激戦、最強スキル剣士VS最強魔導騎士!Ⅴ
まるで巨大な嵐が過ぎ去った後かのごとく、巨大な倒木が周囲の地面に散らばっている中で、目の覚めるような小鳥のさえずりを僕は聞いた。
わずか数秒で僕の傷を完治できるセレナの回復魔法にはやはり目を見張るものがあった。
さすがに、最強の魔導騎士なだけはあるのだろう。
試しに肩を回してみたり、体をねじったりしてみたがダメージの痕跡が全くと言っていいほどに消えていたのだ。
ダメージを受けても、ほとんど痛みの残らないこのゲームシステムの都合上、普段のプレイには戦闘ダメージは一切無関係のように思えるが、決してそういうわけでもない。
少しでも戦闘ダメージを受ければ、それだけ身体が突然重くなる。つまり、普段の動作及びスピードがHP満タン時と比べて鈍くなるのだ。
そういうわけで、意外にも戦闘ダメージの蓄積はそのプレイヤーにとって致命傷となりやすい。
そういうゲームシステムなのだから仕方がないと言えば、そうなのだが……。
「それではそろそろ始めましょうか、どちらが剣士として上か勝負です」
彼女はその真っ白に輝くきれいなカットラスの切っ先を再び僕に向けた。
「ああ、いいだろう。僕も負けるわけにはいかないからな。それにしても、まさか本当に完全回復させてくれるとは思わなかったよ。これで、全力の勝負が出来そうだ」
僕は刀身が3メートルほどもある大剣《嵐姫の大裁》を構え直す。
「……当然です。これは私とあなたのどちらが上かの真剣勝負なのですから。万全な状況下で来てくれなければ、こちらとしても面白くはない」
「なるほど、それは分からなくもないな。とことん勝負にこだわるタイプか、そういうの嫌いじゃないぜ」
「そう言うあなたこそ、かえって逆境であればあるほどむしろ楽んでいるように見えましたよ。
同じムジナの穴と言ったところでしょうか」
「同じ? 僕とお前が同じとはなかなか面白いことを言うな……。まあ、お互い強敵と戦うためだけに生きてきたようなものだ、この巡り合わせもきっと必然……」
僕は不敵に笑い、彼女の様子をじっくり観察する。
「いえ、私とあなたが同じとは誰が言いましたか? 私とあなたが同じはずがありませんよ。これまでのあなたの戦い方を見てきましたが、あなたの戦い方はただ能力の高さで相手を圧倒しているだけで、そこに技術が伴っていない。いわば、荒削りな野獣の戦い方でしかない。そんな野蛮な戦いするあなたと私を同じように見ないで貰えないでしょうか」
すると、セレナははっきりと拒絶の色を浮かべながら冷たい視線を向ける。
「野蛮な戦い方か……確かに僕の戦い方は強力なスキルに頼りきった未熟な戦い方に見えるかもしれない。でも、僕はこの戦い方でこれまでの戦いを勝ち抜いてきたんだ。だから、僕の戦い方を誰にもとやかく言われる筋合いはない」
「そうですか、それは失礼しました。少し口が滑りました、決して本音ではありませんのでご了承下さい」
「いや、本音だよね!? 無理して隠さなくてもいいからね!」
「とにかく、あなたが私に勝てる可能性など、万に一つもないことをこの剣で分からせて上げましょう。かかって来なさい、レン! 今からあなたには誇り高き魔導騎士の頂の世界をご覧になってもらいます」
――ただし、それで死んだとしても自己責任になりますが……――
「面白い! その話、乗ったぁぁぁぁぁ!」
僕は叫びながら駆け出し、跳躍して空中で身を翻しながら、セレナに鋭い斬撃を繰り出す。
対するセレナは、その場から一歩も動かない。
このままでは僕の斬撃が当たるのも時間の問題だ。
そして、《嵐姫の大裁》の切っ先が無防備なセレナの身体を確実に捕らえた。
僕は確かに彼女の身体を《嵐姫の大裁》で攻撃した――
――はずだったのだが!?
瞬間、僕の《嵐姫の大裁》は甲高い衝撃音を上げながら弾かれる。
「どうかしましたか? この程度の攻撃でやられるほど私は甘くありませんよ」
彼女は僕の心の揺らぎを決して見逃しはしなかった。
不敵な笑みを浮かべながら、カットラスで僕の身体をなぎ払う。
反応が遅れた僕は、そのまま彼女に切り飛ばされる。
それは軽い一撃だった、おそらく手加減したのだろう。
僕は地面に着地して、体勢を容易く立て直す。
僕は彼女によって打ち飛ばされたため、少し広めの間合いを取ることになった。
「魔力によって精製された薄い膜のようなものですよ。頑丈で柔らかく、そう簡単に断ち切ることは出来ませんよ」
「なるほど、理屈はそういうことか。だったら、やることは一つだ」
「やることは一つ? まさか真正面から打ち破るとでも?」
「それは見てのお楽しみだ」
「よく分かりませんが、確かに楽しみは頂くとしましょう!」
今度は、セレナの方から僕に攻撃を仕掛けた。
理由はシンプル、絶対に傷つけられないと確信しているから。
絶対に攻撃をくらわないのであれば、わざわざ警戒する理由などあるはずもない。
勝負を早めに決めれるのであれば、それに越したことはないだろう。
とは言え、理由がそれだけではないのは言うまでもない。
彼女はカットラスを片手に真正面から僕に攻撃を仕掛けた。
その彼女の馬鹿正直な真正面からの攻撃に対し、僕は真正面から《嵐姫の大裁》を振り上げながら迎え撃つ。
やがて、白銀の一閃と風魔の一閃は交差し、辺りに鎌鼬のような衝撃波が巻き起こる。
周囲の巨木は台風に煽られるかのように枝葉を激しく振り乱し、周辺の砂利はどっと沸き立つかのごとく尋常ではないような巻き上げられ方だ。
そして、それは幾度となく繰り返され、マシンガンの連射速度並みの速さで何度も衝突を繰り返す。天変地異のごとく激しい烈風が、砂塵が、轟音が、地響きが重なり合い、周囲の仲間が苦しそうにしながら腕で顔を覆っている中で、いかにも楽しそうな表情で僕らは互いに剣を交えていた。
「なかなかやりますね、レン。今日、あなたのような剣士に会えたことを光栄に思います」
セレナは激しい剣戟の中、余裕の笑みを浮かべながら言った。
しかし、カットラスの鋭いその一閃は鈍ることを知らない。
「そうか、それは奇遇だ。僕もこの戦いは終わらせるには惜しい気もしてきたんだよ。あなたのような強敵と、それも同じ剣使いとは戦うような機会はほとんどないからな」
それは僕の斬撃にも同じことが言えた。
僕の剣の切っ先の速度は、時間と共に疲れ果てて鈍るどころか、むしろ徐々に速さを増している。
しかし、その徐々に加速していく僕の剣をセレナは余裕で、いかにも楽しんでいるかのような表情を見せて、いとも簡単に細いカットラスの刀身で受け止める。
とはいえ、それはごく自然なことなのかもしれない。
だが、僕が両手で大剣を振り回しているのに対し、彼女は片手でカットラスを扱っている。
両手と片手、どちらが速度面において有利なのかについては言うまでもない。
しかし、問題はその先にある。
僕の剣の速度が上がれば上がるほど、その剣の威力は大きくなり、斬撃は確実に重くなる。
それをカットラスの細い刀身で――
――それも片腕で受け止める――
なかなか出来ることではないはずだ。
それを平然と容易くやってのける、技術面、体力面、ありとあらゆる実戦能力の高さが彼女の強みであることは説明するまでには至らない。
すると、この激しい剣戟の中で僕の剣が押され始めた。
理由は簡単、彼女の剣の速度が僕の剣を上回ったからだ。
それも尋常な速度の上がり方ではない。
僕が剣を振り下ろしている、まさにその瞬間に彼女の斬撃が僕の攻撃が届くよりも速く、僕の身体を掠めようとしていたのだ。
さっきまで受けに徹していたセレナの剣が、一転して攻めに転じる。
そうなれば僕は攻撃を中止して、防御に回るほかない。
しかし、それでも僕は彼女の攻撃を完全に防ぎきるには至らない。
それはあまりにも速すぎる、あまりにも重すぎる不可視の斬撃。
急にセレナの刃が攻撃に回ったかと思いきや、途端にその剣を僕は視界から見失ってしまったのだ。
剣の輪郭はおろか残像すら視界に残さない高速の連撃。
もはや、その一撃に目は役目を失ったも同然だ。
瞬間、僕は視覚の完全放棄のためにまず目を固く閉じた。
そして、耳を研ぎ澄まし、聴覚だけに神経を一転集中させる。
つまり、彼女の剣から発せられる音だけを頼りに僕は彼女の剣を受けきっているのだ。
瞬間、その隙をついてセレナの刃は僕に襲い掛かる。
腕に、肩に、腹部に、足に。
僕が目を閉じた瞬間から、高速の切り傷の連鎖は一瞬にしてすぐ始まる。
何故なら、僕のそれは不完全な防御には何ら変わりはないのだから。
視覚の放棄は、僕が想像にも及ばなかったデメリットを瞬時に提示してしまう。
剣の軌跡、手足の動き、表情の読み取り、正しい状況判断、身体の角度、攻撃方法、自身のクロスレンジ、視覚の放棄はあらゆる動作をも制限してしまう危険な行為だ。
それだけの危険を冒してまで、視覚の放棄から手に入れたもの、
それは――、
――相手の剣のと自分の身体との距離感だけだった――
それだけのものを放棄してまで、手に入れたものはたったこれだけ。
自身のあまりの愚かさに僕は思わず心の中で笑ってしまう。
結局、僕は彼女の刃を受け止めきることは出来ず……
……ついに――、
「ぐぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁぁっ!」
その無慈悲な白銀の刃は僕の喉元を引き裂くにまで至る。
僕は痛みに目を開き、悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちる。
鮮血を撒き散らす喉元を強く両手で抑えながら。
しかし、セレナはその隙をついて追い討ちを仕掛けるようなことはしなかった。
ゴキブリでも見るかのような、強い拒絶のこもった冷ややかな視線で僕をただ見下ろしているだけだ。
「この勝負、私の勝ちですね。
……途中目を閉じてしまいましたね、それがいけない。
おそらく、目を閉じて音だけで私の剣に対応したのでしょうが、このレベルの剣
を視認出来ないようでは私に勝てるはずもない。
……しかし、久しぶりに骨のある戦いが出来ました。感謝します。
次に会えることを楽しみにしてます」
そして、セレナはカットラスの具現化を解いて、去り際に言い置きを残して僕から遠ざかっていく。
「……あなたに次があるかどうかは私は知りませんが……」
喉元を切られたということは呼吸が困難になるということに他ならない。
そして、呼吸が困難であるということは、すなわち、死を意味しているということになる。
彼女が僕にトドメを刺さない理由、それはそうせずとも僕は一刻一刻と死に近づいてしまうからだ。
だから、直接手を下すまでもない。
そういうことだ。
僕は『パラノーマル・オンライン』、略してPNOのプレイヤーデータのまま、この世界に連れてこられたわけだが、このゲームにはよりリアリティを追求するために、HPに関係なく急所をやられればゲームオーバーとなる《ライフリスクエンド》というシステムが採用されている。
人の急所と言えば、頭、心臓、そして……首だ。
僕はこれまで戦闘ダメージ無効スキルを駆使して、ゲームを攻略してきたわけだが、たとえ急所をやられたとしても、《ライフリスクエンド》によって死ぬことはまずない。
何故なら、僕は戦闘ダメージを受けないからだ。
つまり、早い話がこのシステムは戦闘ダメージを受けなければ適用されない、そういうことになる。
だから、僕はたとえ胸を貫かれようが、頭を強打されようがゲームオーバーにならないというわけだ。
そして、このシステムが適用されれば、その時だけ急激な激痛を伴うことになる。
それもリアリティ追求のための製作スタッフ側の意向らしい。
まあ、唐突に激痛が身体を襲うのであれば、そのプレイヤーが激痛によってショック死してしまう恐れもありそうなのだが、その辺りはよく考えられているはずだと信じておこう。
一応、取り扱い説明書の諸注意の欄に、
『実際にプレイを行うにあたって、このゲームではプレイ中に頭部や心臓、首など、人体の急所である部分を強く負傷すると、激痛を伴いながらゲームオーバーになるシステムが採用されていますので、くれぐれも相手プレイヤーとの対戦時などにおいて絶対にこれら急所を狙わないようにしましょう』
と記載されてあったが、きっと気のせいだったとしておこう。
しかし、それが事実だったのは言うまでもない。
何故なら、僕は実際に首をやられて、呼吸困難になって死にそうになっているわけだから。
今にも酸欠で気を失いそうだ。
いくら僕でも、呼吸困難で数十秒はただのゲーマーにはきつすぎる条件だ。
酸欠で脳に酸素が送られないので、上手く頭が回らない。
おそらく、僕がこのままゲームオーバーになってしまえば、僕の人生にもゲームオーバーを告げることになるかもしれない。
だって、これはログアウト不可避のゲーム――、
――デス・ゲームなのだから。




