とある真夏の出来事Ⅶ
「また会ったね、火渡レン。奇遇だよ」
絶はそういって僕に微笑み返す。
「奇遇? 確か……あまりに可能性の低すぎる天文学的確率、それを奇遇ではなく必然と呼ぶんじゃなかったか?」
僕は大胆不敵な笑みを浮かべ、問いかける。
「はははっ、よく覚えていたものだね。大したものだよ」
絶はカラカラと笑い、親しげな笑みを浮かべながら僕の方に歩み寄ってくるのだった。
「まあな。それはそうと、これは何か必然の出来事なんだろ? 一体僕に何の用なんだ?」
「ああ、そのことかあ。その件については、用があるのは僕の方じゃなくて君のほうなんじゃないかな、火渡レンくん?」
そして、大胆にも彼女はゆっくりと僕に顔を近づけてくるのだった。
僕は思わず、水着姿の彼女に見入ってしまう。
制服の上からでも確認できるほどの大きな胸や、女性らしくしっかりとくびれのあるウエストのライン、そして、いかにも肉付きの良さそうな大胆なヒップ。
加えて、背筋が思わずぞっと震え上がるほどに美しい彼女の整った顔立ち。
正直なところ、僕はここまで人の顔に美しさを感じたことはなかった。
本当に何度見ても美しい顔なのだから、こちらとしては参ってしまう。
しかし、その反面ここまで人の顔に恐怖を感じたことも僕はなかった。
美貌と恐怖が入り混じった、どうにも奇妙な顔立ち。
何をどうすれば、こんな奇妙な組み合わせになるのだろうかと、ふと疑問に思ってしまう。
全く以って、彼女のミステリアスさには白旗ものだ。
その病的なほどに、青白さすら感じてしまうほどの真っ白な素肌に思わず見とれてしまっている僕がすぐそこにいるという事実に、僕は心底驚いてしまう。
「よし、それなら聞いてみようか、神保さん。あなたの身長、体重、スリーサイズは?」
「うん。身長は165センチ、体重は56キロ、スルーサイズは上から90、64、93だよ」
あれ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………?
「いや、即答するなよ!」
思わず僕は彼女に叫ばずにはいられなかった。
「あれ? 僕……何か悪いことでも言った?」
すると、絶は何気ない表情で首を傾げる。
「いや、確かに何も悪いことは言ってないよ? でも、さすがにスリーサイズおよび身体に関するデータを聞かれたら、せめて戸惑うような動作ぐらいしようよ。どんな真面目ちゃんだ!」
「えーーっ? でも、別に隠すようなことでもないよね。誰かに知られたからって命を狙われる訳でもないし、それが原因で不仲になる訳でもないからね。何で戸惑うのか僕にはさっぱりだよ?」
「いや、そういう問題ではないだろ。そうじゃなくて、普通の人はそのデータが他人に知られること自体が問題なんだよ。ていうか、お前の神経は本当に一体どうなってるんだ!?」
「それは心外だなあ。僕はこの通りいたって普通の真面目な一般人じゃないか。ところで、君はさっき僕のことを真面目だと言ったよね? 君はひょっとして世の中の真面目な人間を全て善人だと思っているんじゃないか?」
絶は肩をすくめながら言うと、ニヤリと怪しく微笑む。
「いや、さすがにそれはないと思っているが……」
僕はどこか腑に落ちないような表情で答えると、
「うん。正解だよ」
と絶はあっさりと僕の考えを認めるのだった。
「そう。まさに君の言う通り、全世界の真面目な人間はこのように、皆がみな、善人とは限らないんだよ。何故なら、真面目だとされる人間は、必ずしも善に従っているわけではないからだ。彼らが従っているのは善というそれこそ壮大なものではなく、それこそルールというちっぽけなものにすぎない。彼らは善を成すことによって達成感を得るんじゃなくて、ルールを守ること、それ自体から快感を得るんだよ。まるで、奴隷だね。彼らは善人じゃなくて、ただの奴隷だよ」
そして、絶は嘲笑するように鼻で笑うのだった。
「奴隷か……、それは大変な世の中だ」
「しかし、彼らは奴隷という名の従者だ。従者であるが故、ルールや掟を破らないため、彼らの世界は平和だ」
「つまり、ルールを破ることによって、一つの小さな争いが起こると……、そう言いたいのか?」
「うん、そうだよ。彼らは従者である性質を持つが故、最も嫌うもの……それが理不尽だ。ルールを守ることに快感を覚える馬鹿真面目な彼らにとって、ルールを破る無法者の存在は理不尽この上ない。だから、彼らはそんな無法者を排除しようと考えるわけだ。そこで一つの争いが起こる……つまりはそういうことだよ。でも、君は僕にそんな話をわざわざ聞きたいわけじゃないだろう?」
「……ああ、そうだ」
僕は短く答える。
「お前は一体何者なんだ? 転校生という割には初対面の時点で僕のフルネームを知っていたり、自動車に跳ねられたというのに無傷だったり、あらゆるところで僕に会ってきたりと色々不可解な点が多すぎる……」
「ああ、そういうことか」
僕に嫌悪の視線を向けられながらも、彼女はまるで何事もなかったかのような平然とした様子で僕に頷く。
「それじゃ、僕がどこかこことは違う異世界から来たとでも言ったら君は信じてくれるかな?」
そして、口元を怪しく歪め、わずかに微笑む。
「信じないと言ったら……?」
「うん、それこそまさしく普通の回答だ。君らしくもない」
君らしくない? 一体何が言いたい?
「急に異世界だとか言われたって、何をどう信じればいいんだ? そんなあり得ないようなことが現実に起き……」
「起きているよね?」
僕は途中で重要な何かに気づいたかのように、ふと思いついて言葉を中断すると、彼女はゆっくりとした調子で僕の次の言葉を紡いだ。
「君にとって今日これまでのことが本当にごく普通の出来事だったかい? 今、君の目の前で起きていることが、本当に至極ありふれた日常の出来事なのかい?」
間近で驚いている僕の表情を見て、彼女はクスクス笑いを示した。
「違うだろ?」
唖然となったまま、動かない僕の表情。
今日、これまでの出来事が映画のフィルムのようにパノラマ状に広がって、僕の脳裏にバラ蒔かれる。
「君の周囲で起こった今日のこれまでの出来事、それはまさしく異常だったんじゃないかな? もしそうだとすれば、僕が異世界からやって来たことを信じてもいいだろうね。いや、君は信じなければならないんじゃないかな。そして、さらに僕は言っておこう。明日、君の幼馴染みである水瀬春香は消えると……」
春香が消える?
それは一体どういう……?
僕が尋ねるや否や、彼女は出口に向かって歩き出す。
「お……おい! 待て!」
僕は思わず彼女に手を伸ばした。
「待たないよ。それじゃ次は2週目で会おう、またね」
しかし、その手は彼女を捕らえることはなく、彼女の身体は煙のように消えていくのだった。
ポツリと一人、遊技エリアに取り残された僕は、彼女の言っていることに素朴な疑問を残しながら、プールの中を泳ぐのだった。




