Next stageへの扉
「勝った……、何とか勝てたわね」
深い安堵とともに、勝利の喜びがぐっと心の奥から込み上げてくるのが分かる。
メリーの表情からは確かな手ごたえを受け取った達成感と強敵に勝利した時の歓喜に満ちあふれていた。
そして、上から瓦礫が落ちてくるかのように、《終焉の太陽》によって焼き尽くされて瀕死状態のハイドラが空から降ってくる。
彼の全身には酷い火傷跡が残っており、かなり重傷だ。
しかし、これほどの高エネルギーを身体に受けてもなお、まだ死に至らない辺りさすがの防御力だと言える。
一方、メリーもほとんど魔力を使い切ったせいで、身体がフラフラだ。
一旦、6体のリザードマンの召喚を解除し、それで魔力消費を抑えることにした。
そして、周囲の様子を観察する。
確かに彼女は今、ハイドラに勝った。
これは、彼女にとって素晴らしい業績だろう。
もしも、負けていればネコミミが彼に殺されていたかもしれないのだから。
その意味ではとても価値のある勝利に違いない。
しかし、今彼女の周囲にはネコミミとレンが倒れている。
そして、もちろんハイドラとセレナも同様だ。
今の彼女にはネコミミとレンを連れて帰れるほどの体力は残っているが、それでもハイドラとセレナをこのまま放って置く訳にも行かなかった。
彼らをそのままにしておけば、いずれ死んでしまうだろう。
一応、彼らは敵同士で何も助ける義務はないわけだが、それでも見殺しにするのは気分があまり良くない。
彼女は困惑しきった表情で彼らを見つめた。
そして、解決策を見つけ出そうと頭を抱えた。
――ふむ、君の戦いぶりなかなかだったよ。まさか、ハイドラを倒してしまうなんてね――
密林の奥深く、向こうの木陰の方から声がこだまする。
それは若い男の声だった。
「誰? そこに誰かいるの?」
瞬間、メリーは眉をひそめ、声のする方向に銃口を向ける。
「ああ、そういうことか。なら、この場で自己紹介しよう。僕はリヒト・ルシファー。革命軍アンタレスのトップだ」
そう言って、高級そうなタキシードに身を包んだ金髪碧眼の好青年は木陰から姿を現わした。
「革命軍アンタレス? 何のことかは知らないけれど、一体こんなところまで何の用?」
メリーは強い警戒心を剥き出しにして言う。
「確か……メイリス・イフリータだったかな? 君の事は知っているよ。でも、用があるのは君じゃない。僕が用があるのはその木にもたれ掛かりながら倒れている千河・ヴァン・キューレの方なんだ」
リヒトは余裕の笑みを浮かべながら、ネコミミの方を指差しする。
「そう。何の目的化は知らないけれど、千河には指一本触れさせないわよ」
メリーは彼の表情から何を読み取ったのか、未だ警戒心を保っていた。
「うん、その心がけ。実に素晴らしいものだよ、エクセレント! でもさ、無理して戦わなくてもいいんだよ。足……震えてるじゃないか?」
リヒトは相変わらずの余裕の笑みを浮かべながら、メリーを見つめた。
「えっ……、そんなことな……」
瞬間、メリーは急に悲鳴を上げて地面に崩れ落ちる。
「無理はいけない。必死にからげんきで言葉で訴えかけても、身体は正直だ。君は今、僕との雲泥の差とも言える実力差に脅えているんだよ。違うかい?」
足がすくんで動けない。
自分に実力がないということがここまで怖ろしいことだったとは思わなかった。
メリーは返答代わりに、歯を食いしばりながら、無言で余裕の彼を睨みつける。
「まあ、いいだろう。心配しなくていい。僕も君達を殺す気はない。僕も優秀な奴隷を失いたくはないからね」
彼の笑顔で発せられた言葉、メリーにはその言葉の意図するものが一体何であるのかについては何一つ理解できなかったが、彼の笑顔に隠れた強大な悪意だけは確実に感じ取ることが出来たのだった。
「奴隷? それは一体どういうこと? まさか、あなた……世界を征服するとでも言うの?」
「そうだ、僕はこの天使と悪魔が入り混じった腐敗しきった世界にはもううんざりだ。そのために彼女が必要だと言うわけだ。最も……必要なのは彼女自身以上に、彼女の中にある《神秘の希望石》の方なんだけどね」
「《神秘の希望石》? それってさっき千河が手にしていた黒いエネルギーの集合体のようなもの?」
「そうだ。そして、もう一ついいことを君に教授しておこう。この《神秘の希望石》はね、一定数集めると互いに共鳴しあって、膨大なエネルギーを生み出すということが最近の研究で分かったんだよ。そして、僕はこのエネルギーを利用して、絶対神になるというわけさ」
絶対神、その存在は未だ明らかにされてはいないが、この世界を創ったとされている伝説の神様だ。
「でも、千河からそれを抜き取ってしまうと、千河は死んでしまうんでしょ?」
メリーは鋭い眼差しをリヒトに向ける。
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよ。せっかくの可愛い顔が台無しだ。その心配はない、大丈夫だ。《神秘の希望石》は確かに彼女が生まれながらに持っている物だが、よほど荒っぽい抜き取り方をしない限りは、ほとんど無傷の状態で彼女の身体から抽出できるのだ。何も問題ないだろう?」
「問題大ありよ! そんなの強奪と変わらないじゃない!」
「強奪ではないさ、研究のために必要なものなんだ。その功績は、いずれ世間にも還元するつもりだ。僕はこれでも民衆思いなんだ」
「あなたが絶対神になること事態、災難ものよ。だいたい、世界を征服するなんて言い出す人事態、ろくでもない人ばかりなんだから。それに、絶対神なんて存在自体いるかどうか分からないものよ」
「いや、絶対神は必ず存在する。そうでなくてはいくつかの理論が破綻してしまうからね。さて……僕も長話が過ぎたようだ、悪い癖だな。そろそろ仕事に入らせてもらうよ、よく見ているがいい、これは生きた状態での《神秘の希望石》の抽出という歴史的瞬間だ」
言うと、リヒトの足取りは早足に変わり、メリーの側を通りすぎる。
「駄目えええええええええええぇえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
メリーの鼓膜を突き破るような悲鳴、しかしそんなことなどお構いなくリヒト・ルシファーはネコミミに接近する。
そして、彼はネコミミの胸の前に手を伸ばし、呪文を唱える。
ネコミミの胸から黒い《神秘の希望石》を抽出しようとした。
――その時だった。
青いプラズマ、雷光のようなものが、空からリヒトの手を掠める。
瞬間、リヒトは舌打ちして、プラズマの放たれた方向に視線を移した。
――私の生徒に手を出すとは、なかなか命知らずな奴だ――
そこには、和服を着込んだ黒い艶やかな髪をしたポニーテールの美しい女性の姿があった。
その容姿は大和撫子然としていて、キッと吊り上った長いまつげが特徴的だ。
それは、気の強い女性を思わせる。
「鳴橋静、君の名前は聞いているよ」
リヒトは焦らすように目を細めつつ、彼女を見つめる。
「そうか、それは光栄だ」
言って、彼女は地面に降り立つ。
鳴橋静、彼女はメリーやネコミミの学校の教師にして、6年飛び級でなおかつ名門魔法学校を主席卒業のエリートだ。
その上、神の子であり、人間でありながら膨大な魔力量を有しており、最強のA級魔導師としてその名を世界に轟かせている女傑だ。
「それで貴様、私の生徒に何をしようとしているのだ? 場合によってはただでは帰さんぞ」
彼女は鋭利な眼差しをリヒトに向け、鞘から刀を抜いた。
「いやぁ、君が相手とあっては僕も分が悪いよ。降参だ、僕がここに来た目的は傷ついた仲間の救出だからね」
リヒトはあせあせとした様子で、一刻も早くこの場から立ち去ろうとネコミミから離れ、仲間の元へと移動する。
鳴橋静という頼もしくも予想外な援軍の存在に、メリーは深い安堵をもらした。
「ほう、悪意ある者の癖して情に厚い奴だ。貴様らの世界では仲間など所詮使い捨ての奴隷程度のものではなかったのか?」
「たとえ悪意ある者であろうとも仲間は大切にするべきだよ。僕らのようなアウトローな連中には数多くの裏切り者が付き物だからね。僕はこれまで多くの者に裏切られてきたが、彼らは本当に何時だって僕の信仰を信じて、僕の跡を着いて来た選ばれし者たちだからね。そんな者達を見捨てるわけにはいかないだろう?」
リヒトはハイドラに肩を貸して、何とか起き上がらせると、セレナを腕に抱きかかえる。
「分からないな……では、何故そのような徳の高い者が、テロリストのようなことをしている? そんなことをして何の意味がある?」
「信仰の違い……とでも言っておこうか」
怪訝に問いかける静に対し、リヒトは微笑を浮かべた。
「信仰が変われば善悪は変化し、環境が変われば正義の基準が変わる。この世の理不尽と言う名の地獄を見れば、嫌でもこの世界が間違っているということが分かるんだよ。まだ物心すら付いていないほどの幼い孤児ですらね。だから、この世界を変えてやりたいというわけさ。君には絶対に理解できないことだろうけどね……」
リヒトのどこか悲しげのある表情。
しかし、静の表情からは同情の余地など全く見られない。
「そうだな、私にはそれが理解できない。だが、これだけは言っておいてやろう。私は決して国のために戦っているわけではない。生徒のために戦っているのだ。だから、大切な生徒に仇なす輩がいるのであれば、それを決して私は許しはしない」
「素晴らしい正義だ、敵ながら敬服しよう」
「ただ、今回は特別だ……」そう言って、静は刀を鞘にしまう。「私の生徒を殺そうと思えば、何時でも殺せただろうからな。だが、次はない。今ここでそう宣言しよう」
「そうか、それなら僕もつくづく幸運だ」
リヒトはそう言って背中を見せ、天使の羽を広げる。
仲間を抱えて、アジトに戻るのだろう。
「待て、貴様! 名を何と言う?」
彼女に呼び止められたリヒトは歩みを止め、彼女に振り返る。
――リヒト・ルシファー……それが僕の名だ。覚えておくといい。
彼は彼女にそう告げると、羽を羽ばたかせながら大空を舞う。
やがて彼の姿は見えなくなり、小鳥が甲高い鳴き声を上げながら近くの枝に止まる。
その鳴き声は平和の鐘さながらだった。
「まさか、助けに来てくれるなんて驚きました鳴橋先生。確か……私は増援の要請なんて送っていませんでしたが、どうしてここが分かったのですか?」
メリーは静の元に歩み寄り、素朴な疑問を口にする。
「私は全ての生徒の電気信号を受け取ることが出来るわけだが、少しお前達の身に危険なことが起こっているという信号を受け取ったのでな。その電気信号を辿って、ここまで来たという訳だ。気付かなくてすまなかったな、まさかこんなことがお前達の身に起きていたとは……」
静はメリーに心配そうな表情で勢いよく抱きしめる。
「良かった、本当に来てくれて……」
メリーのエメラルドグリーンに光るきれいな瞳からは涙が流れ出す。
やがて、それは洪水のようにあふれ出し、静の肩を濡らした。
「そうか、間に合ってよかった」
静は安心した様子でメリーの髪に手を伸ばした。




