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血戒の心臓  作者: 天野地人
第一章
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第8話 第二の伝言

 ハーナル公園は王都の管理する、アースガルズ最大の公園だ。洒落た街灯やタイルで舗装された美しい区画は、緑も多く、市民の憩いの場だった。


 しかしその美しい公園には今は多数の吸血鬼が犇めいている。ヘルヴォル市場と同様、軟体生物を思わせるグニャグニャとした生態のものが多い。中には猿のような動物の形をした吸血鬼や昆虫、爬虫類の形状をした吸血鬼も数匹交じっている。

 広さもあるせいか、全体の数はヘルヴォル市場の時の倍以上だ。


 ヘルヴォル市場は王都の南端に位置するが、ハーナル公園はより中央区に近い場所にあり、ヴァルハラ城にも近い。明らかに、前回より内部に入り込んでいる。


 ルヴィスとユナが駆けつけると、グラニ=アランシス率いるヴァルキリー聖騎士団と王都軍、その紋章部隊がユナを待ち受けていた。公園の中の吸血鬼を囲むように布陣している。


「何という数だ……! グラニ! これはどういう事だ⁉」

 ユナは吸血鬼を睨みながら副団長に説明を促す。グラニは皮肉そうに笑い、相変わらずの飄々とした態度で答えた。

「さあて……温かくなったから吸血鬼の連中も公園でピクニックって気分になったんじゃないですか?」

「戯言はいらん! ……他に被害は出ていないのか?」

「ええ。……妙ですね。連中、まるで降って湧いたかのようだ」


「………。分析は後にしよう。まずは吸血鬼共の排除だ!」

 ユナはグラニや聖騎士を振り返り叫ぶ。ルヴィスはその側を駆け抜けた。

「俺は好きにさせてもらうぞ」

 そして真紅の瞳の周囲に魔術式が浮かび上がると、ふわりと宙に浮く。その手には白銀の剣の姿へと形を変えたレーヴァテインが握られていた。

「ルヴィス!」

 ユナは咎めたが、ルヴィスはそのまま吸血鬼の群れに向かって斬り込んでいった。グラニは肩を竦める。

「いいんですかい?」

「……今は奴の事は捨て置く。かかれ‼」


 ユナはクルースニクを引き抜き、空に向かって掲げ、叫ぶ。ユナの号令で聖騎士団と王都軍が吸血鬼に向かって突っ込んで行く。広い公園はすぐに乱闘状態となった。


 ユナはクルースニクとグレイプニルを巧みに操り、軟体生物状の吸血鬼を率先して倒していく。

一方ルヴィスも魔術を駆使しながら、次々と吸血鬼を倒していった。目の前の四匹の軟体生物系の吸血鬼を次々と斬り倒していくと、すぐ目の前に猿型吸血鬼が現れ、ルヴィスに向かって飛び掛かって来る。


 ルヴィスは素早い身のこなしでそれを避け、すれ違いざまに炎を纏ったレーヴァテインでその胴を薙ぐ。剣を追尾する様に炎が弧を描き、獣の毛が焦げた臭いが漂った。

 猿は尚もルヴィスを捕えようと巨腕を振り回した。ルヴィスの瞳が赤光を帯び、魔術式が明滅。猿型吸血鬼は炎の竜巻に呑まれ、耳障りな叫び声を上げてその場に倒れる。


 ルヴィスは同じ要領で剣と魔術を駆使しながら、爬虫類型など大型の吸血鬼を次々と難なく仕留めていく。気づくと、一人で六割がたの吸血鬼を倒していた。

 聖騎士や王都軍も後に続けとばかりに奮闘を見せている。


 楽勝かと思われたその刹那。

 

 地を割らんばかりの咆哮が轟いた。

 上空から飛竜――リンドブルムの姿をした吸血鬼が舞い降りる。


 リンドブルムは公園のタイルを踏み砕き、粉塵を撒き散らせながら着地すると、挨拶代わりと言わんばかりに魔術式を発動した。

 次の瞬間、電撃を帯びた魔術が広範囲に展開される。周囲にいた軟体系の吸血鬼が何体かがそれに巻き込まれ、一瞬にして動かなくなった。その場に力なく倒れ込む吸血鬼たちを目にし、王都軍と聖騎士に戦慄が走る。


 大きさだけでも十分脅威だというのに、その上血戒魔術を使うとは。


 一方、竜の魔術式から魔術の内容を読み取っていたルヴィスは即座に己も魔術式を発動し、障壁を作ってそれを防いでいた。同時に炎の塊を複数出現させ、龍にぶつける。

 しかし、龍の体皮は炎耐性に優れているのか、二、三度激しく身を捩るとルヴィスの作った炎弾を弾き飛ばしてしまった。


「ち……‼」

 毒づく間もなく、竜の二度目の血戒魔術。雷撃が広場を包み、今度は王都軍の兵士も多数巻き込まれた。

「ぎゃああああ‼」

「うあああああああああ‼」

 公園は瞬く間に地獄と化した。高圧の電流を叩きこまれた兵士たちがバタバタと崩れ落ちる様に倒れていく。


「く……炎耐性か……⁉」

 離れた場所でルヴィスとリンドブルムの応酬を見ていたユナは、行く手を遮る軟体系の吸血鬼を斬りつけながらルヴィスに加勢しようと走り寄る。

 しかし竜の吸血鬼は口から小型の雷球をいくつも吐き、ユナの進路を阻んだ。ユナはそれを短剣状のグレイプニルで払いながら歯噛みをする。


 判断が遅れれば死傷者が増える一方だ。 

 思わず叫んでいた。

「ルヴィス! これを使え‼」

「ユナ……⁉」

 ユナはそう叫ぶと振り回していたクルースニクを上空にいるルヴィスに向かって一直線に投げた。ルヴィスは空中でそれをキャッチする。更に振り上げようとして、思わぬ重力の抵抗を受けた。がくん、と空中で体勢を崩す。

「げっ……何だこれ、重さハンパねーぞ‼」

 ユナが涼しい顔をして振り回していた大剣は、見た目以上に重量があった。そういえばフェンリル族は人間とは比べ物にならないほど怪力なんだっけか、と思い出す。


「つべこべ言うな! クルースニクならあの程度の吸血鬼、間違いなく仕留められる‼」

 ユナは同時に鞭状に変形したグレイプニルをリンドブルムに向かって放つ。グレイプニルはその首に雁字搦めに巻きついた。リンドブルムは不快そうな鳴き声をあげ、身を捩って束縛から抜け出そうとする。


 ルヴィスはその隙に竜の上空へと移動する。そしてクルースニクを振り上げた。

「そんじゃま、ありがたく使わせて頂くとしますか‼」

 ルヴィスは血戒魔術を発動させながら、クルースニクを竜に向かって投げおろす。クルースニクは魔術によって熱波を帯び、加速度的に勢いを増しながら竜の体を貫いた。



「ギュアオオオオォォォォォォォォン‼」


 

 ルヴィスの炎はクルースニクを介し、リンドブルムの体を内側から焼き尽くす。リンドブルムの体は一瞬で灰になり、崩れ去った。

 後には地に深々と刀身が突き刺さったままのクルースニクが蒸気を上げるのみ。


「……。終わった、か……」

 ルヴィスは地に降り立ちながら公園を見渡す。


 ハーナル公園には多くの吸血鬼の死骸や負傷した兵士たちが折り重なって倒れていた。ヘルヴォル市場の時より建物などの被害は少ないものの、人的被害は多い。民間人の被害は少ないとはいえ、とても両手を上げて喜べる状況ではなかった。


 ルヴィスは軟体生物系の吸血鬼の死骸に近づき、一つ一つ調べていった。剣の姿のままのレーヴァテインが声を掛ける。

『主様、何か気になる事があるのですの?』

「………」

 違和感がルヴィスの胸を過った。

(やはり下級の吸血鬼か。竜のタイプが辛うじて中の下……ほとんど雑魚だと言っていい。王都の周辺は結界で幾重にも守られている筈……こいつらどうやってここまで入り込んで来たんだ……?)


 アースガルドの周囲を守っている結界はミズガルズの中でも一際強固なものだ。吸血鬼は簡単には侵入できないようになっている。先王の時代ならいざ知らず、ジークフリートによる神聖魔術によって守られた現在の状況を考えると、尚更不自然さを感じずにはいられなかった。

 リンドブルム型の吸血鬼もこの中では確かに強かったが、吸血鬼全体からするとさほどでもない。どうにも腑に落ちなかった。


 一方ユナはクルースニクを回収し、軽々と一回転させると、自分の鞘に納める。グラニが腕組みをし、飄々とした口調でユナの後ろから話しかけた。

「……それにしても、意外ですね。騎士団長がクルースニクをあの吸血鬼王に自ら手渡すとは」

「吸血鬼を仕留めるためだ。おかしいか?」

 ユナはグラニを振り返った。

「随分と奴を信頼しているんですな」 

 グラニは意味ありげに唇の端をつり上げる。ユナは動揺し、自分が動揺したことに驚いて更に取り乱した。

「なっ……馬鹿を言うな! 仮にも相手は吸血鬼王だぞ! 私が奴に手を貸したのはそれが王命だからだ。それ以上の理由などない!」

「……成る程?」

 言葉とは裏腹に、グラニの視線には含みがあった。――まるで、こちらを咎めるような。ユナは少々むっとする。何か誤った判断をしただろうか。


 

 しかしその時、兵士の一人が青い顔をして二人に走り寄って来た。

「ほ、報告します! ハーナル公園の公園に設置してあるベンチに、あの古代文字のメッセージが……‼」



 ユナとグラニは、同時にはっとする。ユナはルヴィスの方を向き、叫んだ。

「ルヴィス、来い! 例の書置きだ‼」

 ルヴィスもすぐに合流する。


 三人は兵士に連れられて公園の端にあるベンチへ向かった。

 木製の素材に、黒鉄の手摺や装飾の施された、品のいいベンチ。それが三つほど、等間隔に並んでいる。そのベンチの背には確かに紅い古代文字の文章が記されていた。しかもヘルヴォル市場の時のものより長い。ユナは深刻な表情でそれを見つめた。

「……これを発見したのはいつだ?」

「つい先ほどです。吸血鬼の殲滅後、その死骸を回収する際に王都軍の兵士が見つけたとのことです」

「ルヴィス、何て書いてある?」

 その場の人間の眼がルヴィスに集まる。しかし当のルヴィスはメッセージを睨んだまま黙りこんでいだ。


「……ルヴィス?」

 僅かな逡巡の後、ルヴィスはようやく口を開いた。



「――――《惨劇は繰り返されるだろう。二匹の狼は互いに争い、運命は堕落する。そしてラグナロクが訪れるだろう。》」



「ラグナロク……?」

「どういう……ことだ……?」

 ユナだけでなくグラニも他の兵士も意味を知らないのか、首を傾げている。ルヴィスは古代文字を見つめたまま説明を始めた。


「《エインヘリアルの書》だ。その歴史書によると、今から百年ほど前、三十三代アースガルズ王、ジェラルドの治世は史上最悪のものだったと記されている。その酷さは昼の狼と夜の狼が喧嘩をし、運命の三女神が勤めを放棄するほどだったとな。

 その結果、史上稀にみる深刻な吸血鬼の侵攻を招き、ミズガルズは危うく《神々の黄昏》――ラグナロク【終焉】を迎えるところだった。これを残した者は、このままではその時の事を繰り返すことになる、と言いたいんだろう」 


「つまりこれは……」

「王政批判……という事か……⁉」


 ユナとグラニの表情が険しさを増す。ルヴィスは頷いた。

「どうやら王としてのジークフリートに不満を持っている者が存在するようだな」

 その場が静まり返る。けしからん、と真っ先に怒鳴りそうなユナも、深刻そうに俯いて

いる。


 アースガルドの歴史の中に於いて、権力闘争など珍しい話でもない。そして、その多くが王位継承に関わるものだった。時期を考えれば、驚くほどの事ではない。

 だが、権力闘争とは大抵ヴァルハラ城内部で行われるものだ。こういう形で事が露見した事例は他に聞いたことが無かった。ユナも戸惑っているのだろう。



「お話は終わりですか~~?」



 不意に場違いなほど能天気な声が、その場の緊迫した空気を一掃する。

 

 それは若い女の声だった。全員がぎょっとして視線を横に向ける。

 メッセージが描きこまれているベンチの二つ隣のベンチに、ルヴィスやユナと同じくらいの年代の少女がちょこんと座っていた。

 かなりの美少女で、踊り子のような露出の多い衣装を身に纏い、足を組んで悪戯っぽい仕草でこちらを見ている。


(こいつ……いつの間にここに……?)

 ルヴィスは眉をひそめた。確かにここに駆け付けた時は、付近には誰も居なかった筈だ。


 少女はルヴィスの様子には構わず、にこにこと話を進める。

「昨日はどうも~。そちらのフェンリル族の方は、聖騎士ヴァルキリーの騎士団長さんだったんですね~」

 その言葉で、ユナの記憶が甦る。スラム街の宴会でルヴィスを踊りに誘った踊り子だった。

「この者……昨日、スラム街で……! お前の知り合いか、ルヴィス?」

「いいや、知らん」

 あまりにもきっぱりと否定するルヴィスに、ユナは呆れ返る。

「知らんって……一緒に踊っていたではないか!」

「そうだっけか?」

「……って、覚えてないのか⁉」

「あれはその場のノリでだなあ……」

「何だと⁉ いい加減な奴だ!」

『失礼ですの! あなたなんか、酔っぱらって寝てたじゃない!』

「う……ぬ……!」

 レーヴァテインの一言に、ユナは真っ赤になって小刻みに震える。よほど酔い潰れてしまったことが堪えたらしい。


「まあ、そういうもんだろ。……それよりスラム街の踊り子がここで何してる?」

 ルヴィスは踊り子を睨んだ。しかし踊り子はそれを平然と受け流す。

「それは~、吸血鬼王さんにお話があって……あ、そうだ! 自己紹介がまだでしたよね?」

 そう言うと、踊り子はぴょんとその場に立ち上がると両手を後ろに回し、小首を傾げてにっこりと魅力的に笑った。


「私は~、えっと……《フレイア》っていいますう~~。



 こう見えても~、吸血鬼なんですよ!」





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