第4章 如月の選別
深夜の霞が関。合同庁舎の一室には、空調の低い音だけが残っていた。
壁際のモニターでは、昨日昼発生した電波ジャックについての報道番組が、特設テロップを流している。
如月は画面を見なかった。
昼過ぎには省内の危機管理担当から第一報が入り、その後、警察からの照会、取引先からの問い合わせ、関係部署への確認依頼が立て続けに回ってきていた。原因についてはまだ何も分かっていない。ただ、放送に使われた映像の中でゼロスの名前が出たことだけは、すでに確認されている。
それでも乾から来ていた指示は、短かった。
――今日中に委託事業の条件確認を終えろ。
如月は長いテーブルの端に座り、目の前の書類を一枚ずつめくっていく。
主要事業者に関する受託業務の、人員配置および実施体制の調整リストだった。
受託企業側から提出されたそのデータの中で、山岸が所属する地方工場の生産部門に関する項目で、如月のペンが止まった。
記載されている実績や配置の数字は、基準値からわずかに外れている。だが、契約上の規定に照らし減員や再編の対象とするには、まだ微妙なラインだった。如月は一度だけ前のページへ戻り、別の事業者を見た。それから再び該当企業の欄に戻る。
書類の端に指を置く。紙のわずかな凹凸が指先に触れた。再検討を求めれば明日の朝の会議には間に合わない。乾から来ていた指示は短かった。今日中に候補者の絞り込みを終えろ。
如月はペンを持ち直した。
「……」
対象となる事業者名や項目コードの横に淡々と枠線を引いていく。その数値の揺れは、そのまま企業側の内部評価基準を締め付ける圧力となって降りていく。
次のページをめくる。別の項目の横にも枠線を引いて、如月はペンを置く。
一枚の書類が、リストの間に挟まっていた。
「宮崎県内事業者に関する制度適用資料」
如月はそれをめくった。
「宮崎県○○市」
「椎茸加工事業者」
「旧法第○条に基づく対象区分――」
制定年の欄を見て、如月の指が止まった。
大正十年。
如月は、制定年を確認した。しかし、その法令が現在の委託条件にどのように残っているのかまでは、まだ確認していなかった。
如月はページをめくるのをやめ、顔を上げた。
窓際でタブレット端末を確認していた乾に、背後から声をかける。
「……この件も明日の資料に入りますか」
「入れる。もう先方には回してある」
乾は振り返りもせず、そのまま会議室のドアを開けて出て行った。
如月は静まり返った部屋に残り、ゆっくりと視線を書類に戻す。
もう一度、手元のリストをめくった。山岸の所属する企業の欄が目に入る。
ペン先が、その横で一度だけ止まった。
最後のページまで目を通し、如月はペンを置く。分厚いファイルを閉じる。乾いた音が会議室に響いた。
椅子から立ち上がり、窓際まで歩く。ガラスに自分の顔が映った。如月は襟を軽く整え、会議室を出た。
ひとりでエレベーターホールへ向かう。通路に消えていく自分の靴音を背に、如月はボタンを押した。




