第2章 電波ジャック
古びた地方局の第二調整室では、昼の定時ニュースが淡々と流れていた。
設備担当の佐藤は、使い古されたプラスチックの容器から、箸で白米を無造作にかき込んでいた。昨日の夜から持ち越されたハンバーグは脂が白く固まり、噛みしめるたびに乾いた食感が喉につかえた。
モニタの向こうでは、ベテランの女性キャスターが原稿に目を落とし、地元の経済指標について読み上げている。その背後で、突然、画面の端がかすかに揺らぐ。
ノイズか。佐藤は箸を止め、脂の浮いたハンバーグを容器に戻した。
調整卓のインジケーターが、見慣れない周波数の乱れを示して微かに明滅している。しかし、ここは地方の末端だ。基幹局からの信号の揺らぎだろうとタカをくくり、佐藤は再び白米に手を伸ばそうとした。
「――美味そうだな、それ」
背後から掛けられた低い声に、佐藤は肩を大きく跳ね上げた。
心臓が嫌な音を立てて脈打つ。
振り返ると、そこには見知らぬスーツの男が立っていた。
細いフレームの眼鏡の奥にある瞳は、佐藤の顔ではなく、手元のプラスチック容器をじっと捉えていた。
「おい、アンタ……誰だ。ここ、関係者以外立ち入り禁止だぞ」
佐藤は慌てて立ち上がり、電話に手を伸ばそうとした。
「電話はやめろ」
男は言った。声は低く、しかし妙に平坦だった。
「氷室だ」
「氷室?……氷室って、誰だ」
佐藤の指先がコードに触れたまま硬直する。男のスーツの袖口には、長い間使ってきたことによる擦り切れがあった。
氷室は調整卓の前に歩み寄り、そこに置かれていた小さな端末の画面に目を落とした。自分で機材を繋いだわけではない。そこにすでに表示されていた不可解な数値を、ただ確認するように指先を置いた。
「お前、何やってんだ」
佐藤が言った。声は震えている。
氷室は、卓の向こうのモニタを見上げる。
「ゼロス・グループの株を、一円で売れ」
「……は?」
その瞬間、調整卓の一つのランプが赤く変わった。続いて隣が赤くなる。佐藤は画面を見たが、それが何の警告なのか分からなかった。
東京の小さな町工場で、経理担当者の男は昼休みのテレビを消し忘れたまま、コンビニ弁当の蓋を開けていた。工場の床には、金属の削りくずが散らばっている。壁の時計は、正午を回ったところだった。
画面が突然、黒くなり、男は箸を止めた。弁当の湯気が画面の黒さに吸い込まれていくように見える。
次の瞬間、音声だけが流れてきた。
「ゼロス・グループの株を、一円で売れ」
低く、どこか事務的で、それでいて妙に透き通った声だった。
男はテレビを見たまま、弁当の蓋を閉じた。
工場の奥で、機械が一台、低い駆動音を立てて止まった。
男はそちらを振り返った。




