1-17話 《叡智の結晶》
のそり、異様な巨躯が、酒場の奥から姿を見せた。
目深にかぶったフードを、ずるり、剥ぎ取るように投げ去ると――露になったのは漆黒の肌と、肥大化したような角を持つモンスター。
見た目はオーガに近い……が、どうも違うらしいと、アインが推測した。
「オーガにも見えるが、この辺のモンスターではないな。確か東の島国には、この世界で数少ない〝人間が支配する国〟がある。〝サムライ〟とかいう者達だ。その辺りに棲息するモンスター、和製オーガ……いや、確か。
〝鬼〟――色合いから見て〝黒鬼〟とでも呼ぶべきか」
圧倒的な体格、異形の風貌を前にしても、アインは物怖じしない。しかし〝黒鬼〟とやらも只者ではなかった。
『――死ネ』
「……っ!」
盗賊団のボスもお飾りではないのだと証明せんばかりに、アインに向けて重々しい金棒を振り抜いた。
その一撃を喰らうアインは、腕で受けはしたものの、苦悶に顔を歪めている。当然だ、いくら人間離れした腕力を持っていても、人間である以上、苦痛は避けられない。
しかも相手がモンスターで、無法の盗賊団の長ともなれば、なおさらだ。
むしろ今も立っているだけで、大したものと言える。普通なら、喰らうのがモンスターであっても無事では済まず、叩き潰されているはずだ。
だが、ただでさえ敵である黒鬼に、アインへの尊重などあるはずもない。いや、もはや虚無的に、狂気的に、ひたすらアインの体へ金棒を打ち付けている。
『折レろ、潰れロ、裂ケロ――砕ケ、拉ゲ、欠ケ。死ネ――死ネ』
「ッ、ッ……ゲ、ホッ……ッ」
幾度も、幾度も、金棒を叩きつけてくる黒鬼に――しかしアインは何を思っているのか、その場に立ち尽くしたまま、反撃もせず立ち尽くしていた。
もはや拷問のような凄惨な光景を見かねて、トゥーナが声を上げる。
「ちょ、ちょっとアイン、なに馬鹿正直に受けてんのよっ! 少しは避けるとか、突っ立ってないで逃げるとかっ……」
「……まさか、アインさん……棺桶を、守って。大切だって、言ってたから……」
「リリィ? なに言って……そんな、バカな真似。……ッ」
ありえない、などと、トゥーナは否定しきれなかった。
つい先ほど棺桶に手を伸ばされた、ただそれだけのことで――オーガを彼方まで殴り飛ばすほどに、アインは激昂したのだから。
そもそもアインの言動は、時にモンスターから見てさえ不可思議で、理解するのが難しい。
今まさに、反撃もせず棒立ちになっているのが、その証拠……と思いきや、殴られ続けていたアインが、不意に口を開いた。
「……おまえ」
『死ネ……死ネ、死ネ、死ネ、死―――』
「《叡智の結晶》を、喰らったな?」
『――――』
その言葉は、トゥーナとリリィには理解不能だ。しかし黒鬼は面食らったかのように、動きを止める。
時が止まったかのような異様な光景に、トゥーナはどうにか疑問を口にした。
「《叡智の結晶》……って、一体……何なのよ?」
ハロウィン・タウンの魔女娘の問いかけに、アインは黒鬼に殴られ続けたダメージなど特に感じさせもしない、いつもの声色で答えた。
「《叡智の結晶》……それはかつて伝説となった賢者らが残したという〝賢者の叡智〟が形として残ったものだ。パラケルス、フラメル、サンジェルミ、などなど……初代フランケン、ファウストもそこに連なる。持ち主に膨大なる知識を授けるとされるが……されど、それだけではない」
「な、何なのよ、一体どうなるっていうの?」
「それは、モンスターが手に入れれば――莫大な力を齎し、同時に暴走を引き起こす。自我が崩壊し、体にも異変をきたし、最悪なら自壊してしまうことすらある。そしてまさに、この黒鬼が、そうなのだろう」
『…………』
金棒を振り上げ、制止した姿勢の黒鬼を、アインは一瞥もせず続ける。
「俺の旅の目的、その一つは――俺の先祖も関わる、その《叡智の結晶》という負の遺産を後始末することにもある。何せコレは、モンスターだけではない。膨大なる知識は、人間に邪心を呼び起こしてしまう事例もある。……そう、本来ならば不可能なはずの、命の蘇生を成し得ようとするなど、な」
一瞬だけアインは、盗賊の群れを今まさに倒し終えたロゼを見て――すぐさま視線を切り、自身の棺桶に手を添えた。
「まあ、だから……この盗賊団がハロウィン・タウンを襲ったことに、俺は無関係ではないらしい。すまないな、トゥーナ」
「……は? いやでも、そんなの……アンタの御先祖とやらが遺したモノで、それを勝手にコイツらが使ったって……アンタには、責任なんて――」
「それでも、だ。これは、俺なりのケジメだ。忌まわしき一族が残したかもしれない、負の遺産どもを、いつか消却し尽くす。それが、俺の責任なんだ」
「! そう、なの……それがアンタの、アインが旅をする、本当の目的なのね……」
「いや、メインは〝本当の家族〟を集めることで、《叡智の結晶》集めの方がついでなのだが」
「いやだから、〝本当の家族〟云々のほうがよく分かんないんだってば!」
「ふむ。トゥーナは当事者で、家族候補なのに?」
「うきゅぅ」
アインが何となしに言うと、変な声を発したトゥーナが、ぼっ、と顔を紅くする。
そうこうしている間に――動きが止まっていた黒鬼が、改めて金棒を振った。
『……死、ネッ!』
「まあ、そんなわけで、だ」
『!!?』
そこまで金棒を喰らい続けていたアインが、左腕を上げ、金棒を受け止めた。
更に空いていた右腕で、巨大な棺桶を掴む。
「ハロウィン・タウンに害を及ぼしてしまったケジメは、ここまで――次は、《叡智の結晶》を回収するとしよう」
「えっ。回収って、どうやって……」
「決まっている。喰われたモノは……単純に、だ」
『!? ……!!? ! !!』
黒鬼が金棒を押せど引けど、ピクリとも動かず、漆黒の肌にさえ冷や汗が浮かんでいる。
そんな魔物には目もくれず、美貌のメイドが行動を起こした。
「――失礼いたします、トゥーナ様、リリィ様」
「へっ……きゃっ!? ちょ、なにっ!?」
「きゃっ……ろ、ロゼさん?」
ロゼが、トゥーナとリリィを庇う様に、覆いかぶさる。
直後、マスターたるアインは、建物のように巨大な棺桶を――右手一本で、振り上げた。
「ブン殴って、吐き出させる」
『待ッ』
「――――フンッ!!!」
アインが右手を振った瞬間、巨大な棺桶が唸りを上げて、横薙ぎに振るわれた。
制止も口にしきれぬまま、黒鬼は――
『オッ―――――ゲッ、エエエエエェェェェ!!?』
その圧倒的な質量と面積の攻撃に、成す術もなく吹っ飛ばされた。
いや、同時に吹っ飛んだのは、黒鬼だけではない。
――酒場の建物全体の、上半分もだ――!
「…………」
さて、そんな情け容赦の欠片もない一撃を放ったアインへと――呆然としていたトゥーナが、思わず大声で叫んだ。
「……いやアンタは大切な棺桶とやら、武器みたいに扱うんかいっ!」
「? 俺は家主のようなモノだし、いいかなって」
「アンタやっぱサイコさんね!?」
そういうアインの家族候補らしきトゥーナのツッコミが、冴えるのだった。




