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まだ出れない。

 腹が鳴った。


 盗賊が片眉を上げ、小さく舌打ちをして戻っていった。

 と思ったら、食べ物を持って戻ってきた。

 盗賊なのに意外と優しい!


 でも、そうじゃない。仮想それじゃお腹は膨れない! いや、食べるけどね。食べた気になれば多少は空腹感も紛れると思うし。


 現実世界じゃ見慣れないパンと、現実世界で出て来たらコンソメスープ? って思うよな見た目の具の浮かんでないくず野菜のスープ。

 でも仮想の世界(ゲーム)ではポピュラーな食べ物。ゲーム序盤はだいたいコレ。初めて出て来た時は、感動で笑顔になり、一口頬張れは真顔になる。

 決して美味しくは無いけれど、ゲームごとに少しづつ違う味が気になり、一回は食べる。そんな料理だ。

 さて、コイツはどんな味がするんだろうか。






 ゴチソウ? サマデシタ。

 いやあ、不味かった! ちょっと味覚パラメータを設定したやつを殴り飛ばしたくなるくらいには不味かった。

 ほら、隣のNPCですら渋い顔して食べてる。量が少なかったのがせめてもの救いだけど、これじゃ食べた気にはなれん。

 さっさとダイブアウトして飯食いに行きたい。この口に残る渋みを忘れるためにもカレーが食べたい。


 腹が鳴った。


 隣のNPC二人が顔を見合わせ、おずおずと言った感じて残ったスープを差し出してくれた。

 優しい! でも違うの!






 二人に貰ったスープを平らげ、空腹のことは一旦忘れることにした。これ以上食べ物に思いを馳せ、あのスープが出て来たらと思うとちょっと、いや、かなりまずい。二重の意味で。

 気を紛らす為にも現状の把握に努める。

 あるはずのない森があったり、いるはずのないNPCがいたりする時点で何かしらのバグではなく、誰かの悪戯だ。

 開発者用のコマンドすらも弾かれたのは悪戯にしてはやり過ぎだ。誰がやったかは知らないが戻ったら始末書と反省文コースをお見舞いしてやろう。

 こっちからは為す術がない以上どうしようもない。

 どうしようもない事で悩むのはやめて、迎えが来るか現実(そと)から何とかされるまでは現状を楽しもう。


 盗賊に捕まってる状況を楽しむってのも変な表現だけど、こういう場面はゲームで良くある。

 初めてプレイしたVRゲームもたしかこんな風に捕まってる状況から始まったし、なんだかよく判らない内に仮想()世界に迷い込んでしまったなんて、子供の頃によく読んだファンタジー小説みたいだ。

 そうすると、次は隣の女の人を連れて脱出するってのがセオリーかな。

 隣を見て、俺に任せておけ! ってな感じの笑顔とウインクをかましたらスゴイ嫌なモノを見たような顔とスゴイ可哀想なものを見たような顔をされた。解せぬ。






   §   §   §






 夜になってしまった。


 別に脱出する機を伺っていたとか、盗賊が寝静まるのを待っていたとかじゃない。

 行動を起こす前に、NPCと会話できるようにしようと翻訳AIをロードしたところ、エラーが返ってきた。

 もしかして開発者権限を根こそぎ奪われた!? と思ったけど、エラーの内容はリソースエラー。

 AIのサイズが大きすぎてロードできません。って事だった。

 確かに、前のプロジェクトで使用していたのを、そもままロードしようとしたので大きいだろうけど、初期化して真っ更な状態のサーバーにロードできないのはおかしい。

 おかしいのはおかしいけど、今は原因を突き止めるより、NPCのと会話が先だ。

 不要な学習データを削ってAIのサイズを小さくする。その作業をしてたら思いの外時間が経っていた。


 時間はかかったがAIのロードは出来た。話しかけてイベント進めるぞー! と、隣を見たら二人共眠ってた。盗賊も見張りらしき数人を残して眠っている。

 どうしよう。起こすのは可哀想な気もするけど、脱出するならチャンスかもしれない。

 それに、そろそろ現実そとから何かしらの反応があるはずだ。あって欲しい。

 泊まり込んで仕事するのはよくあるので終業時刻がすぎても放ったらかしにされてる事にはこの際気にしないけど、昼飯も晩飯も食わずにずっとダイブしたままなのは流石にヘンでしょう?

 まさか明日の朝礼まで放置する気かな? そうなったらこの悪戯犯は始末書&反省文程度では済まないと思うんだけど、何考えてるんだろう。


 まあいいや。いや、よくはないけど、どうしようもないし。明日の朝礼が最大のタイムリミットとして、それまでは遊んでよう。



 木の棒で女の人を(つつ)く。前みたいに檻を叩いて音を出しちゃったら盗賊にも気付かれるかもしれないからね。

 つんつん(つつ)く。

 女の人を棒で突く。なんだかいかがわしい気分……にはなんねぇな。そんな状況でもないし、何しろ檻越しだし遠いしで、猛獣をからかってる気分のほうが近い。

 あぁでも棒を介して感じる仄かな柔らかさが何とも。

 あ、起きた。あ、待って、悲鳴は待って!

 慌てて棒を引っ込めて口指を当て、静かに! のジェスチャーをする。あ、ダメだわ。暗くて見えてないっぽい。

 洞穴で悲鳴はさぞ響くだろうなあと身構えてたら女の人の横から手がぬっと伸びて口を塞いだ。良かった、異変に気づいてもう片方の女の人も起きたようだ。


「起こしてごめんなさい。大丈夫、危害を加えたりはしません。少し話がしたくて」


 ギリギリ聞こえるかなってくらいの小声で話しかけたら、驚かれた。


「言葉、判るんですか?」


 ああ、うん。そうだね。確かに、昼に言葉が通じなかったからいきなり分かる言葉で話しかけられたらびっくりするわな。でも、その反応すごく人っぽい。

 翻訳AIを介して話すことが前提のNPCが言葉が通じる、通じないを気にするのは無駄な処理だ。普通は通じる前提で作られる。通じなければ無視されたかと判断するか、ファンブル又はキャンセル扱いになる。

 変なNPCだと思いながらも会話が成立することに苦労の甲斐があったと、少しの喜びを感じつつ話をすすめる。


「えぇ、判ります。名前を教えてくれませんか?」


 二人で見合わせ、軽く頷き合ってから返事が返ってくる。


「私はクレア、この子はターニャ。あなたは?」


「俺はコスモです」


 棒で突いたほうがターニャで、その口を塞いだほうがクレアか。

 よし、ひとまずミッションコンプリートだな。

 自分の中で勝手に定めていた目標である『助ける相手の名前を聞く』を達成できて満足していると、話しかけられた。まだ会話は終了してなかったらしい。


「あの、それで話ってなんですか?」


「ん? ああ、名前を聞きたかったんです」


 そう答えるとクレアに怪訝な顔をされた。


「それだけ、ですか?」


 頷きかけて、はたと考える。

 自分の中ではタイムリミットとか、名前を聞くという目標に向かってひたすら作業を続けていた、という理由が存在するけど、彼女らにしてみれば、ただ名前を聞くためだけに寝ているところを起こす奴である。

 それは人としてどうなんだろう。たとえ相手がNPCだろうと礼を欠いた行為だ。慌てて言葉を紡ぐ。


「えっと……、クレアはなんでココに居るか教えて下さい」


 我ながらアホな質問だなあ。捕まったからに決まってるじゃん。でも脱出に向かって話を持って行くにはコレしか浮かばなかったから仕方ない。


「私とターニャは同じ村に住んでて、今朝二人で森に野草を取りに入ったところで山賊に襲われました」


 あれ? 終わり? お願いです! 助けてください! って続かないの?

 と言うか、今朝拐われたのか。ということは近くに村がある!? いや、そういう設定なだけかもしれない。


「コスモ、さんは何処から? この辺には私たちの村しかありません。もしかして、巡礼者ですか?」


「巡礼者? いや、俺はただの迷子……じゃなくて、放浪者……でも無くて、旅、冒険者です。森を探索中に捕まりました」


 新たなキーワードに気を取られて、とっさにそれらしい答えが出なかった。

 巡礼者か。悪戯にしては無駄に設定が凝ってるな。NPC――クレアの反応も不自然なくらい人っぽい自然な反応だし。不思議だ。

 因みにターニャはうつむき加減で相槌をうってる。寝てるともいう。


「冒険者、ですか。よく分かりませんが、巡礼者じゃ無いならどうしてこんな所に?」


 冒険者が分からない? ファンタジーならばゲームだろうがアニメだろうがどんなメディア作品にも出てくるような職種なのに通じないとは。


「冒険者ってのは、危険を冒してでも探究心の求めるままに旅をする者って意味です。それで、巡礼者について聞きたいんですが」


「巡礼者っていうのは、この森……迷いの森を抜けた先にある、霊峰にお参りに向かう人のことです」


「クレア、迷いの森ってなんですか?」


「知らないで森に入ったんですか!?」


 すごいびっくりされたが、知らなかったのは確かなので頷いておく。

 たしかに、物騒な名前ではある。


「迷いの森は、霊峰から降りてくるマナを豊富に蓄えています。その為、普通の森よりも木々や草花が生い茂り、非常に薄暗く見通しが悪いのです。

 更に、長年にわたってマナを吸った木は魔木(まぼく)となり、自ら移動するので同じ景色を留めることがありません。

 その上、時折発生する霧はマナで満たされているため、魔術的な探査も有効ではないそうです。

 また、その特性を利用して、ならず者や山賊が隠れ家として潜み、時折訪れる巡礼者や、迷った者を攫い、奴隷として売っているとか」


 想像以上に物騒な森だった。たしかに、そんな森を知らずに探索してたなんて言われたらその無謀さに驚く。

 俺なら知ってたら絶対入らない。しかし、この二人は知ってて野草を採りに入ったのか。自殺行為じゃないの?


「私の村から森を抜け、霊峰に向かうための特別な楔が打ち据えられているので、それを見失わないように浅い場所で採取するくらいならそれほど危険ではありません。

 山賊も、見つかりやすい村の近くには出てこないはずなんですけど……」


 ちゃんと対策があったのね。でも、運悪く山賊に出くわして捕まってしまったと。






 ふむ。そろそろ脱出イベントを進めようかな。

 リアルから助けが来そうなら、このよく出来た設定を聞いてようとも思ったけど、既に終電の時刻を過ぎている。どうやら朝礼コースらしい。

 夜通し話すのも会話が続かないだろうし、脱出するにはいいタイミングだろう。


「クレアは、今からココを出たとして、俺を村まで案内できますか?」


「今から、ですか? そうですね……、僅かな月明かりも森の中には届かず完全な闇でしょう。その中を彷徨い、村までたどり着くのはどんな人にも無理でしょうね」


 何聞いてたんだこいつみたいな目で見られた。いや、まあ確かにその通りです。迷いの森の説明聞いてからする質問じゃないな。

 つまりここから脱出した後、彼女らの村までエスコートする必要があると。


「クレアは村の方向が分かりますか?」


「分かりません」


「この場所まで行けば村の位置が判るという所をクレアは知っていますか?」


「……霊峰の(ふもと)か草原に出られれば、或いは」


 霊峰の麓には行けそうにないが、草原に出るだけなら何とかなりそうだ。

 なにせ、草原は元居た場所、つまり、一度行・・・ったことのある(・・・・・・・)場所・・である。RPGでお馴染みの通った場所を表示していくスクラッチタイプのマップであれば、地形情報がなくても通った場所かどうかは判別できる。

 幸い作りも単純なので、通った場所の座標さえわかればすぐに作成可能だ。そして、座標は行動ログとしてしっかりと記録されている。完璧だ。


「クレア、俺は夜の森でも草原まで辿りつけます。そこから村まで案内して下さい」


「あなた、ココに連れてこられた時気絶していたでしょう」


 気絶してたのに道が判る訳がないと言いたいのか。尤もな意見だ。


「大丈夫。俺が森へ入った草原の位置は途中気絶してようが判ります。そこまで戻ることは絶対にできます。俺を信用して下さい」


「……草原まで行けるとしましょう。でも、この檻や山賊の見張りはどうするのです?」


 正攻法ではないけど、その辺はどうとでも出来る。でも、説明するのは難しく、面倒くさい。


「大丈夫。なんとかします。俺を信用して下さい」


 NPCを安心させる魔法の言葉である。

 全く根拠の無い「大丈夫」であるが、このフレーズで大抵のNPCは説得できる。この場合も上手くいくはず。大丈夫。


「……わかりました。あなた、いえ、コスモを信用します。私たちを村に帰して下さい」


 ほら、ね?







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