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今日、僕は処刑される。
処刑台までの道のりは、ガラスの破片や石がたくさん転がっている。その上、石やゴミを投げつけられ痛くてしょうがない。
投げつけられる石からの衝撃でよろめけば、面白がっている人々に嘲笑される。
処刑台に上がる前に死にそうだ。ぼんやりそんなことを考える。
「登れ」
ずっと見つめていた足元から顔を上げると、目の前には処刑台。僕を火あぶりの刑にするための舞台だ。
もう痛みすら感じなくなった足で階段を登り、磔にされる。足元からアルコールの臭いが漂ってきて頭の痛みが酷くなる。
処刑人が罪状を告げている。聞こえてくるのは、断片的な言葉だけだ。
——殺人未遂
——裏切り
——内通者
……全部、嘘だ。
僕は何もしていない。
殺されかけたのは僕の方だ。
信じていた人に、簡単に捨てられただけだ。
それなのに、どうしてこんなことになってしまったんだ……。
「最期に言うことはあるか?」
今さら言ったところでこの結果が変わるわけがない。もうどうでもいい。早く死んで楽になりたい。
「……」
ああ、舌を切られていたのを忘れていた。ははっ、元々聞かれたところで何も答えれなかったな。
「何も無ければ刑を執行する」
足元に敷き詰められていた木材に火が放たれる。
炎に包まれ全身の熱さと痛みでおかしくなりそうだ。痛みに叫びたくて仕方ないのに声が出ない。
大丈夫、耐えろ、死ねば終わりだ。誰にも信じて貰えない痛みにも、孤独な日々も全部全部これで終わる。
大丈夫、昔読んだ本に書いてあっただろ。罪なき人は必ず来世で幸せなれるって。だから大丈夫。
……せめて一度くらい誰かに、家族以外の人に愛してもらいたかったな。
あの子のようにとは言わない。誰か一人だけでも僕のことを信じて欲しかったな……。
***
「っ!」
勢いよく起き上がり身体に触れる。
さっきまであった熱さや痛みがない。足の裏もガラスが刺さった形跡がない……どころか小さい?
「シリル様!」
「へっ……?」
「どうされたのですかこんなに青ざめて……どこか悪い所でもあるのですか?それとも悪い夢を見たのですか?」
「あっ……セ、ド、リッ、ク?」
もう二度と会えないと思ってた。
両親が叔父上に殺され亡くなった後、セドリックも叔父上に殺され亡くなった。公爵家の実権を握りたい叔父上が、僕の心を折るため殺した。
「はい、貴方のセドリックです」
「セドリック……うっ、セドリック、ごめん、ごめんなさい」
僕に隙があったせいでセドリックの命が奪われた。ずっと僕を信じて励ましてくれた。大切なセドリックの未来が叔父上に奪われてしまったことを、ずっとずっと後悔してた。
「と、突然どうされたのですかシリル様!やはりどこか悪いのでは……」
「ちがう……ただ……ずっとセドリックに謝りたかったんだ……」
「謝る?俺はシリル様に何かされた覚えはありませんが」
「えっ、あっ、そっか……ごめん悪い夢を見たみたい。困らせてごめんね」
そう、あれは全部悪い夢だ。両親とセドリックが殺されたのも、身に覚えのない罪で処刑されたのも全部。
「謝らないでください。悪い夢を見たのなら、朝はシリル様が好きな物にしましょう。」
「……勝手にメニューを変えたらダメだよ。みんな僕より早く起きて働いてくれてるのに、急に変更したら迷惑だよ」
「迷惑ではありません。気に病むのでしたら俺が作ります」
張り切ってるセドリックが懐かしくて、また泣きそうになってしまう。
セドリックはいつも僕のことを考えてくれる。その気持ちはとても嬉しい。けど、僕一人のせいでみんなの仕事を増やす訳には行かない。
「そうだとしてもダメ。それに料理長が作る物は全部美味しいから、今日も食べたいんだ」
「……俺の料理はまずいですか?」
「セドリックのも美味しいよ。でも朝の支度はもう終わってるでしょ。今度セドリックが作った朝食が食べたいから、その時またお願い」
「っ、分かりました!あ、目が腫れたまま辛いですよね。冷たいタオルを持ってきます!」
「ありがとう」
笑顔で部屋を出ていくセドリック。……少し一人になりたかったから部屋から出てくれて良かった。
「さて……これはどういうこと?」
懐かしい部屋に死んだはずのセドリック。最初は死後の世界かと思ったけど、それにしてはセドリックが幼すぎる。
亡くなる直前のセドリックはすごく背が高くて、前髪を伸ばして片目を隠していた。……片目が見えてなかったから。
ある日の婚約者の家からの帰り道、馬車が賊に襲われた。数人の護衛とセドリックしかおらず苦戦を強いられた。
なんとか賊を退けることができ、全員命は助かった。しかし護衛とは違い、まともな装備をつけていなかったセドリックは……片目が見えなくなってしまった。
『ごめんなさい……ごめんなさいセドリック……僕のせいで……目が……』
『謝らないでくださいシリル様。俺は貴方を無事に守れて光栄なのです。だからこれは名誉の勲章です!』
『……ごめんなさい……僕が余計なことをしたから』
『シリル様……』
『ごめんなさい……』
心臓がはち切れそうなほど痛い。
あの後セドリックは事故にあって死んだ。不自由になった片目の方向から馬車が突っ込んできて、避けれなかったそうだ。
もし目が見えていれば、セドリックは避けられていた。それが出来なかったのは僕のせいだ。
罪悪感に押しつぶされそうになっていると、ふと鏡が目に入る。
「えっ……うそ……」
鏡には幼い僕が写っていた。
若返った?いやいや、それなら死んだセドリックがいるのはおかしい。じゃあやっぱり死後の世界?それなら納得できるけど……どうして幼くなっているんだろう。
「シリル様?どうされました鏡を見つめて」
「……幼いなって思って」
「幼いって、当然じゃないですか。シリル様は十歳なんですから」
「……十歳?二十歳じゃなくて?」
「はい、昨日お祝いもしたじゃないですか」
「き、のう?」
昨日、十歳の誕生日と言われ思い出した。人生で一番酷い誕生日を。
両親が盛大に開いてくれた誕生パーティー。本当は家族と使用人だけでも良かった。でも両親が節目だからと、たくさんの人を招待して開いてくれた。
両親の気持ちはありがたかったが、最悪なのはあいつだ。婚約者である皇太子が来なかったことだ。
別に来ないのは構わない。僕もあいつは好きではないが、公の場で婚約者の体裁を保つ気がないのはおかしいだろ。
別に僕の面目が潰れるのはいい。でも両親が主催のパーティーに来ないのは違うだろ。代理とプレゼントだけ寄越して来ないっておかしいだろ。家の事なんだから表面上でも顔を立てろ。
あー思い出したら腹が立ってきた。
「シリル様、また涙を流されるのでしたら冷たいタオルをお使いください」
「あ、ありがとう」
「いえ、せっかくの綺麗な目が腫れてしまうのは勿体ないですから」
「ありがとう……」
冷たいタオルを目元に当てられる。混乱と怒りで頭に血が上っていたが、だんだん冷静になってきた。
十歳の誕生日の時、僕はこんな風に怒ることはなかった。表面上の関係だったし、僕の誕生日を祝ってくれないことは分かっていた。でも両親の顔を潰されたこと、十年前は仕方ないと諦めたけど、本当は悔しかったんだ。
僕のことは嫌いでもいいから、両親の顔は立てて欲しかった。そっか、僕は涙を流すほど悔しかったんだ。
「はぁ……」
「シリル様、大丈夫ですか?お身体が優れないようでしたら、今日は寝室で朝食を召し上がられますか?」
セドリックはいつも僕を気遣ってくれる。僕の体と心の、些細な異変に一番に気づいてくれる。それが仕事だからとしても、気遣ってくれるのは嬉しい。
あーあ、どうせ婚約するなら。
「……セドリックが婚約者だったら良かったな」
「えっ?」
「ん?…………あっ、声に出てた?」
「……出てました」
「ふふっ、誰かに聞かれたら怒られ、る……ね……」
目に当てていたタオルを外すと、真剣な目をしたセドリックがすぐ近くに迫っていた。
「……シリル様は今の婚約に不満があるのですか?」
「セドリック?」
セドリックの手がベッドにかかり、顔が間近に迫る。あまりの近さに驚いてバランスを崩してしまう。
傍から見ればセドリックに押し倒されたように見えてしまう。これはさすがにまずい。セドリックは僕の従者とは言え、他の人に見られたらセドリックが罰を受けるかもしれない。
「もし、今の婚約が嫌なら俺が……」
「せ、セドリック!」
セドリックの腕を掴んで静止する。鍛えてるセドリックに勝てるなんて思ってないが、今の体勢に気づいて欲しい。
「……ちょっと近すぎる」
「っ!す、すみませんシリル様!あっ、違っ、そんなつもりじゃ……すみません!頭冷やしてきます!」
「別に怒ってな、い……行っちゃった」
僕の言葉も聞かず、セドリックは部屋から出ていってしまった。驚いたけど別に怒ってないのに。
まぁいいか、一人になったおかけで色々と整理できそうだ。
「さて」
ベッドから起き上がり鏡の前に立つ。
「やっぱり幼い……あっ、額の傷もない」
前髪をかきあげる。皇太子に付けられた傷が無い。
神学によると、人の死後の姿は死んだ瞬間のまま保たれる。それは死後の世界で罪人かどうか見極めるために神が定めた決まり事。死ぬ直前の姿が綺麗であればあるほどその者に罪はなく、反対に傷だらけであるほど罪深い。なんともまぁ、根拠の薄い決まり事だ。
信じてはいないけど、神学を倣うならここは死後の世界ではない。セドリックの発言や今の姿から考えるなら……。
「十年前に戻った……?」




