1-9話 伝説の魔女、マーマ=マジョリーナ!
リリィの家の、色とりどりの花が飾られたリビングで、アインとロゼは一夜の宿泊を終えた。その朝、食後の穏やかな一時を過ごしている。
「……ふう、カボチャのミルクティーは落ち着くな……」
「もぐもぐもぐもぐ」
間違えた、忠実なるメイド・ロゼの方は、まだ食事中らしい。
なかなかの健啖家ぶりを見せる彼女に、アインは何となく微笑ましくなったのか、軽く問いかけた。
「ロゼ、パンプキンパイは美味いか?」
「もぐもぐ、ごくん。……はい、マスター、大変に美味です」
「そうか。うん、昨日のトゥーナの料理は衝撃的だったが、リリィの料理も良いよな。なんというか、温かで、安心するというか――」
「マスター、食事に集中したいので、ロゼの返事は省略する方向でよろしいでしょうか?」
「わかった。食べてる最中にゴメンな。気にせず続けてくれ」
「はい。……もぐもぐもぐ」
ちゅ、忠実なるメイド……とにかく、ロゼが改めて食事を続けている。
アインはアインで独り言のように、玄関の方を眺めつつ呟いた。
「にしても……リリィは随分と遅い気がするな。早朝に花の配達でハロウィン・タウンに出かけてから、二時間くらいは経っているが。……宿泊の礼に手伝いを申し出ても、遠慮されてしまったし……」
「もぐ、もぐもぐ」
「ああ、そうだなロゼ。さすがに棺桶を背負った男の花の配達は、縁起が悪いというか、何かのモンスターと思われそうだな。リリィが遠慮するのも納得だ、ハハハ」
「もぐ……もぐもぐ、もぐ」
「ああ、そうだなロゼ。リリィだって年頃の女の子だ、街へ出かければつい楽しくなって、少しくらい時間を潰してしまうかもしれない。客の俺があまり心配しすぎても、鬱陶しがられるかもな、ハハハ」
「もぐもぐ、ごくん。……マスター・アイン、紅茶を頂いてもよろしいでしょうか」
「はいはい、待っていろ。……よし、どうぞ」
「恐縮です」
忠実なる……メイド……。
まあ、まあとにかく、そんな和やかな……二人にとっては和やかなのだろう、そう信じたい時間が流れていた。
――そんな時!
『フゥ~~~ン、アナタが例の旅人ねェ~……?
あたくしの可愛い可愛い一人娘に粉かけた、身の程知らずは……。
ハロウィンの齎す恐怖、その身に刻み込んであげようかしらァ~?』
室内に突如、予期せぬ声が響き渡る。
妙にエコーのかかった甲高い声は、果たして人の声だろうか。
――――否!
その存在は、人の身ならず! 肖像にて描かれし、貴婦人の絵画!
声帯ではなく魔法によって発せられし声は、まさしくモンスターの所業!
人ならざりしモンスターと呼ばれるほどの魔力は、死後も衰えることなく!
宙を舞う肖像画から、彼女は高らかに名乗りを上げる――!!
『マーッマッマッマ! 恐るべき魔女に恐怖し、ひれ伏しなさい!
あたくしこそはハロウィン・タウンの支配者たる、パーパ=パンプキンの妻!
そして愛する一人娘、トゥーナ=スクウォッシュ=ウィッチ・ガールの母!
伝説の魔女――マーマ=マジョリーナですわっ! マーッマッマッマ!』
室内に嵐が訪れたかのような魔力の奔流に、いくつかの花が散った。
その恐るべき肖像画の魔女に、アインは言い放つ――!
「どうも、旅人のアインです。昨日からハロウィン・タウンに滞在し、ここの家主であるリリィのお世話になっている。どうぞよろしく」
『マーッマッマッマ……あたくしが言うのも何ですけど、もうちょっとビックリするとか怖がるとかリアクションない?』
「特にない。強いて言うなら、トゥーナの母がなぜ肖像画となって動いているのか、興味があるというくらいだが」
『ああ、うん。あたくし、既に死んじゃってるんだけど~、魂だけは魔法で切り離して、肖像画に移すことで永らえてるのよ★ あたくしを描いた絵なら一瞬で移れるから、支配者として各家に置くというルールを敷いてね。さすがにハロウィン・タウン限定だけど……どう、恐ろしいでしょう、マーッマッマッマ……』
「別に恐ろしくはないが、便利でいいなって思う」
『そう……う~ん、困ったわネ。そっちのメイドさんに至ってはノーリアクションで食べ続けてるし、リリィちゃんもいないみたいだし……正直、ツッコミ不在はキツイわ。あたくしが言うのも~何だけど~★』
「なかなか個性が尖ってらっしゃる。ところでトゥーナの母と言っていたが……」
『マッ。そうそう、そうね~。その話で来たのよ★ コホン……
愚かなる旅人よ……う~ん調子が出ねぇわね~、いつも通りでいっか★』
テンションが目まぐるしく変化する、なるほど恐るべき魔女が――アインへと問いかける。
『あなた、あたくしとパパちゃんの愛する娘に、家族になろうとか旅しようとか言ったらしいけど……一体どういうつもりかしら? 今やこの世界はモンスターの楽園、だからこそ無法がまかり通る街や国も、当たり前に存在するわ。あたくしは生前、旅をしていた魔女……だからこそ知っている。そんな危険を省みもせず、軽はずみに娘を誘うなんて、ね~え?』
肖像画の中の瞳が、禍々しい紅色に輝き――魔女が口にしたのは。
『あの子のこと、ただ便利で可愛らしすぎるからって欲しがって……それで娘を口説いたなら。返答によっては、ここで命を奪っちゃうわよ~?』
語気は穏やかだが、その言葉に偽りはなく、相応の迫力が籠められていた。
対峙すれば伝わる恐るべき威圧感に、アインは返答する。
「まず、軽はずみに誘ったわけじゃない――俺は素直に、そして本気で、トゥーナと旅をしたいと思っている。あの子は、いい子だしな。それと……」
『……それと?』
「俺がトゥーナを誘ったのは、欲しいからじゃない――必要だからだ。俺とロゼには、トゥーナという存在が、必要だと確信している」
『! ふぅ~ん……必要だから、ねェ~?』
「ああ。だからこそ、ぞんざいで粗末な扱いなど、絶対にしない。……それに一緒に旅をするなら、〝本物の家族〟になるわけだからな。家族を守れるよう、最大限に善処するつもりだ。たとえ相手が、竜でも悪魔でも神でもな」
『ふゥん……行き倒れていたっていうアナタに、そんな大それた真似ができるなんて信じられないけど~。マッ、覚悟のほどは伝わってきたワ★』
瞳の獰猛な輝きを落ち着かせつつ、肖像画の魔女は、結論付けるように告げた。
『でもマッ、マァ~ねッ。とはいえ重要なのは、娘の意思よ。トゥーナ本人がイヤだっていうなら、そもそも成り立たない話だわっ。でも本人が〝どうしても行きたい〟って言うなら……あたくしに反対する理由はナイけど~★』
「そうか。……思ったより、理解ある母君なのだな」
『んマァ~ねっ。あたくしだって生前、旅してたわけだし~……娘のトゥーナが外の世界を旅したい気持ちも分かるし、本当はそういう夢を持っているのも知ってる。心配ではあるけど、束縛するだけが親じゃないワ★ とかいって、パーパちゃんがどう言うかは、知らないけど~♪』
「ふ、そうか。……それにしても」
トゥーナ本人抜きで出来る話は、ここまでだと判断したのか――アインが気になっていたことを口にする。
「リリィは、本当に遅いな。そうこうしているうちに、昼になってしまいそうだが……花の配達とは、そこまで時間がかかるモノなのか?」
『あらっ。それなら、あたくしが様子を見に行ってあげましょーか? あたくしの魔法なら、一瞬だし~★』
「ああ、肖像画から肖像画へ、移動できるのだったか。すまないが、お願いします」
『は~い★ それじゃ、早速。……………』
暫し、沈黙――既に移動したのかと思うほどの静寂、と思いきや。
『…………は?』
「? どうしたのだろうか、トゥーナの母君」
『……移動、できないわ』
「……どういうことだ?」
『それは……考えられるのは、移動先に〝肖像画が無い〟から。でもこの街の支配者として、肖像画を置かないことは許されない。でも……現実に、移動できない、というのなら』
肖像画の表情に変化が出るほどの焦燥と共に、魔女が言葉を漏らした。
『ハロウィン・タウンで――何か、起こって――』
「そうか、わかった。いくぞ、ロゼ」
「もぐ。……イエス、マスター・アイン」
『えっ、あっ? ちょっとキミ、どこへ……』
魔女の危惧とほぼ同時に、既に立ち上がっていたアインは、簡潔に答える。
「何か起こっているのなら、この足と眼で確かめに行く。旅人なんて、そんなモノさ。それにリリィのことも心配だしな」
『! そう、そうね……行きがかりの旅人に、こんなこと頼むのは気が引けるけど……ハロウィン・タウンのこと、できればお願いできる? あたくしも遅くなるけど、何とか追いかけるから』
「ああ。とはいえ平凡な人間でしかない俺に、何が出来るか分からないが」
返事しながら、アインはあくまでも冷静に言った。
「まあ、出来ることがあるなら――最大限に、善処するさ」




