第76章 東亜重機と外国との繋がり
十一月中旬の深夜、東亜重機本社ビル最上階の役員応接室。
神山は、机上に広げられた三画面のモニターに映し出される暗号化された通信画面と、手元の分厚い英文契約書の束を交互に睨みつけていた。
画面の向こう側にいるのは、欧州大手防衛サプライヤーの法務担当者、ならびにシンガポールに拠点を置く国際系投資銀行のアジア統括パートナーだった。
「神山さん、今回の旧防衛プラントの資産管理移管スキームだが……」
スピーカーから流れる英語の音声には、露骨な警戒感が混じっていた。
「我が社が調達する次世代警戒システムの共通パーツおよび製造プラントのライセンスは、海外政府機関のデュアルユース(軍民両用)規制に極めて抵触しやすい。日本政府側の承認プロセスが『特例の管理移管』という不透明な形式のままで、本当に輸出入許可が下りるのか?」
「日本側では、資産の管理移管に関する協議が進んでいる。だが、それと輸出許可は別の話だ。対象技術の用途や最終需要者を説明できなければ、海外への技術移転も、相手国での調達手続きも止まる可能性がある」
神山は冷静な声で応じたが、その手元はわずかに汗ばんでいた。
御子神が持ち込んできたあの処理案――「全体のため」という威圧的な言葉の裏に隠されていたのは、国内の法規制を回避するために、海外の巨大な資本網と防衛ネットワークを組み込んだ極めて精緻な迂回構造だった。
東亜重機が単独で抱え込むには大きすぎるリスクを、海外の防衛企業との「共同技術開発」、海外金融機関による「事業再生ファンドの融資」、そして海外政府機関の「安保特例許認可」という三層の外部プロトコルへ分散させる。
御子神という男は、単に霞が関や政界に顔が利くフィクサーというだけではない。
東亜重機という巨大軍需企業をハブにして、海外の防衛・金融・政府機関の利害を密かに接続し、国内の法治の網目をすり抜けるグローバルな資金流動システムを構築していたのだ。
「……了解した。ただし、我が社側のコンプライアンス監査を通すため、貴社取締役会における正式な意思決定および行政機関の正式文書が証明できるドキュメントを要求する」
相手方の要請に対し、神山は短く答えた。
「ああ、用意してある」
通信を切断したのち、神山はデスクの専用端末に向かい、社内暗号サーバーの特例決裁フォルダを開いた。
そこには、海外金融機関への資金移動承認書と、防衛許認可の申請書類が格納されている。神山はキーボードを静かに叩き、決裁メモに御子神の要請を明記し、社内文書管理システムに正式登録した。登録後の変更履歴が監査ログに残るよう設定を確認し、承認時点の文書も改変履歴を追跡できる状態で保管した。
神山が決裁メモに刻んだのは、御子神の要請を明記したデータだった。
『本件移管処理および海外関係機関との連携スキームは、御子神氏からの直接の要請・指導に基づき、官民インフラ最適化の緊急措置として実行されるものである』
御子神は「記録の形式などどうでもいい」と笑っていた。
だが、巨大なグローバル資本と防衛利権の歯車が回り始めた今、この記録こそが、いずれ津波となって押し寄せるであろう構造の破綻から、自らと東亜重機を守る唯一の命綱になることを、神山は冷たく確信していた。




