十・新たなる脅威
コンコンとドアを叩く音がして、ロックはふと我に返る。もう何時間そうしていたのか、机の上に広げられた紙には、医学用語がびっしりと綴られていた。達筆とまでは言わないが、綺麗な字である。
「ロック、俺」
「よぉ、お疲れ」
ドアを開けると、少し疲れているのか、眉間に皺が寄っている、マティアスがいた。それでも、ロックに「ん」っと頷いて返すあたりは立派だ。
「これ」
マティアスがズイっと紙袋をロックに突き出すと、その拍子にコツンっと何かの当たる、聞き慣れた音がした。
「ロックの知り合いって人から。渡してくれって」
マティアスから紙袋を受け取ったロックは、念のために中身を確認する。中身は思った通り、薬の入った瓶だった。前に頼んでいたが手に入らなかった物と新作の物がそれぞれ入っている。
「ありがとな、マティアス」
「……部屋、入ってもいい?」
「え?あ、あぁ」
てっきり、このまま去って行くものだと思っていたロックを他所に何となく嬉しそうな表情のマティアスは、迷う事なくソファに座った。
「食べるか?」
生憎、この部屋にキッチンはなく、お茶を出せる用意もしていなかったロックは、テーブルの上にあった紙袋から覗いているオレンジをマティアスに見せた。
「うん。貸して」
マティアスはロックからオレンジを受け取ると、ロックが果物ナイフを差し出す前に持っていた刃物でオレンジを切り分けた。
――すげぇ…。
華麗な技術にただただ、舌を巻くロックに対し、マティアスは美味しそうにオレンジを食べている。刃物を使って食べている事以外を除けば、上品なのだが――。
「美味しい」
ホッとしたようにマティアスが薄く笑う。こうしていると、マティアスが年下なのだなとロックは改めて思う。まだ出会って日は浅いが、ロックにとってマティアスは弟のような存在になりつつあった。
「お前、仕事大変じゃねぇのか?」
「思った事ない。ロックはないの?」
「俺?俺は……時々」
不意にオレンジの匂いが漂ってくる。何となく、安心出来る甘酸っぱい匂いにいつの間にか、気持ちよくなってくる。一種のアロマセラピーというやつだろうか。
「俺はエイトがいるから平気」
「エイト?」
「ん。code numbersのnumber8。だから、エイト」
マティアスいわく、そのエイトはマティアスの直属の上司らしい。実戦には立っておらず、情報提供や後始末を担当している、エージェント的ポジションを担っているそうだ。ちなみに、属性は水だ。
「エイトはすごくいい人。クルッカ達みたいに」
マティアスはそう言うと、無邪気で可愛い笑みを浮かべる。
――すげぇ大切なんだな、エイトってやつの事。
「ロックの大切な人は、ガドールとクルッカ、でしょ?」
「ぶっ…!?」
マティアスの言葉に飲んでいた水を吹き出しそうになるロック。確かにそうだが、はっきり言われてしまうと、何となく気恥ずかしくなる。
「図星」
「ニヤッとすんな!ニヤッと!」
そんなロックをからかうようにマティアスがニヤッと笑みを浮かべる。何でも分かっているかのような、紅蓮色の目がロックをじぃっと見据えている。
「……なぁ、マティアス」
「何?」
「どうやったら、俺はクルッカ達を守れる?」
ロックの問いに、マティアスの目が少したゆたう。
「ロックのやりたいようにやればいい」
数秒の間の後、マティアスが微笑んで言った。たった一言だが、随分と重い言葉にロックは苦笑した。
――結局は、自分次第って事か。
「大切だと思ったら、絶対に離しちゃ駄目だ。離してしまったら、きっと後悔するから」
「分かった?」と言わんばかりに、マティアスの視線に、ロックは黙って、コクンと頷いた。
「ありがとな、マティアス」
「ん。俺はロックの味方だから、いつでも頼って」
何故だろう、年下だというのに、マティアスの存在がロックには大きな救いになっていた。だからだろうか、マティアスの一言一言が心に響いてきて、泣きそうになる。現に今がそうだ。
「そろそろ、部屋に戻る」
マティアスは刃物を刃物用のホルスターに仕舞うと、立ち上がる。部屋を訪ねて来た時よりも、よくなった顔色にロックはホッと胸を撫で下ろす。
「マティアス?」
そんな事も束の間、ドアへと伸ばしたマティアスの手がピタリと止まる。何だと様子を伺えば、先程とは打って変わって、冷たい目をしたマティアスが何かを感じ取っていた。
「お、おい!」
突如、音もなく、マティアスが廊下へと飛び出して行く。不意をつかれたロックは慌てて、その後を追う。向かう先は甲板だ。
「うわぁっ!」
甲板に向かう途中、艇がグラリと揺れ、ロックは床に尻もちをつく。何かが艇にぶつかったのか。確認する為に窓から外を覗けば、ギロリとこちらを睨む、大きな瞳と視線が絡む。
「ド……ドラゴン!?」
――どうなってんだよ……!!
訳の分からない状況に混乱しながらも、ロックは甲板へと駆け出した。数分後、甲板にやって来ると既に艇に乗っているメンバーが揃っていた。
目線の先にいるのは、黒い翼を羽ばたかせ、血のように赤い瞳をギラつかせているドラゴンだ。口からは息を吐く度に炎が吹き出しおり、まるで、蛇の舌のようだ。
「ドラゴンは希少価値の高い、神聖獣です。傷付ける事は、騎士団員の私が許しません」
一番ドラゴンに近い場所にいるジェイドが後ろにいる一同に冷静に言い放つ。「この生真面目バカ」と呆れた顔でチェイスが呟くも、ジェイドには聞こえていない。
「とりあえず、艇からあいつを引き離さねぇと」
「なら、任せて」
ガドールの言葉に隣にいたクルッカが返す。片膝をついた状態からスクっと立ち上がったクルッカの手には一枚のカードがあった。不思議な紋章の描かれたカードは、不気味な程に魔力を帯びている。
「ジェイド、チェイス。サポートは任せて」
「分かりました」
「頼むな」
クルッカは手首のスナップをきかせて、カードを投げた。ドラゴンへ向かっていく途中、一枚のカードからもう一枚のカードが生まれ、それが連鎖していく。
「wild cardか……」
wild card――、それは、code numbersの枠組みから外されたlast numberと呼ばれる者のみが使える、全ての属性を宿したカード。代々last numberに受け継がれてきた、無限の力を持った無双の兵器。
100年に1度、神と同等の力を与えられる者。code numbersはその者をlast numberと呼ぶ。
――クルッカが……last number……。
気が付けば、1枚のカードは今や、十二枚に増えていた。カードはドラゴンを囲むように、円を描いて、宙に浮いている。
「crash!」
クルッカの凛とした声が辺りに響く。その声が引き金となり、十二枚のカードが一斉に爆発する。劈く音と熱風に流石のドラゴンも驚き、素早く距離を取る。
「行くぜっ!」
チェイスは甲板を蹴り、宙に跳び上がった。掌から溢れだした光を両手で挟むと、一気に腕を振り上げる。すると、光は一本の線となり、やがて大鎌へと変化した。
「構えて」
マティアスの声と共にドラゴンの咆哮が辺りに轟、口から大量の炎が吹き出す。
「ジェイド!」
「分かっています」
黒い影を纏ったコートをジェイドが翻せば、ドラゴンの吐いた炎を自ら取り込んでいく。全てを喰らう影に炎は効かないと言わんばかりだ。
「ロック」
マティアスの声と同時に、ロックの前に二つの影――クルッカとマティアス、が飛んで来た。ロックに向かって、飛んできた炎を二人が薙ぎ払う。
「ボケっとしてたら、怪我するよ」
「わ……悪い」
クルッカはロックを背に庇うと、「離れないで」と念を押す。好きな子、しかも女の子に庇われるとは男としてはなかなかに情けない。
「……ごめん」
俯いていたロックの前から、泣いているみたいに弱々しい声がした。とても小さな声だったが、それは間違いなくクルッカの声だった。
「力の事、黙ってて……ごめん」
「謝ってんじゃねぇよ」
ロックが口を開こうとした時、いつの間にかやって来ていたガドールが言った。
「その話は後だ。今はアレに集中しとけ」
「クルッカ、来るよ」
「……御意」
クルッカは向かって来る炎目掛けて、カードを投げた。カードは水を帯びて、炎を相殺する。
ぎこちなさは残るものの、クルッカが戦闘に集中し始める。その気配を察したのか、ガドールがマティアスの肩越しに笑みを浮かべているのが見えた。
一方、ドラゴンとの接近戦真っ最中のジェイドとチェイスは、影と光のコンビネーションで炎を相殺している。
「この!」
チェイスの大鎌が炎を薙ぎ払う。慣れた様子は鮮やかで、無駄に色気がある。
「一気に決めるぞ」
チェイスはそう言うと、ジェイドの右肩に片足を乗せた。影を纏ったジェイドは、降り注ぐ炎を取り込みつつ、空中で踏ん張る。一気に膝を曲げたチェイスは、バネのような跳躍力で跳び上がった。しなやかな動きに思わず、目を奪われるロック。
「もらった!」
チェイスの長い柄の大鎌がドラゴンを捕らえた、その時、キィィンと耳を劈く金属音が辺りに響いた。
『こちら、code numbersのnumber8。code numbersに告ぐ』
ドラゴンの口から、人の声が発せられる。しかも、number8とはさっき話していた、マティアスの上司――エイトだ。どうやら、このドラゴンはエイトが用意した、通信用ホログラムのようだ。
『至急、本部に向かえ。世界より、招集がかけられた』
エイトの言葉にガドール、ジェイド、チェイスが小さく息を呑んだ。
『なお、number2とnumber3、number7とnumber11は王都の門前にて待て。以上』
早口に語り終えると、ドラゴンはボンッと爆発した。証拠を残さないためとは言え、少し荒い。
「至急ねぇ……」
チェイスが大鎌を光に戻すと、意味深に呟いた。
「急ぎましょう、チェイス」
「へいへい、分かってるっつの」
チェイスはジェイドよりも短いコートを翻し、操舵室へと向かった。程なくして、ゆったりと動いていた艇がスピードを上げて、空を走った。向かう先はもちろん、本部のある王都だ。
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静かな廊下にガドールの靴音だけが響く。重苦しい空気の漂っている、煌びやかな廊下にはあるはずの色は失せ、あるはずの音は消え去っていた。よくもここまで色をなくせたなっと呆れ半分に思う。故に、ここに好んで来る者はいない。
ここは王都の本部と呼ばれる建物の某フロアだ。人の気配はなく、ただ無駄に広い廊下がずっと続いている、何もない空間だ。
――何年ぶりだ?ここに来たの。
ガドールは昔、村長――トラム=フランシスカに連れられて、ここに来た事があった。幼心に植え付けられた傷は深く、ここには来たくないと激しく嫌悪したものだ。招集などなかったら、二度とここには来なかっただろう。しかし、相手が相手である以上、逆らう訳にはいかない。
この世界――エデンは意志を持っている。意志と言っても、人の持つ意志とは違う。全てにおいて無干渉、つまり傍観者でいないと、人と人とが成り立たない。だから、世界は意思を示さない。
『世界の御使いとなり、汝の命を世界に差し出せ』
そのためのcode numbersだ。世界の命に従い、時には命を擲ち、人々のために秘密裏に事を終わらせる、世界の御使い――。
世界の意志に背く事は、すなわち死を意味する。もちろん、この事はcode numbersだけの重要機密だ。表向きは自由にしているように見えるが、裏では信じられない程に束縛されている。
――胸くそ悪りぃんだよ、全く。
無性にイラついてきたガドールは、唯一ある両開きの扉を荒々しく開けた。
中は薄暗く、よく見えない。ただ、ぼんやりと円卓のテーブルの周りに人影が見えるくらいだ。ガドールは壁に掛けてある、黒いフード付きのコートを羽織ると、静かに席に着いた。
「これより、世界の意志を示す」
パッと円卓のテーブルの上だけが明るくなる。席は全部で十二席あり、その内の五席だけが埋まっている。
「第五の力、雷帝」
「ここに」
「第九の力、雪雲」
「ここに」
進行役の男が次々と名を呼んでいく。おそらく、この男がnumber8だろう。
「そして、第八の力、水獣。我ら、御使い。世界の意志により、ここに集いし者」
今回の招集でこの場に集まったのは、ガドール、水獣、雪雲、草紅葉、泡沫の五人だ。ここでは、本名を明かさない。その代わりに、肩書きを名として呼ぶのだ。
「今日集まってもらったのは、他でもない。第四の力、氷柱の消滅の事だ」
number8改め水獣が言った。
「消滅した力は、これで三つ目だ」
草紅葉が悔しげに言った。皆、会議が始まったと同時に感情を押し殺してはいるが、あまりの内容にボロが出てしまう。草紅葉の言葉をきっかけに、残りのメンバーが喋り出す。
「氷柱程の能力者が……」
「どうして、力が継承されないのだ」
「考えられる事はただ一つ」
混乱気味の一堂を落ち着かせるために、ガドールが口を開く。
「アダムとイヴが能力を取り返そうと動いている、という事だ」
元々、code numbersの持っている力はアダムとイヴの力の一部だ。いくら力が半分になったとはいえ、彼らは仮にも神の子だ。力の全部を把握しきれていない能力者を殺す事など、たやすい事である。
そうやって、彼らがもう三つの能力を取り戻したのだと考える方が自然だろう。
「アダムとイヴが……」
「水獣よ、世界は何と言っている?」
メンバー内で唯一、驚かなかった水獣にガドールが尋ねる。進行役をかっているくらいだ。世界から何かしら告げられているのは明らかだ。
「世界はアダムとイヴを捕まえろ、と」
「殺さないのか?」
「それは隠者達の仕事だ」
水獣がガドールの方を見て言った。フードの下から覗いている水獣の目が光を受けて、不気味に光る。
――隠者って呼ぶあたり、見下してんな。
アダムとイヴに加担し、終わりなき人生を狂わされた、闇に生きる者――。多くの人々はその者達が世界に存在している事すら知らない。人々はその者達をこう呼んだ。
隠者――、またの名をヴァンパイアと――。
「アダムとイヴが関わっている以上、みな気をつけろ、と」
「御意」
code numbersが一斉に立ち上がる。
「世界の意思は今、受け継がれた」
五人の復唱と共に、部屋から光が消えた。それと同時に三人分の気配が消える。
――やっと終わったか。
ガドールはフードを外し、コートを脱ぎ捨てる。
「よぉ、number5」
不意に声がして、ガドールが振り返る。開きかけた扉の間から漏れた光で声の人物が見える。ガドールと同じくらいの背丈で年上の男は声からして、number8だと分かる。
「俺はnumber8、名はエイトだ。お前は?」
「ガドール=クーリッジだ」
エイトは気さくそうな雰囲気でガドールに手を差し出す。ガドールはそれに応えて、エイトの手を握った。
「マティアスが世話になってるんだってな」
「マティアスの知り合いなのか?」
部屋を出たガドールとエイトは廊下を歩きながら、話し始めた。
「一応、あいつの上司」
「って事はお前も咎追いか」
ガドールの問いにエイトは「お前って言うなよ。一応、年上だぞ?」と返す。はっきりとは答えてはいないが、ガドールは肯定だと受け取る事にした。
「で、俺に何か用か?」
「ん?あぁ。えっと、俺がホログラムで通信したの、覚えてるだろ?あの時、あの艇にいた子。あいつには気を付けろ」
エイトの口ぶりから、ガドールは頭の中にクルッカを思い浮かべた。
「あいつがlast numberだからか?」
「それもある。けど、問題はそこじゃない」
もったいぶるような言い方にガドールはイラッとする。「何が言いたい」という代わりに、エイトを思いきり睨みつける。
「問題は彼女の持っている、wild cardの方だ」
wild cardは世界同様、意思を持っている。自らの主を選定し、認めた相手にしか力を貸さない。しかし、一度認めた主は己の身をていしてでも、守り抜く。まさに無双の兵器だ。
だが、無双である程、その主の支払う代償は大きい。無限であるが故に、身体を蝕まれる。
「wild cardがあいつを…クルッカを取り込むって、言いてぇのか?」
自然と声に感情が込もる。エイトにぶつけたものは、明らかに怒りだった。
『この痣はそのけじめ。あたしが傷付けてしまったものへの』
クルッカは誰よりも、何よりも美しい。汚い所を隠そうともせず、自分を一切偽らない。何事にもいつも一生懸命で、自分よりも他人の事ばかり考えている。そんなクルッカが、新たなる脅威になりえるだろうか。
――んなもん、決まってんだろ。
「させねぇよ。つか、あいつが取り込まれるとかマジありえねぇし」
ガドールはそう断言すると、ファーから水晶を出し、床に叩きつけた。
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会議を終え、帰って来たジェイドとチェイスは難しい顔をしていた。
「おかえり」
甲板にいたクルッカは、ジェイドとチェイスに声をかけた。その途端、チェイスの顔がパァッと明るくなる。
「よぉ、クルッカ。どした、こんなとこで」
「風に当たってた」
クルッカは靡く髪を押さえる。思いの外、風が強く、髪が乱れる。
「風、強いですけど」
「まぁまぁ、そう言いなさんなって」
ジェイドの一言にクルッカは黙り込む。実はクルッカは、ジェイドを待っていたのだ。どうしても、気になる事があったからだ。
「しょうがない。邪魔者は退散するか」
空気を察して、チェイスが艇内へと戻って行く。少し悪い事をしたっと思いつつ、クルッカは心の中でチェイスに感謝した。
「相変わらず、嘘が下手ですね」
「前よりは進歩したよ。ちょっとくらいは」
クルッカはじぃっとジェイドを見据える。一方のジェイドもクルッカを見据えている。傍を見れば、きっと対峙して見えるだろうと頭の片隅で思うクルッカ。だが、そこはあえて置いておく事にした。
「ジェイド、疲れてるんじゃない?」
「いきなり、何ですか」
不意を突かれ、ジェイドが目をぱちくりさせる。
「さっき、立ったまま寝てたから」
「クルッカ。人は立ったまま寝れる程、器用ではありませんよ」
生真面目な返答に、流石のクルッカも嫌気がさす。残念な事に、ジェイドは自分がその器用さを持ち合わせている事を知らない。というより、そんな事をしたという記憶自体、ぶっ飛んでいるのだ。
「……とにかく、ジェイドは休んだ方がいいよ」
ここで口喧嘩になるのを避け、クルッカは言葉を選んだ。納得のいっていないジェイドが訝しげにクルッカを見る。
「会議で何があったかは分からないけど、ストイックすぎるよ」
「私は大丈夫です。自分の体調管理も騎士の仕事ですから」
――いつもそうだ。
ジェイドは生真面目でストイックで、おまけに朴念仁だ。周りがどれだけ心配しても、自分は大丈夫の一点張りだ。そのせいで、周りにはあまり人が寄り付かない。だから、人一倍に頑張ってしまう。何とも、皮肉な連鎖である。
「クルッカ?聞いているのですか?」
「……ん………」
「はい?」
クルッカの言葉を聞き取れず、ジェイドが顔を近付けた。その瞬間、クルッカの目が鋭い光を宿す。
「この朴念仁が!」
クルッカの怒号に面食らったジェイドは、思わず一歩後退る。けれど、クルッカが一歩前へ進んだ事により、二人の距離は変わらない。
「クルッカ……?」
「お前はロボットか?年がら年中、四六時中稼働してるのか?あぁっ!?」
柄の悪い不良みたいな口調のクルッカに、ジェイドは目をぱちくりさせている。
「つか、自分がやった事くらい覚えとけ!もう何年間やってると思ってんだよ」
「立ったまま、寝るというやつですか?」
ジェイドが尋ねると、クルッカは大きく頷いた。
「疲れてるから、立ったまま寝れんだろうが。馬鹿」
――頭きた……。
だいぶ口調が荒くなった頃、クルッカは突如として、口を閉ざした。あまりのアップダウンに、ジェイドは恐る恐るクルッカの顔を覗き込む。
「貴様。何故、我が主を怒らせる?」
――wild card…。
クルッカの体は今、自身の力――wild cardによって支配された。頭の中でクルッカがwild cardに呼びかける。
――何をする気だ。
「主、心配なく。ただの折檻を…」
「wild cardですか」
冷静さを取り戻したジェイドは、モスグリーン色の目を光らせる。wild cardが表面に現れた事により、一気に緊張した体は就職病なのか、自然とレイピアの柄を掴んでいる。
「主は貴様の身を案じているだけだ。なのに、貴様は…」
wild cardが忌々しいと言わんばかりに、ジェイドを睨みつける。殺気立つ二人を客観的に見ているクルッカは、何とも変な気分だ。
「ストイックと言えば、格好がつくとでも思っているのか?このドM」
超絶機嫌の悪いwild cardは、次々とジェイドに毒を吐いていく。何度か、wild cardと話した事はあったが、こんなにも忠義を尽くしてくれているとは知らなかった。
――ジェイドを刺激するな。
「しかし、主……」
不服そうに声を上げるwild card。そんなwild cardにクルッカは命じる。
――それはあたしの体だ。返せ。
「……御意、御主人様」
クルッカの体に再び感覚が戻る。不思議な違和感も、今はもうない。それを確かめるために、クルッカは手を握って、開いた。普通に駆使出来る事をしっかりと確認して、ようやくホッとするクルッカ。だが、すぐにクルッカの体に緊張が走る。
「え……」
クルッカの目の前を銀色に揺らめく、細身の刃が通り過ぎる。先程まで、クルッカの顔があった所を刃が迷う事なく、斬りつけていた。
「ジェイド……」
ジェイドの行動で全てを理解するクルッカ。頭は驚く程に冴えている。
――世界に疎まれたか。
クルッカの持っている力は神と同等の力だ。つまり、世界の次に強い力を持っているという事になる。そんな存在を世界が許す訳がない。
クルッカには分かっていた。いつか、世界の御使いであるcode numbersに存在を抹消されるという事を。
――それでも……。
クルッカの周りに十二枚のカードがゆっくりと回る。握りかけていた手を拳に変え、素早く構える。
「来いよ、number2」
迷えば、死ぬ――。
直感的にそう感じたクルッカは、こみ上げてくる感情を押し殺す。喉から出ていきそうな言葉をぐっと呑み込む。
――それでも、生きたい。
生きるために、目指す場所に向かうためにクルッカは戦うと決意した。たとえ、身内が敵になったとしても、自分の意思を貫くと。自分に嘘はつかないと。
クルッカとジェイドは得物を携え、決意に報いるために床を蹴った。




