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突然の襲来Ⅱ

「……全く、面倒なことになったわね……」


 灯り一つない、薄暗い宮殿の中で少女は気落ちしたようなため息がこぼれ落ちる。


 そこは渡り廊下だった。かつて、ネコミミとその姉が喧嘩して、ボロボロになった渡り廊下だ。辺りには窓ガラスの破片がそこらに転がり、壁にはコケが侵食していた。


「私もそう簡単に捕まるような弱者じゃないのよ」

 ネコミミは姉との間合いを十分に取り、すでに臨戦態勢に入っていた。


「ほんっとうに、あんたはよく私の邪魔をしていたじゃない? あの時のみたいに……。あんたがあのまま大人しくしてくれれば、私は今頃あなたを主人の下に送りつけることが出来たというのに……」


 彼女は巨大な鎌を器用に手首で回転させると、そのまま切っ先をネコミミに向けた。


「お姉ちゃん……、いえ万由まゆ・ヴァン・キューレ。どうして生きているのかはともかくとして、今更何のようかしら?」


 ネコミミは敵意しか見出せないような冷たい視線を万由に向けた。


 両者の間に殺伐とした異様な空気が漂い始め、周囲の壁が窓ガラスがミシミシと思わず悲鳴を上げた。


「別にいいじゃない? 何でも……。ただのリベンジよ、あの時のね」


 万由は口元に冷たい笑みを浮かべた。そして、同時にネコミミに突拍子も無く切りかかる。


 しかし、ネコミミはさっと身を翻し、その攻撃を素早くかわした。

 万由の鎌の切っ先は虚空を凪ぎ、大きく床をえぐった。


「いきなり攻撃とはなかなか落ち着きがないじゃない? ひょっとして、召喚魔法を使わせないつもりかしら」

 ネコミミは余裕の笑みを浮かべ、万由を嘲笑する。


 万由はかわされた一振りを素早く構えなおすと、腰辺りまでかかる長い黒髪を振り乱し、再び激しい攻勢に入った。


「笑わせないでもらえるかしら? 私がその程度で怖がるとでも?」

 万由は鎌を両手で大振りに振り回し、何度もネコミミ目掛けて切り付ける。


「それじゃ、あの時と何が違うかというのを見せて欲しいところね」

 しかし、ネコミミは素早い身のこなしで彼女の鎌を全て回避し、バックステップで彼女との間合いを大きく取る。


「変わったわね、千河。あれから一体何があったのかは知らないけど、すっごい生意気になったじゃない! 次は私があんたを殺す番よ!」


 万由は悔しそうに鎌を握り締める。鎌を握る両手は怒りに震え、あまりの力に鎌が軋む音さえ聞こえてくるほどだ。


「そう、それならやってみれば……」


 『そう、それならやってみればいいわ。出来るかどうかに関しては、なかなか面白い実験なのよね』……と本来なら、ネコミミはそう続けていたはずだ。そう言い切っていたはずだろう。


 しかし、そこには自身の腕をかばい、苦痛をを訴えるように顔を歪めているネコミミの姿があった。


「さっきのは……一体……?」


 負傷していたのだ、上腕を。ネコミミの真っ白な素肌に返り咲いた真っ赤な花……すなわち鮮血だ。ネコミミは今、あり得ないような光景を目にしたのだった。万由がネコミミの前で鎌を構えて仁王立ちしているかと思えば、急に腕をやられた。そして、痛みでやられた方に振り返ってみれば、そこには変わり果てた万由の姿があったのだ。髪は黒から白銀に変色し、瞳は両目ともにネコミミと同様血を思わせるほどに真っ赤な色だったのが、右目だけ金色の瞳を有しオッドアイとなっていたのだ。そして、それと同時にさっきまでネコミミの前で鎌を構えていた万由の姿はいつの間にか嘘のように消えていた。


「ふふふっ……驚いた? 驚いたんじゃないかしら? こんな姿は……。だって、当然よねぇ千河? あんたは召喚魔法の研究ばっかで、こっちには微塵の興味を示さなかったんだものねぇ……。これは猫神の力の一部を体内に宿した時の仮の姿、言ってみれば神の力なのよ。まぁ元々の魔力量の関係もあるだろうから、最初からあんたには関係の無かったことなのかもしれないけどねぇ!」


 言って、万由はネコミミの腕を鎌で切り裂いたと同時に、身を翻しながら鎌を振り回してネコミミを後方に吹き飛ばす。

 ネコミミは後方に大きく後方にぶっ飛ばされ、石で出来た壁に衝突し、砂煙が巻き起こる。


 その刹那、瞬時に万由の懐に入り込んだアトラスが万由のみぞおちに強烈な殴打を叩き込む。


 アトラスに殴られた万由はその勢いを殺しきれず、体勢を崩しながら数メートルほど後退する。


「まさか、さっきの一瞬で召喚魔法を使えるようになっていただなんて、成長したじゃない?」


 万由は嘲笑するように言って、勢いよく片手で鎌を振り回した。

 そして、砂煙が完全に消え去った後、万由は驚きと共に大きく両目を見開いた。

 何故ならば……、


「おかしいわね……、確かに私は鎌で千河を切り裂いたはず……。確かに手ごたえもあった、なのに……一体どこに行ったのよ! 千河!」


 消えていたからだ、ネコミミはアトラスを召喚したと同時に姿を消していた。

 万由はその身に抱いた確かな違和感を口に出さずにはいられなかった。

 彼女の持っている巨大な大鎌の切っ先……、そこには確実にネコミミを捕らえた手ごたえが残っていたのだから。


「おいおい、万由だったか? 正直あんま覚えちゃいねえが、俺の一発をまともに受けてそこまでピンピンしてるっていうのもなかなかやるじゃねえか。さては、その猫神の力という奴か?」


 さっきから、目の前の自分自身ではなく千河ばかりに意識が行ってしまう万由の態度に、アトラスはまるで無視されたような気分で彼女に問いかける。


「まあ、とにかくとして教えといてやるわよ。猫神の力っていうのをね。ちゃんと味わうことね、その身体で!」


 万由はアトラスが返答するや否や、巨大な鎌を構え攻勢に出る。

 構えは上段、アトラスの真上から巨大な鎌の切っ先が竜の牙のように襲い掛かる。


 しかし、その一撃はセレナの一閃ほど速いわけでも無ければ、メイリスの蹴り技ほど強いわけでもない。


「そう言う割には、やさしい一撃じゃねえか? 案外大したことねえもんだなぁ、猫神の力っていうのもよぉ!」


 この程度の一撃ならば、アトラスは片手で受け止めることなどまだまだ序の口だ。


「私の鎌を、片手で止めた!?」

 予想外の展開に思い切り頬を引きつらせる万由。

 その驚きように、思い切り声を出して笑うアトラス。


「なるほど、どうやらその程度の力しかなかったってことか。これは傑作だ! だとすれば、今のお前じゃ私を倒すことは絶対にあり得ないってことなんだからな!」


 瞬間、万由の手にした巨大な鎌は消え失せ、それはアトラスの手元に顕現する。

 万由はさらに悔しそうに歯を食いしばる。

 ただでさえ、この実力差であるのに、その上自身の武器も奪われてしまえば、完全に成す術はなくなってしまう。


 しかし、悔しそうな表情を見せたと思えば、その後に一瞬だけニヤリと不敵に微笑んだ。


 絶対絶命であるはずの状況を楽しんでいるのか、或いは、何らかの打開策があるのか?


 どちらにしても、ただアトラスの優勢でこのバトルが終わるようには見えない感じだ。


「まさか、武器まで奪ってくるなんて聞いてないわね。さて、どうしようかな……?」


 万由は心底困っているとでも言いたげな様子で、腕組みして考え込むような仕草を見せる。


 しかし、1秒の反応遅れですら致命的になると言うのに、戦闘中に深く考え込むなど自殺行為も甚だしい。

 もちろん、アトラスはその隙を逃すはずがなかった。


「そうか、それならいいことを教えてやるよ! そのまま私にやられてしまうこったな!」


 アトラスは全速力でその場を飛び出した。

 力強く蹴り上げられた地面に、わずかなクレーターが生じる。

 疾風のごとく数メートルほどの間合いを一瞬で詰めると、アトラスは鎌を振り回し万由の身体を薙ぎ払った。


 アトラスの薙ぎ払った巨大な鎌の切っ先は、見事に万由のわき腹を仕留め、目で見て分かるほどの致命傷を与えた――、




 ――かのように見えたのだが……。




 アトラスはふと、自分のわき腹が奇妙な熱を帯びていることに気づくのだった。

 そして、ほぼ反射的にそこに触れてみる。


 瞬間、アトラスは背筋に電流が走ったような衝撃を覚えた。


「なんじゃこりゃぁぁああああぁぁあぁぁぁあぁぁぁあ!」


 そんな過剰な驚愕を見せるアトラスの姿を、万由は余裕の笑みを浮かべ鼻で笑ってみせる。



 


 ――バラのような紅蓮に染まっていたのだ…………。




 何がとは言わない――。

 それは……、アトラスのわき腹だ。




 思わず不可解な出来事に、アトラスは万由の身体に視線を移した。


 彼女は全くの無傷だったのだ。そして、自分が鎌で切り裂いたはずの右わき腹、ちょうどその部分から鮮血が流れていたのだった。

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