契約の儀式Ⅳ
僕は洞窟の薄暗がりの中を、たいまつの灯火を頼りに懸命に目を凝らした。周囲には灯りなど一切ないのだからそれは仕方のないことだ。
そこら周辺の壁には、エジプトにある古代遺跡内部に描かれたヒエログリフのような、見慣れない不思議な文字があちこちに刻み込まれ、それだけでここが遺跡であると認識するには十分すぎるほどに十分だ。
しかし、期待を裏切るようだが、ここは決して遺跡などではない。そして、周囲の壁に有象無象に描かれた、訳の分からない奇妙な文字も単なるデザインではない。ネコミミによると、これら全ては、儀式魔法の研究に必要不可欠な最低限の魔法式のようだ。
まあ、魔法やら魔術やらの知識を持っていない僕からすれば、そんなものを見たところでさっぱりワカメな話だがな。
「ところで、ネコミミ? ここで、その妖占術とやらを試すのか?」
僕は一通り洞窟の中を見渡してから、ネコミミに声を掛ける。
ネコミミの服装は、こんな薄汚れた洞窟に着て来るような服装とは思えないほどに、身動きの取れない服装だった。何故なら、彼女の着ている服は、豪華な白いドレスだからだ。何を考えて、こんな服装でこんなところに来るのか、まるで意味が分からない。
「そうね。基本的には、ここでしか出来ないのよ。私の妖占術もまだ未熟だから」
ネコミミは気落ちしたように呟いた。どうやら、彼女はまだ自分の力に完全に満足し切れていないようだ。
「なるほど。でも未熟だからと言って、そこらに爆風散らすなよ?」
だから、僕は少し沈んでいるような様子のネコミミを励ますように、軽くあしらう。
「散らすなら、もう少しマシなものを飛ばしてもいいのよ? レン? 例えば、あなたの血液とかね。真っ赤できれいじゃない?」
すると、ネコミミはヒステリック気味の笑い声と共に、負けじと僕に言い返す。
「僕に真っ赤な鮮血を浴びせるだって? それだけのエネルギーがあれば十分だ。お前は別に未熟だって訳じゃない。お前はまだ完成形の途中段階にいて、花を咲かすエネルギーを蓄えているつぼみの段階なんだ。本当に未熟な奴なら、自分のことを未熟だ何て言ったりしないよ。何故なら、彼らは現状に満足しきっているからだ。満足しきっているからこそ、現状から抜け出せず、花を咲かせることができない。つまり、永遠に未熟のままだ」
僕が淡々とそう話すと、ネコミミは驚いたように目を見開いた。
そして、ふと面白可笑しそうに、口元に手を当てて笑った。
「それは未熟というよりも枯れているということになるんじゃない? やっぱり私はまだ未熟ということになるわね」
「まあ、そうみたいだな」
そして、笑っているネコミミを見て、僕も同じように笑った。
「それじゃ、レン? 始めるわよ」
ネコミミは言って、フロアの中心にある石版に手をかざした。
そして、両目を固くつむって、詠唱のような言葉をぼやき始める。
正直、あまりにも早口すぎて何を言ってるのかは分からなかった。
どうやら、これが旧異世界語というものらしい。僕の《トランス・テスラ》の翻訳機能ですら翻訳不可能とは……恐るべしといったところだ。
すると、石版の真上には、光り輝く魔方陣が浮かび上がる。
その魔方陣の中には、この世界全体の地図のようなものが形成され、その中にただ一点、赤色に光るポイントを見出した。
「レン、魔方陣の中の地図が見えるかしら?」
ネコミミは固く閉ざされた目を見開くと、僕にそう問いかける。
たしかに、僕の眼には地図の姿が確認できた。
「ああ、見える」
僕は言葉短く、そう答えた。
「それなら、この地図の赤いポイント……それは見えるかしら?」
物覚えの悪い生徒を丁寧に教え込むように、穏やかな調子でネコミミは問いかける。
「ああ、確かに見える」
そう言って、僕は相槌を打つ。
「そこが、次の異世界転移ワープポイント。だいたい、私達の住んでいる場所から歩いて3日くらいの場所ね。そこまで遠くはないわ」
「いや、歩きで3日って結構な距離だと思わないか?」
平然と言い放つネコミミに対し、気が遠くなる思いでいっぱいの僕。
「まあ、確かに一理あるわね。でも、次の異世界転移ワープポイントが発生するのは、13日後よ。ゆっくり、旅でも楽しみましょ。レン」
「そういうものなのか……」
3日間歩き続けなければ達成しきれないような距離をこれから歩くのか、そう考えると、僕は思わず逃げ出したくなりそうだ。
生憎、僕はそんなアウトドア派じゃないんでね。ゲーマーには辛い旅路となりそうだな。
「そういうものなのよ、レン。この世界の素晴らしさと恐ろしさを身を持って体験してみるのね。なかなか出来ることじゃないわよ?」
ネコミミはニヤリと笑った。
「恐ろしさはいらないんじゃないか?」
僕は最後に弱々しくそう問いかける。
しかし、そんなマイペースなネコミミには僕の言葉など届くはずもなかった。
聞こえてないふりだ、無視されたようだな。
僕はそんな気ままな様子のネコミミを見て、疲れきったような荒々しい嘆息をもらした。
すると、ネコミミは唐突に疲れきったような表情を見せる。
僕はそんなネコミミの様子を見て、何となく無視されたのが許せるような気がした。
どうやら、ネコミミは口では強気なことを口走っているが、実際のところは例の妖占術という魔法ですっかり疲れ切っているのだ。僕だって、疲弊した相手に無理に構ってくれというほど悪魔ではないし、甘えん坊でもない。
「ねえ、レン? また、あなたの血が必要なんだけど、いいかしら?」
ネコミミの身体がふっと力が抜けたように、僕の身体にもたれかかってきた。
急に倒れ掛かってきたので、僕は焦ってネコミミの身体を抱きしめてやる。
すると、ネコミミの身体が、薄手の白いドレスを着込んでいるとは思えないほどに、尋常じゃない発汗量をなのが、衣服の湿り具合から明らかになる。
そして、彼女の表情をよく観察してみた。その額の汗ばみ具合から、ようやく僕はネコミミが変な汗でビショビショになっていることに気づくのだった。
あまりに苦しそうだったので、思わず僕はネコミミの額に触れてみた。すると、あまりの高温に手が火傷しそうになる。
「分かった、もう無理はするな」
僕はネコミミが吸血しやすいように、あえて身を屈めた。
「ありがとう、レン」
ネコミミは、病人のような弱々しく儚げな微笑みを返すと、荒い吐息で僕の首筋に牙を立てる。
僕はチクリとした、首の些細な痛みを堪えながら、ネコミミの体力回復を根気強く待つことにした。そして、身体に押し付けられる胸の柔らかな感触に意識を集中させて、痛みを相対的に打ち消そうと努める。それから、数分ばかり経つと、ネコミミの顔色もすっかり良くなって、以前と比べ明らかに生気がみなぎっているのが見て取れた。
「レン、もういいわ。それじゃ、次の儀式を始めましょ。契約の儀式を」
そういって、ネコミミは相変わらずの悪魔勝りな凶悪な笑みを浮かべる。




