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白虎の調律役  作者: gen.


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十五、軍議





 ご専属とはいえ、刀身武者たちの軍議に参加することは許されない。かといって離れて自由に過ごすことも許されないため、自然とその待機場所は議場の入口に設けられた陣幕内の床几の上ということになっていた。

 白水守らの先導で議場入口へたどり着いた虎尉守と七呉は、そこで一人床几から立ち上がった美女の姿に気づいた。七呉は彼女がこちらに気づいて目を丸くし、ついで微笑むのを見て何とも言えない居たたまれなさを感じた。投扇興の一件以来の、八塩守のご専属――たしか松實、と呼ばれていた――は、姉というには年が離れ、母というには若すぎる。なんとも距離感の計りかねる相手の微笑みに、七呉はとりあえずと頭を下げて見せた。


「では、拙めは他の御三方のお出迎えがございますので、これにて」


 そう言った白水守が自分のご専属を連れて立ち去ってしまうと、必然的に陣内に残るのは虎尉守、七呉、八塩守のご専属の三人である。虎尉守は当然のように七呉を床几に座らせたが、自分は議場へ入ることもなく周囲を見渡していた。

 その間、七呉と対面する形の席では八塩守のご専属が立ったままでいる。


「虎尉守様」

「なんだ?」

「大丈夫ですから、さっさと中入ってください」


 空気の読めなさは今に始まったことではないが、ここまでくると苦言を呈さずにはいられない。大先輩を立たせたまま、自分は座ったままでいられるほど七呉の神経は図太くもないのだ。


「しかし」

「しかしもかかしもないです。あなたがいらっしゃると他のご専属の方がいらしても座れないんですよ」


 七呉の正論の圧に押されたというわけでもなさそうだったが、喉の奥で唸った虎尉守は肩越しに立ったままの八塩守のご専属を一瞥し、小さく息を吐いた。


「風に当たりたくなったらいつでも出ていて良い」


 そう七呉に言い残すと、足軽たちが両脇に控える陣幕へと踵を返す。虎尉守様ご入場、の足軽たちの声を聞きつつ、ようやく一息を吐いた七呉は床几から腰を浮かせ、これまでの間立ち続けだった八塩守のご専属へと頭を下げた。


「すみませんでした……」

「虎尉守様のご執心のほどは以前の御座敷で拝見しておりますから。頭を上げてくださいな」


 くすくすと笑み交じりに言われてしまい、一層身の縮む思いがする。

 ともあれ大人しく顔を上げた七呉に対し、八塩守のご専属はにこりと音の鳴りそうな完璧な笑みを見せた。


「改めまして、吉右衛門様……八塩守様のご専属を勤めております花路(はなみち)松實(まつみ)です。よろしくね」

「はい……虎尉守様のご専属になりました、千代見の七呉です。よろしくお願いします」


 形式通りの挨拶を交わして、二人とも床几に腰を下ろした。その時だった。

 複数の足音と話声が陣幕の向こうから聞こえ始め、七呉は落ち着かせたばかりの腰をまた上げる。もういっそこのまま立ち続けていた方がいいんじゃないか、と思いつつ陣幕の方を見遣ると、足軽に捲られたそこから白水守を先頭に、三岐守、鎮北守、瀬筒守と彼らのご専属たちが入ってくるところだった。花路も当然のように立ち上がり、御具足衆たちが眼前を通り過ぎ、ご専属たちが床几へと分かれるのを見守っている。

 七呉も同じく通り過ぎていく御具足衆らを見送っていたが、ふと三岐守と目が合った。淡く微笑んで頷いて見せた彼女に、居たたまれない気持ちになりつつ浅く頭を下げた。

 果たして、陣内には御具足衆のご専属のみが残され、それぞれが床几の上に座している。

 流れる沈黙と静けさに慣れない七呉が、出陣初日の馬上の気分を思い出していると、隣からコホンと咳払いが聞こえた。

 見れば、隣に座っていた伽耶が立ち上がり、ご専属たちへ体を向け直している。


「陣内では初めてご挨拶させていただきます。この度鎮北守様のご専属を拝命いたしました三ノ輪伽耶と申します。若輩者ではございますが、どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」


 その姿を見た七呉もまた、慌てて後を追うように立ち上がり、本日何度目か分からない頭を下げた。


「虎尉守様のご専属を拝命しました。……千代見の七呉です。よろしくお願いします」


 そんな二人の姿へ笑みをこぼした花路が、宥めるような声を出しつつ隣に座る佐治へと目を向けた。


「まあまあその辺で、同じ拵方ですもの。そのように畏まらなくてよろしくてよ。ねえ佐治(さじ)さん」

「……花路殿の言う通りだ。佐治(さじ)英直(ひでなお)。白水守様のご専属をしている」


 言葉のわりに感情のこもらない声と仏頂面の佐治に対して、その隣に座っていた総髪を括った男がやんわり微笑みつつ口を開く。


「自分は波遊小路(なみゆこうじ)天禅(てんぜん)。瀬筒守様のご専属です。よろしくお頼み申します」


 その声にはわずかだが西の訛りが感じられた。着こなしや髪艶から若そうに見えるが、目じりや首筋などから花路よりも年上だろうかと七呉があたりをつけた頃、伽耶の隣に座っていた羽鶴が口を開いた。


羽鶴(はづる)亀子(かめこ)……三岐守様のご専属です」


 おさげ髪を揺らしながら愛想のない声で呟くように名乗る。

 やはりこういった場でも仕切るのは八塩守のご専属なのだなと思いつつ、各々の挨拶が終わる度そちらへ頭を下げていた七呉たちは、羽鶴の挨拶を最後に今後こそ床几へ腰を下ろした。

 ひと段落の空気が流れる中、花路がしみじみした声で言う。


「でも本当によかったわ。これで御具足衆の皆さまがご専属付きになって、御具足調役も落ち着くことでしょう……なんて、いうのは建前ですけれど」


 不意に、花路の声がいたずらっぽく弾んだ。内緒話をするかのように――といっても七呉たちとは距離が離れているため声の大きさはそうかわらない――身を乗り出した彼女が、七呉と伽耶を交互に見遣る。その顔に隠し切れない好奇の色を浮かべて。


「ねえ七呉さん。虎尉守様はあの後どんな風にあらためてご専属を申し込まれたの?三ノ輪さんも、鎮北守様からどんなお言葉をいただいたのかしら。私たち、それが気になってしょうがないのよ」


 ぜったい気になってないだろと無表情のままの佐治を見つつ思う七呉だったが、波遊小路や羽鶴の視線を浴び、さらには伽耶にまで脇を小突かれて閉じていた口を開かざるをえなくなる。


「ええと、その……里帰りをしましたら、虎尉守様が村までいらして……そこで」

「そこで?」

「戦場にはお供しますと、お約束しました……」


 川原でのやり取りを思い出し、さすがに仔細は、と思いながら、頬を赤くして答える七呉。


「戦場には、ということは月山様のお屋敷には」

「住んでません。実家の野鍛冶が忙しいので」

「まあそうなの。それじゃあ三ノ輪さんは?」

「お、お話できるようなことはあまりなくて……その、鎮北守様は口数が少ない方なので、ただ、お前に決めた、とだけ……」


 わたくしが口をはさむ余地などございませんでしたわ、と語る伽耶の頬も赤い。へえーと声に出た七呉に「なにがへえですの!」と睨む勢いはあったが。


「まあまあ素敵ね!鎮北守様らしいお言葉だこと!」


 二人の様子すら微笑まし気に、花路は両手を合わせて盛り上がる。

 そんな和やかと言えなくもない空気が陣内に流れる一方で、陣幕一枚を隔てた軍議場ではひりついた空気が流れていた。



 朝廷より派遣された観測武官、そして軍師役の陰陽師。彼らを交えた御具足衆らが絵図面を囲む軍議場で、八塩守の物珍しそうな声が上がる。


「霊犠怨怒しか、出ない?」


 白水の湿度に慣れていないのか、あるいは己の口にする事実が未だに信じがたいのか、陰陽師は頻りに汗を拭きながら頷いた。


「はい。何度占いましても此度は霊犠怨怒以外の発生の予兆なしと、鵺や火車、餓鬼といった妖魔の類の兆しはでておりませんで……」


 八塩守の手元で広げられていた扇子が、ぱたりと閉じる。閉じた扇子の先端を口元にあてつつ、彼はそうか、と呟いた。


「これは、常よりもよくよく考えなくてはいけないね」


 広げられた絵図面の上、水野郷周囲の妖魔発生が予想される地点には陰陽師たちにより日付が書かれた駒が置いてある。しかし今回この駒は、霊犠怨怒という妖魔一種を指し示しているというのだ。

 霊犠怨怒は御霊具足の天敵ともいえる怨霊の集合体である。足軽たちのような襲いやすい獲物ではなく、なぜか御霊具足を狙って喰らいついては、これを食い破ろうとしてくる。さらには具足をも侵蝕する呪毒を吐き出すため、一、二体であればあえて噛みつかせているうちに撃破できたとしても、大群で囲まれては呪毒に対処しきれず食い破られる恐れがあった。

 これに対処するには大群を自由にさせず、一か所に追い立て一気に叩いてしまう必要がある。 


「まさに巻狩りだな、今回の戦は」


 呟いた八塩守の扇子の先が、御具足衆や足軽と呼ばれる霊的処置の施された歩兵たちの駒を動かす。


「火力のある月山と三岐守は背面から追い立てて、細かい調整が効く黒綱、灘は左右から、鎮北守はあの『矢』で高台から援護、僕はこの正面からいく、ということでどうだろう。散られると厄介だから、とにかく囲い込んで叩くんだ」

「その場合、お前に大群が集中する可能性もあるが?」


 三岐守の冷めた声に、八塩守は気にした風もなく笑う。


「ここに来るまでに君たちが相当数を討ち取ってるだろう。一番槍は譲るよ」

「フン、自分は高みの見物か。精々上げる首級が残ってることを祈るんだな」

「楽ができるに越したことはないさ――――さて、みんな、どうかな。聞いての通り今回の敵は霊犠怨怒の群れだ。各個撃破というのは難しい。連携をとる他ないと思うのだが、異議はあるかい」

「ありません」

「ございませんねえ」


 白水守と瀬筒守の流れるような賛同に対して、鎮北守と虎尉守は絵図面を睨んだまま黙っていた。

 腕を組んだまま、鎮北守が口を開く。


「『矢』が貴様らに当たらん保証はない」

「君がそんな仕損じをするかな?……というよりも、その程度を避けられない君たちでもないだろう」


 八塩守の口元が緩やかな弧を描く。鎮北守は言うべきことは言ったとばかりに、それきり口を閉ざした。

 八塩守の目は、この場で唯一沈黙を貫いている虎尉守へと向けられる。


「どうかな、月山」

「……異論はない。要は殲滅だろう」

「――――決まりだ」


パ、と空気を弾く音と共に開いた扇子で、自分を扇ぐ八塩守の顔は笑っている。


「なに、霊犠怨怒とは言え、月山の言うようにいつも通りだ。殲滅。ただそれだけでいい」


 いまの戦には、降伏も捕虜もないのだから。笑みを帯びた八塩守の声が、ある種の酷薄さをもって響いた。それがただの事実だったとしても。

 やがてそれぞれの日付ごとに、大きな問題が発生しない限りは同じ作戦で行くということで話がまとまり、軍議が終わりを迎えた。八塩守が締めの言葉を口にするなり、さっさと席を立つ虎尉守と鎮北守。そんな彼らを見送って、八塩守が立ったあとに続くのは白水守と瀬筒守である。観測武官や陰陽師たちも、それに倣ったが――――


「八塩守」


 そんな彼の背中に、声がかかった。振り返れば、一人腕組みをしたまま絵図面を睨み下ろしている三岐守の姿がある。


「どうかしたかい」

「お前、この戦に疑問はないのか」

「疑問?」


 片眉を持ち上げた八塩守へ、三岐守の鋭い視線が飛ぶ。


「霊犠怨怒しか出ない戦などこれまでにあったか?」

「これまでになくとも、これからはあり得る。そういうことだろう」


 気にするまでもないと言わんばかりの八塩守の笑みを横目に見た三岐守は、一つため息を吐いて席を立った。


「珍しいな。不安なのかい?」

「不安なぞない」

「そう。通力に秀でた鬼能の血が、陰陽たちの見立てとは違うと言っている、ということなら話を聞くよ。いつでも」

「そんなものはない」


 ないからこそ、と内心に思う三岐守だが、その先はいま口にすべきことでもなかった。

 結果、沈黙する彼女に「そうかい?それじゃあ、お先に」と笑って出ていく八塩守らの背中を睨みながら後に続く。今できるのはそれだけだった。

 彼女が出て来るのを待っていたのだろう羽鶴が、小走りに駆け寄ってくる。すでに陣内は見張りの足軽以外に誰も残ってはいなかった。


「紅様」

「霊犠怨怒の群れだ。明後日の夜明けに現れる」

「それじゃあ……」

「……」


 的中されるべきではないものが的中した。その顔に苦みを隠さず、三岐守は呟いた。


「あの二人の答えを、聞かねばならんな」


 その頃、あの二人、こと七呉と伽耶は、それぞれ虎尉守と鎮北守の後ろについて天幕までの道を歩いていた。


「今回出現するのは霊犠怨怒の群れだ。面倒だが他の連中と連携をとる他なくなった」

『!』


 虎尉守の言葉に、思わず立ち止まった七呉と伽耶は顔を見合わせる。何か言いたげな思いつめた顔をする伽耶の袖を引いて、七呉は首を横に振った。

 途切れた足音に振り返った虎尉守たちは、そんな二人の様子に怪訝な表情を浮かべる。

 咄嗟に一歩前へと出た七呉は、己の胸元へ手をあてた。


「私たち、ご専属となって初めて御霊具足の顕現のお手伝いをします。だから、その、御調役とは勝手が違うので不安があるというか……」


 通常、ご専属のいない刀身武者は御徒役と呼ばれる複数名の拵方が補助して顕現させる。一方、ご専属がいる場合、刀身武者はご専属の霊力を主な補助にし、御徒役はそのご専属を補助する、という形で顕現させるのだ。どちらも拵方の勤めではあるが、御具足調役として長く働いていた七呉たちに不慣れな作業であることは違いなかった。


「ならば、調律で擦り合わせておく必要があるな」


 心なしか弾んだ虎尉守の言葉に、鎮北守も黙って伽耶を見遣る。

 その視線に身を竦ませながらも、伽耶もまた一歩前に、七呉の隣へと立ち並んだ。


「お、お願いできますでしょうか」

「……問題ない。戻るぞ。伽耶」

「!はい」


 伽耶は七呉へ目配せをして、踵を返した鎮北守の後を追いかけていく。その背中を見送った七呉にもまた、虎尉守の声がかかった。


「久方ぶりだ。念入りに行こう」

「……はあ」


 喜色を隠しもしない虎尉守に、七呉は曖昧な返事をするのだった。




 

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