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獄焔の魔導師Ⅰ

「全く……大した少年じゃ……」


 激戦の果て、ついに終焉を迎えた決着の時。

 両者ともにばったりと地面に崩れ落ちる様を見て、ハイドラは深い嘆息をもらした。


 まさかレンが《剣王》相手に互角に戦っただけでなく、それどころか引き分けにまで持ち込んでしまうとは思いも寄らなかったからだ。


 実際に、その光景は大理石に深い傷を刻むがごとく、彼の脳裏に刻まれていた。

 その光景を彼は決して忘れはしないだろう。

 何故なら、これが彼の目にした、初めての《剣王》敗北の歴史的瞬間だったのだから。


 そして、それから彼は地面の上に仰向けになって倒れているレンに、初めて尊敬と畏怖のこもった眼差しを向ける。

 それが何度立ち向かおうとも、勝つことの出来なかった相手を下した彼への、せめてもの賛辞と言うものだ。


 そして、ゆっくりとした足取りで一歩踏み出した。

 それはもちろん、どこに向かってとは言わない。


 瞬間、紅蓮の炎が彼の目の前を通過する。

 彼は反射的に足を止め、炎の放たれた方へ振り向く。


「ねえ、あなた? 一体どうするつもりなの?」


 そこには、飼い主を守るために立ち塞がる勇敢な柴犬さながらの、険しい表情をしたメリーの姿があった。


「どうするも何も……我はただ倒れている仲間を城まで送っていくだけだが?」

 その問いに対し、ハイドラは呆れた様子で答えた。


「嘘よ! 本当は、レンくんにトドメを刺しにいくんでしょ!」

 しかし、メリーはその険しい表情を崩さず、眉を吊り上げ激昂する。


「本当のことじゃ。もし、我が少年にトドメを刺したとしよう。すると、我は死ななきゃならんハメになるのだ! 何故かは分かるな?」

「は!?」


「仮に我がこの場で少年を殺そう、すると、セレナは激怒するだろう。せっかくのライバルをよくも勝手に殺してくれたな、と。そして、お前の命で償わせてもらおう、と我の命を奪いにくるだろう。だからだ、我はこの少年を嫌でも生かしておかなければならんのだ」

 メリーはハイドラの落ち着き払った様子を見て、無言で頷いてみせる。


「それにだ」ハイドラは続けて言う。「我にとってもこれほどの逸材は殺すには勿体無さ過ぎる気もしなくはない。少年とはまた剣を交えてみたいんでな」


 ハイドラは目尻にさらに深いしわを刻みながら、少年のような純粋な瞳でにっこりと笑いかける。


 その彼の浮かべる笑顔の純粋さが、彼の言葉が真実であることを決して誰にも疑わせることは無かった――


「そう、それで私の件はどうなるのかしら?」


 ――ただ一人、ネコミミを除いては。


「今はそれどころではないだろう。目の前で仲間が血だらけだ、直ちに救出せねばならん!」

「そう、それは意外だったわ。悪党は皆、仲間を見捨てる者だと思っていたから」


 ネコミミは嘲笑とも呼べるような、冷たい笑みを浮かべた。


「ふむ、それは偏見だ。何故なら我らは決して悪党ではないからだ。我らから見れば、貴様らこそ悪党なのだからな」

「要は、信仰の違いってやつね」

「そうだ、察しがいいな。混血児」

「不思議ね、あなたに褒められてもちっとも嬉しくなんかないわ」

「ほう、威勢だけはいいな。混血児。ならば、一戦だけでもどうだ? 相手になってやってもいいんだぞ?」


 お互いに喧嘩腰になり、視線と視線の間に稲妻を撒き散らせる。


「ちょっと待って、千河! 今はレンくんが……それどころじゃないわよ!」

 すると、メリーはあいだに入って、喧嘩を止めようと仲裁に入る。


「一戦だけ? いいわよ、どうせ一瞬で終わるんだし」


「一瞬? そうか、そういうことならさっきの話は無しだ。やはり、貴様を捕らえようぞ混血児!」


 すると、感情任せにハイドラは勢いよく飛び出す。


 巨大な鉄槌を持ち上げ、大地を揺らしながら彼女の元へ駆ける。

 構えは上段、それをネコミミの頭上に振り下ろし、一撃で決着を決めるつもりだ。

「ちょ……ちょっと千河! 何やってるのよ! 今はそんなことやってる場合じゃ……」


 次の瞬間、パチンと指を鳴らす音が聞こえ、急にハイドラが地面に倒れ込むような姿勢になる。


「《絶対アブソリュート服従オウベイ》」


 いや、この場合は倒れ込むというよりもひれ伏すという表現の方が正しいか。


 ネコミミが指を鳴らすと、突然ハイドラは何かに上から押しつぶされたかのように、急に地面の上にひれ伏したのだから。


「な……何だ? その魔法は?」


 ハイドラはどうにかして身体を地面から起こそうと、震える腕で手をつきながら問いかける。彼の表情は恐怖に脅えたふうに真っ青だ。

 すると、同様の視線をメリーも向けた。


「別に大したことはないわ、ただの上位魔法よ」

 口元を怪しく歪ませ、奇妙な笑みを浮かべながらネコミミは言う。


「馬……鹿な! そ、ん……な魔法が存在して……いいもの……か!」

 恐怖に全身を震わせ、脅えながらもハイドラは何とか大声を絞り出す。 


「別にいいじゃない。あなたの知ってることが世の中の全てとは限らないんだから。ところで、何故あなた達は私を追っているのかしら?」


 ネコミミは彼の元に静かに歩み寄り、妖艶な笑みを口元に浮かべながら、彼の額を力強く踏みつける。


 彼は歯茎から流血を起こすほどに激しく歯を食いしばり、悔しそうな表情でネコミミの方を見やった。


 しかし、言葉は思うようには吐き出せなかった。

 すでに彼の精神はネコミミへの恐怖心に蝕まれてしまっていたのだ。

 それは彼の意識している以上に、彼の精神に深い根を張っていた。

 もはや、この状況から自力で脱出することは困難なレベルにまで到達しつつある。


 口をしっかりと上下に動かしているものの、言葉を上手く声に出せない憐れなハイドラを見て、ネコミミは仕方なさそうな様子でため息まじりにこう呟くのだった。


「まさか、あなたがこの程度で駄目になるような腰抜けだったなんて思いもしなかったわ。きっとあなた達の狙いってこれじゃないかしら?」

 言うと、ネコミミはその小さな手のひらに何かを具現化してみせる。

「黒い《神秘チャイルド希望石クリスタル》……、何故お前が持っている!?」


 瞬間、ハイドラの眼が飛び出そうな具合に見開かれる。


 そう、確かに彼女の小さな手のひらの上にはあった。

 黒い粒子のような眩い光を放ち続ける、きれいなエネルギーの集合体が。


 それは菱型のような形をしていて、彼女の手のひらの上を浮遊しながら、クルクルと回転していた。


 黒い粒子のような輝き、それはまるで夜空に輝く星のような神秘的な光を放っていた。見る者を一瞬のうちに魅了してしまう、その光り輝く《神秘チャイルド希望石クリスタル》はそんな不思議さと奇妙さを持ち合わせていたのだった。


「何故……? それは私にも分からないわよ。生まれた時から勝手についてきたんだから。それで……どうなのかしら? あなた達が狙っているのはこれ?」


「ああ……そうだ……、我らが狙っているのはまさしくその《神秘チャイルド希望石クリスタル》だ! 我もこうして遊んではいられんな! さあ、混血児よ! 我にそれを与えよ!」


 ネコミミの問いかけに対し、ハイドラは威勢よく答える。

 そして、ネコミミに額を踏みつけられながらも、執念深く彼女の手のひらに向かって手を伸ばした。


 しかし、その手はネコミミの手のひらに届くことはなかった。


 何故なら、ネコミミは彼の額にさらに力を加え、彼がその場から立ち上がるのを防いだからだ。


「そう、これがあなた達の狙いだったの。だとしたら、その望み……一生かかっても無理な望みねぇ」

 ネコミミは地面に倒れこんでいる憐れなハイドラに軽蔑の眼差しを向けながら、悪魔のような不気味な声で笑い出す。


 ハイドラはネコミミに額を踏みにじられ、あまつさえ彼女にひれ伏しているという情けない現状に顔をしかめ、かつてない屈辱と侮蔑の念に思わず握り拳を力なく地面に叩いた。


 その一方で、思いも寄らない圧倒的な力を以て敵をねじ伏せるネコミミを見て、困惑しながら瞳を微細に揺らしているメリーの姿があった。

 もちろん、その圧倒的な力には一種の頼もしさも感じたものだが、それでもやはり膨大な恐怖と驚嘆の感情がその心を塗り替えてしまう。

 ネコミミが彼女の心に与えたインパクトの大きさは、それこそ絶大だ。


 3年間あまり、メリーはネコミミとルームメイトではあったが、それでもこんなネコミミの姿は今まで見たことがなかったのだから。


 いつの間にこれほどの力を身につけていたのか、それとも、初めからこれほどの力を隠していたのか……。


 どちらが正しいのか、そんなことメリーには全く分からない。

 いや、そんなこと分かるはずもないだろう。 


 ただ、一つだけ確実に言えることがあるとすれば、それは――


 ――今日を境目に彼女のネコミミを見る目が劇的に変化するという事実だけだ。


「千……河……?」

 メリーは口を大きくポカンと開け、蚊の鳴くような小さな悲鳴を上げた。

 もちろん、それは小さな声で、それこそ声を発した本人ですら上手く聞き取れないほどの小ささだった。

 ところが、そのわずかな、些細な声ですらネコミミの耳は確実に捕らえていた。


 はっと思わずネコミミはメリーの存在に気づき、驚きながらメリーの方に振り向く。


 そして、思うよりも速く、ネコミミの足は反射的にメリーに向かって駆け出し、考えるよりも速く、メリーは自分の胸に飛び込んでくるネコミミを抱擁していた。


「ねぇ、メリー? さっきの私……怖くなかった?」

 完全に動揺しきった心配そうな表情でネコミミはメリーに問いかける。


「そんなわけないでしょ、千河。私は誰よりもあなたのことを想っているんだから」

 そう言って、メリーはゆっくりとネコミミの後ろ髪を撫でてやる。


 ほっとしたのか、それとも疲れたのか、ネコミミは急にメリーに抱かれたまま気を失ってしまうのだった。


 どうやら、さきほどのネコミミの魔法。

 かなりの魔力の消耗を強いられるようだ。


 ネコミミにいくら魔術のセンスがあったとしても、ネコミミの平均的な魔力量では十分に使いこなすことは出来ず、すぐに魔力切れを起こしてしまう。


 魔術のセンスや技術などは本人の努力でどうにでもなる部分もあるが、魔力量に至ってはもはや生まれながらの差であり、本人の努力で簡単に変えられるものではないのだ。

 その点に至っては運命とは時に残酷なものなのかもしれない。


 何故なら、ネコミミのように卓越した魔術の才能があっても、それを使いこなすだけの魔力量がなければ、大した意味をなさないからだ。


 その点に関しては、メリーは相当恵まれていた。


 何故なら、メリーは通常の3000倍もの膨大な魔力量をその身に宿しているからだ。


 さらに、魔術のセンスもそこそこ飛び抜けている。

 彼女がS級魔導師であることは、もはや必然だ。


 先ほどのネコミミとメリーの穏やかな会話の刹那、ようやくネコミミの魔法から解放されたハイドラは憤怒に身を震わせ、ネコミミの後頭部に巨大な鎚を振り下ろしていたのだった。


 あまりに唐突な出来事にメリーとネコミミには、もはや成す術はない。

 そしてその無慈悲な鉄槌はネコミミの後頭部を確実に捕らえようとしていた。


 瞬間、周囲に金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が鳴り響く。

 ハイドラの眼は再び驚いたように、激しく見開かれる。


「な……何ぃっ!?」


 何故なら、ハイドラの渾身の一撃を一匹のリザードマンの剣が受け止めていたからだ。


 それは、メリーの召喚したリザードマンのうちの一匹だ。


「ふうん、大したことないわね。見た目の割には」

 メリーは大胆不敵に笑い、気絶したネコミミを近くの木陰にゆっくりと寝かせた。


「な……何故だ!? 我の攻撃はたかだかリザードマン一匹の手に負える代物ではないはず……」


「手に負える代物ではない? まさか私のリザードマンがそこらにいるリザードマンと同じレベルのリザードマンだと思っているの?」メリーは、薄ら笑いを浮かべ、さらにこう続ける。「そんなことあるわけないでしょ! 私のリザードマンは特別の中でもさらに特別! 何度も最強クラスのモンスターとの配合を繰り返した結果生まれたリザードマン。《ヘルフレム・リザードマン》なのよ!」


「《ヘルフレム・リザードマン》だと? 貴様……まさかイフリートの血を継ぐ者か……」


「そう。私はイフリートの血を継ぐ者であり、同時にS級魔導師でもある。メイリス・イフリータよ、覚えておくことね」


 メイリスの周囲に業火が渦巻き、服装が制服姿からが赤い網目模様のラインの入った黒いワンピースへとと変わる。


「ほう、魔女マジシャンズ零装アーツとやらか。何故先ほどの《獄炎ヘルフレム魔装束イフリータ》とやらを使わんのだ?」

「まだ……扱いに慣れていないからよ。それに、こっちの方が動きやすいでしょ」

「そうか、それなら後悔するなよ、小娘。我に手を抜いたことを」

「ふうん、手抜きなんて言ってないわよ。私はこっちの方が扱いやすいのよ。私はどちらかと言えば、武術よりも魔法の方が得意だから」

「ふむ、まあいいだろう。さて、そろそろ口ではなくこっちで語らなくてはなるまい」


 そう言って、ハイドラは《マルスの神髄》を構えた。


「そうね、でも私の勝利はどうせ決まったようなものだけど」

「世間知らずの小娘が! 目に物を見せてくれる!」



 

 そして、天使と悪魔の激戦が火蓋を切って落とされることとなる。


  


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