癒しの中に這い寄る影Ⅱ
「えっ!? あなたが千河の言っていた救世主だっていうの?」
彼女は大きく目を見開いて、本当に心底驚いているという印象だ。
「いや、僕も救世主だとかそういうことは初耳だけどな」
「まあ、そんな感じで無事で何よりだわ、メリー。紹介するわ、彼女は友達のメイリス・イフリータ。私が昨日、援軍として呼んだのよ」
「なるほど、まさかこんなところまで一人で来るなんて肝が据わっているよ」
「その点については、私は学校でも3人しかいないS級魔導士だから当然よ」
メリーは自分の召喚したリザードマンを戻して、木の枝から地面に着地する。
「S級魔導士? 何だそれ?」
僕は首を傾げながら、彼女に説明を求めた。
「簡単に言えば、強さの程度ね。この世界では魔力量と身体能力が全てなの、だ
から、この二つの要素でランクがFからSまで決まるというわけ。国では国家試験としてF級からS級まで選べる魔導士適性試験があるんだけど、これに合格しないと魔導士の資格がもらえないのよ。あなたのことは千河から聞いているわ、レンくん。この世界は楽しい?」
「そうだな、確かに元の世界では味わえないスリルだったり色々とファンタジーを満喫しているよ。不便なのは隠せないけどな」
「そう、それは良かったわ。それにしても、あなた救世主として呼び出されたのよね。その割には大したことないじゃない?」
「僕も全力じゃなかったんだ。仕方が無い」
「そう? でも、私だってほとんど力を出し切ってはいないのよ? 本当に救世主なの?」
「まあ、僕が救世主になれるかどうかはともかく、本気を出せば、少なくとも君には勝てるんじゃないかな?」
僕は少しメリーに言われて、腹が立ったのでムキになって言い返す。
「そう? それは舐められたものね。それじゃ、今からどちらが上か、本気の決闘で勝負しようじゃない。そこまで言うなら、覚悟は出来てるんでしょ?」
メリーはますます喧嘩腰になり、ついには決闘の申し込みまで始めるようになる。
お互いに喧嘩腰になって、視線と視線の間に火花を撒き散らす中で、ネコミミはその光景をつまらなそうに静かに見守っていた。
「ちょっと二人とも……、喧嘩はよくないわ。それにメリー、レンが救世主じゃないと言うのだったら、それは私への侮辱にもつながるのよ。止めなさい」
そして、両者の中に割って仲裁に入るのだった。
「千河がそういうのだったら、仕方が無いわね。勝負はお預けよ、レンくん」
「また、今度やるっていう魂胆が面倒くさいなあ。別に今回は完全にメリーの勝ちでいいよ。あの戦いは誰から見たって、僕が押されているようにしか見えなかったわけだから」
「そう? でも、いつかは本気のあなたとも戦ってみたいわね。今回の戦いも決して悪くはなかった」
メリーはそう言うと、僕の前に手を差し出した。
「そう言ってもらえると、助かるよ。今度はお互い全力のバトルを楽しもう、次は絶対負けないけどね」
僕は彼女の手を握り、大胆不敵に勝利を宣言する。
「楽しみね、レンくん。期待しているわ」
彼女も負けじと、まるで挑戦者を待ち構えるチャンピオンのように堂々と上から目線に、僕の勝利宣告を汲み取ってやるのだった。
そんな感じで、お互いに和解し合うことができ、ネコミミは安堵した様子で胸を撫で下ろした。
そんなふうにネコミミが安堵していると、僕との握手を交わしたメリーは唐突にネコミミに飛び込んで来るのだった。
メリーが急に僕の側を離れたと思えば、何故かネコミミに抱きついていたので、僕の頭の上には?が3つほど生じた。
「良かったあ、無事だったのね。千河! こんなところに迷い込んだと聞いたときは心配で仕方が無かったのよ!」
メリーはネコミミに真正面から飛び込んでいくと、ネコミミの体を両腕で抱きしめる。
メリーとネコミミの胸は互いに押し付けられて、ネコミミの大きな胸が、ただでさえやや小さく見えるメリーの胸をさらに小さく見せてしまう。
僕は二人が抱擁し合ったとき、真っ先にそれを感じたんだが、おそらく、これが男子高校生の標準のはず。
たぶん!
「ちょっと、いきなりどうしちゃったのよ。メリー? 私なら大丈夫よ」
そこには、メリーのいきなりの行動に戸惑いを隠せないネコミミの姿があった。
抱き合っている時に頭を隣り合わせにしているので、ネコミミからはメリーの表情を確認することが出来ないが、真横からそれを見守っている僕からは、メリーがネコミミの体に抱きつきながら、ネコミミのマシュマロボディを堪能しているかのような、不気味な笑顔を浮かべているように見えた。
何か、百合っぽい気がするが大丈夫だろうか?
「でも、でも、ほんっとうに心配したんだからね! 急にルームメイトの私を置いてきぼりにして、どこか危険な場所に行っちゃうんだから!」
「そう、心配してくれたのね。嬉しいわメリー」
メリーの思いやりの言葉に、ネコミミは穏やかな表情を浮かべた。
そして、彼女の美しい茜色の髪に手を伸ばし、撫でてやる。
「良かった、無事で……」
「何言ってるのよ。いつだって私は、あなたを見捨てて、一人でどこかへふらふらと行ったりなんかしないわ。大丈夫だって、いつも言っているのに、本当に心配性なのね」
「ルームメイトを心配するのは当然よ、私はいつだって千河が心配なんだから!」
「ありがとう、メリー。やっぱり、あなたは私のベストフレンドよ」
ネコミミのメリーを抱きしめる腕に、自然と力がこもる。
その時のネコミミの表情は、女神に守られているかのような幸福そうな微笑みを浮かべていた。
だいたいこんな感じでそろそろ潮時かな。
「ところで思ったんだが、そろそろ旅館に戻らないか? 何も食べていないんで、僕はお腹が空いたよ」
いつまでも女の子二人だけの時間が続きそうだったので、切りのいいタイミングを見極めた僕は、食事の時間を促すことにした。
「それもそうね。メリー? あなたも寮からこんなところまで飛んできたのだから、何も食べていないのじゃない?」
「ええ、あれから4時間もぶっつけで飛び続けて来たんですもの。クタクタよ。その上、誰かさんとの戦闘でただでさえ疲れきった体をさらに消耗させたのよ?」
メリーはちらっと僕の方を見ながら、嫌味でも言うように鋭い眼差しを向けた。
「いや、あれは僕は悪くないだろう。勝手にリザードマンから飛び掛ってきたんだぞ? しかも、あの時はほとんどモンスターに任せっぱなしで、全然動いていなかっただろうに」
「まあいいわ、それより旅館の方に向かいましょ。私は言ったとおりクタクタなのよ」
「おい、僕はあの時悪くなかったんじゃないか? ていうか、むしろ僕は君の所有するモンスターの被害者なんじゃないか?」
「そうね。お腹が空いてきたところなのは私も同じよ、レン。さっそく、旅館の方に案内するわね」
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
こうして、僕は何故か二人に無視されながら、横並びに仲良く歩く女の子二人の跡を、独りさびしく追いながら旅館に向かうのだった。




