第78章 御子神と外国との繋がり
十一月下旬の午後。
帝国ホテルの一室にある静かなラウンジで、御子神は一人、新聞の経済面から目を離し、窓の外を行き交う車列を眺めていた。
表向き、御子神の肩書は「民間シンクタンクの顧問」あるいは「中立的なロビイスト」に過ぎない。
霞が関の官僚や政界の重鎮たちに対しても、彼は常に「助言者」という安全な距離感を保ち、直接的な命令や金銭の授受といった法的リスクを巧妙に回避してきた。
だが、東亜重機をハブとした彼のネットワークの本当の広がりは、国内の枠組みを遥かに超えていた。
(海外の防衛関連企業、金融機関、政府機関――これらを繋ぎ止めるための『楔』は、すでに十分打ち込まれた)
御子神は頭の中で、世界地図に張り巡らされた複雑な資金と技術のフローを描いていた。
北関東の旧防衛プラントに残されたインフラ資産と、東亜重機が保有する次世代ライセンス。それらを国内の厳格な監査から切り離すためには、一度「グローバルな資本市場と防衛安全保障のスキーム」という海外の文脈に流し込む必要があった。
欧州の防衛サプライヤーにとっては、日本国内の法規制を迂回して共同開発や部品調達の既成事実を作れる絶好の機会であり、シンガポールやニューヨークの金融機関にとっては、官民ファンドを装った巨額の流動性が生み出す美味しい投資対象だった。
海外の政府機関にとっても、同盟国との防衛協力を進める政治的な動機はあった。だが、政治的な後押しがあることと、個別の輸出許可や技術移転の審査を通過することは別だった。御子神が利用しようとしていたのは、その二つの判断の間に生じる時間差だった。
御子神は、その巨大なグローバル・ネットワークの真ん中に立ち、ただ「全体のため」「時代の要請だ」という曖昧な大義名分を囁くだけでよかった。
直接の指示を出さずとも、東亜重機の神山のような男たちが「我が身を守るための記録」を残しながら、自発的にシステムを動かしていく。国内外の利害が噛み合ったその巨大な歯車は、もはや誰の意思によっても止めることのできない自律的な暴走を始めていた。
御子神はカップの紅茶を一口すすり、わずかに冷笑を浮かべた。
法の網の目を潜り抜け、国家の主権や財政の枠組みすらも商取引のテーブルに乗せる。
この国が150年間かけて培ってきた「お上の論理」と、世界を覆うグローバル資本の論理が交差するその最深部で、御子神は次の一手を静かに見定め続けていた。




