プロローグ I`m Going To Die. And Then I Start Living.
誤って自らの棘で自らを刺してしまった白薔薇。
それが滂沱の如く血の涙を流している。
僕が初めて彼女を見た際に抱いた感想は、そのようなものだった。
嘗ては神社だったのだろう。今となってはその残滓にもなっていない、崩れてボロボロになった木造の屋根の上で、彼女は背を向け立っていた。
――斬り刻んで間もない三体の人間の血潮を、まるでシャワーのように髪まで真っ白なその身に浴びながら。
――鈍色の雲が見下ろす中、血で汚れた白髪と、黒のセーラー服と、スカートを突風に靡かせながら。
――感情をもその右手で持った刀でそぎ落としてきたのではないかというような無感情な赤の瞳で、下で呆然と彼女を見上げている僕を、見下ろしながら——
――彼女は立っていた。
「――」
そして曇天から轟音とともに一筋の閃光が迸った瞬間、一瞬にして僕の視界は真っ赤に染まる。
血潮が目に入ったのではない。
完全な赤に染まったと思った視界には、僅かにだが光があった。
本当に微かな、茫洋としたヒカリ。
そしてそれが僅か一秒の間に僕の身体に這うように近づいてきた彼女の双眼だと気が付いたのは、僕のうなじ――そこに冷たく鋭い氷柱のような感触が伝って来た直後のことだった。
右手で抱くように僕のうなじに刀を添えた彼女。
彼女は、言う。
「あなたには二つの選択肢がある。一つ。さっき私に殺された幽霊たち、つまりさっきまであなたの家族だった人たちと同じように、ここで私に殺されること。この選択肢を選ばない場合、あなたが選ぶ選択肢は自動的に二つ目の方になる」
「…………」
「二つ。私の相棒になること。あなたは、あなたの家族だった者達と違ってまだ人間としての自我がある。つまり半分幽霊、半分人間のような状態。そういう存在も私達専門家――霊殺士が殺す決まりだけど、唯一、私達と同じような専門家になることでその存在を許される。この選択肢を選ばない場合、あなたが選ぶ選択肢は自動的に一つ目の方になる」
「…………」
単純に。
単純にいい声だなと、そう思った。
未だ降り止まない血の雨の中でも、不気味に唸る雷音の中でも、その清流のように透き通った声音は一音一音、僕の耳に滑るように入ってくる。
それはまるで、脳内に直接語りかけられているかのよう。
「決まり」
僕の無言をどう汲み取ったのか、名前も知らない彼女は僕のうなじから刀をそっと外し、一歩引いてシュルシュルとその獲物を白銀の鞘に納めた。
その音は、餌を見つけた蛇が舌なめずりをする音に似ている。
「…………」
何も言わず、彼女は握手を求めるように右手を伸ばしてきた。
ようやく止んだ血の雨に濡れた手で。
感情が読み取れない、けれどどこか憂いを帯びた表情で。
「…………」
迷いはしたが、僕は結局手を伸ばした。
死んでもいいと思っていたけれど、彼女の相棒として生きるならそれでもいい。
だけど、僕が手を伸ばしたのはそれを伝えるためじゃなかった。
僕は伸ばした手から人差し指以外を折りたたみ、彼女の足元を指差し、
「……背伸び、辛くないか」
「…………」
そう言った。
……こうして僕達二人は出会った。
思えばここから僕の人生は本当の意味で始まったのかもしれない。
中学三年生まで死んだように生きていた僕。
その僕が、この瞬間、生きる意味を得た。
まぁもっとも。
半分幽霊なので、それはもう人生とは呼べないのかもしれないけれど。
ご一読ありがとうございました。
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