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とある真夏の出来事Ⅵ

「さあ、泳ぐわよ!」


 ここは、駅の近くにあるスポーツジム内部に設置された屋内スイミングプール。

 目前に広がる広大な50メートルプールを目の当たりにして、春香のテンションはMAXになる。

 あんだけ走った後で、まだここまで体力を残しているとは思いも寄らなかった。


「……そうだな」

 一人、春香のテンションに着いて行けず、無表情な僕。


 そして、こっそりと品定めするかのように、僕は背後から春香のスクール水着姿を眺めた。


 見たところ、際立って胸が大きいだとか、魅力的なお尻をしているだとか、そんなことはなかったが、元々スポーツが得意で陸上部の短距離に所属しているだけあって、全体的に引き締まっているような印象を受ける。


 決して小さくないヒップラインに、そこからすらりと伸びる陸上部ならではの強さと美しさを兼ね備えた見事な脚線美。そして、日々の陸上部の厳しい体力トレーニングを経て、自身の身体を極限までいじめ抜いた結果である、健康を保つのに必要最低限の体脂肪を残した、直視をためらうほどの美しくきれいな背筋のライン。


以前、偉大な彫刻家であるミケランジェロが残した『美は、余分な物の浄化である』という言葉をまるで体現したような、そんな一種超越したような美しさが彼女の身体にはあった。


 それは、陸上のトラックの上をさらに速く走るために、汗水を垂らしながら極限まで鍛えぬいた馴れの果てに違いない。


 すると、春香は不意に僕の方へと振り向く。

 そして、それと同時に恥ずかしそうにしながら、自分の胸を抱えるような仕草をする。


 どうやら、僕の突き刺すような視線に気づいたのだろう。

 僕は彼女がこちらを振り向いた瞬間、反射的にそっぽを向く。


「ねえ、レン? さっき私のことを後ろで変な目で見てたでしょ?」

 春香は怒ったように、少しだけ眉を吊り上げる。


「いや、そんなことはない。それに、だいたいそんなことするわけないだろ? 小さい頃からお前の身体なんて見慣れてきたわけだし」

 僕は彼女の問いに対し、平然とした調子で答える。


「ちょっ! それって、私のことなんてどうでもいいって言ってるのと一緒じゃん!」

 春香はそう言って、両手を腰に当てながら、プールの前で仁王立ちする。

 どうやら、僕は無駄口を叩いてしまったようだ。


 よく考えてみれば、春香は僕が水着姿を背後からじっくり観察していたところを直接目で確認していないわけだから、素直に『いや、そんなことはない』と言っておけばそれで良かったはずだ。

 何て、面倒なことをしてしまったんだ僕は。


 なるほど、僕が男子なのに女子である春香の身体に関心が行かないのが気に入らないらしい。


「いや、それとこれとは別だと思うが……。はっきり言うぞ、普通に美人だ」




 だったら、褒め殺しだ。

 覚悟しろよ! 春香!




「へっ!?」 




 無表情に言う僕の意外な言葉に、春香は調子を崩すように小さな悲鳴を上げる。




「さすが陸上部の短距離の一線で活躍しているだけあって、身体全体に無駄な脂肪がなく、ほっそりとしているし、くびれだってモデル体形そのものだ。それに全体的に引き締まっているとは言え、女性ということもあって、胸のラインや脚線美、しっかりと出ているところは出ているし、それはそれでメリハリの利いた女性のボディとして高評価だ。


そして、僕の見たところ、客観的に見てそこらのモデルと比べた場合、ただ細いだけでなく、しっかりと筋肉がついているあたり、モデルとはかなりの差別化が図れるだろうな。まあ、僕も伊達にお前と長年幼馴染みしてきたわけじゃないんだ、お前の魅力ならこんな感じで誰よりも理論的に、そして分かりやすく他人に説明が出来る自信がある。


とにかく、お前の身体で特にすごいのは、日々の過酷な陸上部のトレーニングを積んでいるはずなのに、これだけのボディラインを保持していることだろうな。基本的に激しいトレーニングを積んでいくと、まずは胸の脂肪から落ちて、そして、太ももからお尻、上腕、最後に腹部というように比較的脂肪の付きやすいところから、脂肪が落ちていくはずなんだ。それなのに、お前は平然とそのスタイルをキープ出来ているだろう?まさに、健康を保つのに必要最低限の脂肪だけを残した、速く走るためだけに特化した身体。


一般には余分なものを限界まで削ぎ落とすことによって、本当の美が見えてくるとは言うが、それを本当に再現しているから大したもんだよ。大丈夫だ、心配ない。お前は誰よりも魅力的だ。だいたい……」


「分かった! 分かったから!」

 すると、春香は顔中りんごのように真っ赤にして、僕の話を遮るのだった。


「えっ、いいのか? まだ10分ぐらい話が続くんだが?」

 僕は完全に落ち着き払った様子で尋ねる。


「もういいわよ! 分かった。分かったから、もう話は止めて! お陰で恥ずかしすぎて、それで死んじゃうわよ!」

 そう言って、春香はさっとプールの方に顔を向けた。


 ハイ、……修羅場回避完了と。

 陸上部のコイツに生身の水着姿で蹴られると、本気で命に関わるからな。

 危ない、危ない。

 相手を予想外の状況に陥れ、それでパニック状態にし、その上で洗脳のように相手を数分間褒め殺す。

 全く、ちょろいもんだぜ。

 まあ、全部事実なのは変わりないがな。

 僕は安堵して、心の中で胸を撫で下ろした。


「……ありがとう」

 春香はひっそりと嬉しそうに笑って、僕に聞こえないような小さい声で呟く。

 そして、勢いよくプールの中に飛び込んで、すさまじい水飛沫みずしぶきを上げて泳ぎ始めるのだった。


 ポツンと一人残された僕は、少しだけ春香の泳ぎ姿を見送ると、ゆっくりと歩いて彼女の泳いでいる遊泳コースではなく、遊技エリアへと向かった。

 いくら、プールとはいえ、わざわざ自分から泳いで体力をすり減らすような、馬鹿な真似はしたくはない。

 だから、僕は決して泳がなくても済む遊技エリアへと向かうわけだ。

 そして、僕は遊技エリアで足にプールの水を浸しながら、プールサイドに腰掛けてぼーっとすることにする――、


「やあ、火渡レンくん。これで今日3回目の挨拶だね」


 ――予定だったのだが、予想外と言うか何と言うか……そこにはスクール水着姿の神保絶の姿があった。


 どうやら、そこには思わぬ先客がいたようだ。

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