とある真夏の出来事Ⅱ
校門を通り過ぎ、靴箱で靴を履き替え、教室の入り口へと向かう。
僕も春香もお互い同じ動作を繰り返す。
しかし、教室の入り口に差し掛かった辺りで状況はいつも急変するのだ。
「おはよーっ! 春香!」
「おはよう!」
春香は挨拶すると、笑顔で駆け出し、呼びかけられた女友達のグループの方へと向かう。
一方、僕は何事もなかったかのように、教室の扉を通り抜け、自分の席へと一人寂しく向かうのだった。
いつも女友達に囲まれて楽しげな学園ライフを過ごしている春香に対し、相変わらずぼっちで寂しい学園ライフを過ごしている僕。
まさにそれは光と影というにはふさわしい光景だ。
そして、僕は周囲で仲良くおしゃべりしているクラスメイトに対し、ぼっちであることの奇妙な優越感に浸りながら、着席し一冊の文庫本を開く。
ここまでは特に何ら変哲もない日常そのもの。
ゲームの為に可能な限りエネルギーを温存しておきたい僕にとっては、これが最高の学園ライフとも言えよう。
しかし、ゲームの為の学園ライフならば、休み時間中は読書ではなくゲームをプレイした方がいいのではないか?
そう疑問に思う人も出てきそうだ。
だが、それは極めてシンプルな理由。
僕はこんな人ごみの中でゲームをしたくはないからだ。
僕は、ゲームの邪魔をされることを最も嫌う質だ。
だから、しない。それだけの話だ。
――おはよう、火渡レン君――
聞き覚えのない声……。
僕は不意に顔を上げた。
次の瞬間、神経が凍りつくような感覚に僕は身を震わす。
聞き覚えもなければ、見覚えもない顔。
そんな人物が今、僕の目の前に立っていて、さらには、そんな人物が当たり前のように僕のフルネームを呼んで笑顔で挨拶を交わすのだから。
「……おはよう」
一体誰なんだ君は?
そんな当たり前の疑問を目の当たりにしながら、僕は引きつった笑顔で挨拶を返す。
見たところ、その人物は少年のような、或いは少女のような中性的な顔立ちをしていた。
しかし、顔立ちだけでは判断はつかなくとも、服装は女子の制服そのもの。
髪型もシンプルなショートカット。
そして、体つきにしても、胸は制服の下からでも分かるほどの大きさがあるし、腰辺りのラインも女子そのものだ。
だから、おそらくその人物は女性なのだろう。
その少女は、怖ろしく整った美しい顔立ちをしていた。
しかし、どこか不気味なオーラを身にまとわせる、奇妙な少女だ。
決して髪型が奇抜と言うわけでもなければ、服装も至って普通。
なのに、そんな印象を抱いてしまう。
いや、それはただ第一印象に支配されているだけなのかもしれない。
誰だって初対面であんなことをされれば、こんなふうに感じるはずだろうから。
当時の僕はそういって自分に言い聞かせ、目の前の奇妙な現実から目を離そうとする。
彼女が今朝登校したばかりの転校生だったという現実、そして、そんな転校生が平然と今朝の時間に登校してきているのに僕以外は誰も気づかなかったという現実から。
「君が噂の火渡レン君かな?」
少女は相変わらずの笑顔を保ったまま、僕に話しかける。
「確かにそうだ。噂になっているというのは心外だが、確かに僕が火渡レンだ」
僕は嫌悪感を露骨に演出し、はっきりと言う。
「それで僕に何のようだ?」
「別に特に何の用もないよ」
すると、彼女はニヤニヤと口元に怪しい笑みを浮かべて、言うのだった。
「それよりも、かえって君のほうが僕に用がありそうだと思うな」
これまで味わったことのない彼女の発する独特のオーラ。
それはまるで野生の蛇に睨みつけられたような不快感。
「何だそりゃ?」
僕には彼女の言っていることがまるで分からず、ため息混じりの声で呟く。
「ふふふっ、世の中にあるチャンスというものは、たいてい二度までだよ。聞きたいことがなければ構わないけど、何か分からないことがあれば何でも聞きに来なさい。僕は君の先導者だ」
彼女はそんな訳の分からないことを言って、僕の席を去る。
僕は何事もなかったかのように、再び手元の本に視線を移した。




