お返しは相手の好きな物で
『羊の国の贈り物』の続編。本編とは別物としてお読み下さいまし。
そして羊の国の方角に向かって、全力で土下座したいと思います(汗)。
周辺に異常がないことを確認してきたディディエスは、冷気と共にテントに入ってきた。狭い空間の中央を陣取る大きな芋虫――毛布を巻き付け、さながら本物の芋虫のように蠢くユキノである――が声を発する。
「お帰りなさい。中が冷えてしまうので早く温かくなって下さい」
目をほんの僅かに覗かせるだけで、身体の大部分は布に包まれている。それでもまだ寒いらしく、ガタガタと震えていた。テントの幕に風を遮られた程度では、現代社会で生まれ育った軟弱な肉体は満足できないそうだ。前に一度カイロなるものを要求され、立ち寄った町で求めてみたが、生憎とそんな商品はないと言われてしまった。それを伝えた時の顔は未だに忘れられない。
冷えるから発熱しろと無茶苦茶な要求をされたディディエスだが、あっさり理解して頷いた。
「走ればすぐに温まる。では行ってくるか」
「止めて下さい、汗臭くなるから」
自己中としか言いようのない言葉であるが、それが彼女の気取らない素であろう。変に気を遣われるより、心を許してくれているのがわかる。そして自分が外に行ってしまうのを引き留めているようで嬉しかった。
暦の上ではすでに春だが、平地でも未だ雪が降るほどに寒い。今年初めに羊の国の落人にもらった帽子とブルマー、そして手袋を使用してもまだ温もりが足りず、ユキノはほとんど動かずに日々を過ごした。以前自分で変温動物だと言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。何せ、その羊の国の長の屋敷の前に来ているというのに、わざわざテントに籠っているのだから。
「ああ私の馬鹿。お返しのこと忘れるなんてホント馬鹿……。今頃、アカンザさんはあったか~い暖炉のお部屋で、美味しい物食べたりしてるんだろうなあ……。ううう、ごめんよ芽衣ちゃん、合わせる顔がない私を許して~」
「確かに、俺も干し草くらいは食べたいと思う。木の幹は飽きる」
「うわあああああん、まともな食べ物が食べたいよー!」
頭が毛布の中に引っ込んだ。けれども、彼女が被る毛糸の帽子に付いている、ぴょこんと飛び出た二つの長い耳だけは外に残る。だんだんとそれが幼虫の触覚のように見えてきて、彼は目元を押さえた。どうやら疲労が抜けていないようだ。冬は食べ物が極端に少なくなるからいけない。栄養不足に陥る前に移動してはどうかと進言した方が良さそうだ。
「ユキノ、あと少しの辛抱だ。南へ行けば果物でも何でも買ってやれる」
毛布の傍に腰を下ろし、背であろう部分を撫でると、もぞりと頭が出てきた。目から下は依然として毛布の中にあり、くぐもった音が届く。
「芽衣ちゃんへのお返しは……やっぱり他の国で探した方がいいですよね。身近にある物貰っても、喜んでもらえないかも」
「ユキノ、俺はお前からの贈り物ならば、たとえ枯草であろうと嬉しいが」
「それで喜ぶのは貴方だけです」
ディディエスは首を捻った。
「贈られる物がどうこうよりも、その気持ちが嬉しいのでは?」
「え?」
大きく目を見開いたユキノを見下ろして、彼は言った。
「たとえいらぬ物を貰ったとしても、それを俺に与えてくれようとした気持ちが嬉しい。俺ならばそう考えるが」
「…………」
「貰ったから返さねばならない、というだけならば必要ないのでは? お前が本当にメイにやりたい物が見付かってからでは遅いのか?」
ユキノは唖然としたようにディディエスを見つめていたが、顔を赤くするなり、するすると毛布の中に退却していった。
「まさかディディエスさんに教えられるなんてぇ……」
悔しさを滲ませた声に彼は笑う。
「俺もお前にはよく教わっているから、おあいこだな」
しばらく悶えて恥ずかしさを発散させたユキノは、突如腹筋の要領で身を起こした。
「そうだ、雪」
「外にいくらでもある。好きに食え」
「違うっての」
獣型の手で叩かれる。気を取り直したユキノは改めて言った。
「雪で羊の像を作ったらどうでしょう。喜んでもらえますかね?」
「構わないと思う。現に外にいっぱい四つ足の塊があったぞ」
「え」
見回りに行った範囲だけでも動物を模したらしき雪の像が何体もあったことを告げると、彼女はムムムと腕組みをした。
「二番煎じか……まぁ贈り物としてはちょっと芸がないですよね」
「精巧に作れば問題ないのでは? 伝説に残るくらいの出来栄えならば、喜ぶと思う」
「ハードルが高過ぎます。第一私、指先が凍ってて今動きませんもん。雪だるまがせいぜいです」
うあーと呻いて項垂れる。毛糸に包まれた手に息を吹き掛け、ユキノは静かに考えていた。しばらくしてまた口を開いた。
「そもそも芽衣ちゃんって、何が好きなんですかね……」
ディディエスは答えを持っていなかった。
「お屋敷の羊さんに聞けば教えてくれるかな……でも今のこのこ行くのは……」
浮かない顔で言うので、彼も一緒に屋敷の中に入らないで済む方法を考えてみた。
メイが喜びそうな物の心当たりがある者……。
「知っているかどうかはわからないが……」
一つ思い当たるものがあったので口にすると、「それだ!」とユキノが毛布を跳ね除けて立ち上がった。そうして二人は、白い雪原へと飛び出していったのである。
結果として、ディディエスが提案した『羊の国に滞在中の妊娠中、あるいは子育て中の母馬』の中に、メイが喜びそうな物の心当たりがある者がいた。衝撃を受けたユキノだったが、彼女も現代っ子である。ジャンルは違えど同類の匂いを感じとり、嬉々として群れの若い男数人を集め、お屋敷に乗り込んだ。そして――。
「待ちなさい! 私の可愛い芽衣によくも!」
黒馬に乗ったユキノが、羊族の長に追い回されるという珍しい光景があった。
「いや、あの悲鳴は怖がったんじゃなくて」
「問答無用!!」
「うわああディディエスさん頑張って逃げてぇぇ!」
デッサンの練習にどうぞ、とメイの前で裸の若いのに絡み合ってもらったら、ノルディがキレた。
お返しは相手の好きな物で。でも、時と場合その他諸々も考慮に入れねばならないものである。




