第94話 海ダンジョン①
四つ目の実、スの実を食べたユミエラは劇的に回復した。
食事の量は、一食三人前までに減り、家で掃除機や洗濯物もできるようになった。
今まで家事を一手に担っていたルクスが、寂しさを覚えるほどだ。
病気になるまえは分担制にしていたのだが、危なげない手つきでユミエラは家事をこなす。
「そもそも、仕事のあとにグランディアに行って肉を狩って解体して、十人前の料理して、掃除して、洗濯してたアンタが異常なのよ。ユミエラがよくなってきてるんだから慣れなさいよ」
「それはそうなんですけど……ユミエラが遠くに行っちゃったみたいで」
「二人とも、それ以外のコメントはないのかい? ボクは酔っているんだが」
のほほんとしたユーナとルクスの会話を、ネオがぶったぎる。
三人は、海のうえのボートの中にいた。
ネオは酒に酔っぱらっているのではない、ボートの揺れに酔っている。
今回の残業ダイスキ部の依頼は、永続型ダンジョンの一つ、海ダンジョンのクラーケン退治依頼だ。
永続型ダンジョンなので、入り口にはレンタルのボートがたくさん並んでいた。
その中で、小型でモーターエンジン搭載のボートに乗り、まだ二十分。
目的地までまだあるというのに、ネオはエチケット袋を抱えて青い顔をしている。
「あらまぁ、爆笑動画でも見れば? 元気になるわよ」
「いま、スマホなんて見たら吐くじゃないか」
ネオが不機嫌な顔をしたが、吐き気がまさったのか黙り込んだ。
ケニーがヴァシリカで撮影した動画は、ユーナの手元にもある。
給料アップしようかしらと言わせたほど、ユーナはおおいに笑ったようだ。
ベアトリス王女とアリアに引っ張られるルクスの、情けない表情が非常に面白かったそうだ。
ネオだけが知らないのは、あの動画を見たらルクスが処刑されると知ってるケニーとユーナの隠匿だ。
いくら面白くても、いくらルクスが再生しても、さすがにシスコンのドラゴンブレスを浴びさせるのは可哀そうだ。
それに、万一そこが事務所だったら嫌だというユーナの社長としての判断も含めて。
「そういえば、スの実はなんだったの?」
「パプリカもどきでした」
「トマト、いちご、りんごときて、パプリカ……まあ、ユミエラに効いたならいいけど。最後はなにかしらね」
「……やめろ、今食べ物の話をするな……」
ネオが呻いたが、ユーナは知らないふりだ。
ルクスは好意で色んな食べ物を出してみたが、怒りをあおっただけだった。
「それにしても、モンスターに全然出会わないわね」
「トラウトサーモンとか、マグロは連れてるんですけどねえ」
「いくらを買って、帰ったら海鮮丼かしら……」
「だから……食べ物の話をやめろと……」
ネオの顔が、エチケット袋に沈む。
普段はふてぶてしいほど強いネオの醜態は、珍しい。
ユーナもルクスも、心配というより笑いをこらえて釣り竿を握っている。
討伐対象のクラーケンは、巨大なイカのモンスターだ。
ちょっとしたビルのサイズを越えるので、巨大なアイテムボックスを持つ残業ダイスキ部が選ばれた。
今頃、探索者ギルドもピースメーカーギルドも、イカ焼きからいかめしなどのいか料理の準備をしているだろう。
討伐したら、その身はどちらのギルドにも卸す約束をしているので、ここは素早く倒して戻りたい。
「うちで貰えるぶんは、何のいか料理にしましょうか」
「そうねえ、寿司でしょ。イカリングとかどうかしら」
「だから、食べ物の話を……」
ビンっとルクスのまぐろ用の釣り竿が、反応する。
「まぐろユッケ、漬けマグロ、ネギトロ丼ーーーー!」
海ダンジョンに入って、何匹分のまぐろになるだろうか。
怪力で釣り竿を巻くルクスは、引いても引いてもこないマグロに首を傾げた。
ユーナは、いつの間にか黒くなっていた海面を釣り竿でつつく。
「ゲボク、もしかして……!!」
釣り竿のまぐろを一飲みにした、大きな影が揺れる。
「これって、クラーケンですか!?」
ザバリと、影が直立する。
見上げても見上げても、その白き巨体はつやつやと光ってくねる。
「イカソーメン、何万人分ですかね……!?」
ルクスの間抜けな問いに、返事はなかった。
海のモンスター、クラーケン退治が始まった。




