撤回です。今日はチェイスに奢ってもらいましょう。キトゥン、高い酒をジャンジャン頼むといい」
「おっ、じゃああの馬鹿高い酒頼んでみてぇな。何ってったっけなぁ…」
ワイワイと遠退いていく三人の背を見送るクルッカとガドール。ふと最後尾にいたチェイスがこちらを振り返る。声には出していないが、口を何回か動かした後、何事もなかったかのように前へと向き直る。動きから察するに「ありがとな」と言っていたのではないだろうか。隠れていた事がバレていた事に気付いた二人は苦笑いを浮かべるのだった。




