ナニをどうこうしたいのかという話
「というわけなんです」
この二日間での出来事を師範と弥生さんに、琴音ちゃんを紹介した上でやましいことは省いた客観的事実を伝えた。
娼館で大人の男になろうとしてたとか、恥ずかしくて言えない。
ここで琴音ちゃんが爆弾を投下する。
「そういえは、天貴君は何で娼館街を歩いていたの?」
師範も言いたくてむずむずしていたのだろう。なるべく話題に触れさせないよう巧みな話術を駆使していたが、たった一言によって全てが壊された。
師範が待ってましたとばかりにニヤニヤしながから、勿体ぶって話題に触れてくる。
「そういえばそうだな。ヌシは何の用があってうろついていたのだ?」
「散歩ですよ。たまたま辿り着いてしまいまして」
「ほ〜ぅ、辿り着いた先が『たまたま』娼館街だったとはなぁ。いつもの習慣で身体が勝手に向かったとかほざくのか? 若いというのは羨ましいのぉ」
「い、いえ……初めてを、いや初めてです」
「初めてを? ほうほう。だが、それだけではわからんなぁ。 で、どうしようとしたのだ?」
「いや、特に何をするというのはなくてですね……」
「ん? 『ナニ』をどうしようとしたというのだ?」
くっ……、男になれなかった上に恥をかかされるとは……!
「こら。もう、やめなさい。それで琴音ちゃんはどうしたいと思っているの?」
師範のおふざけを見兼ねた弥生さんの神懸かった助け舟により、どうにか窮地から脱せられた。
ついでに頭を軽く引っ叩いてくれて、少しだけざまぁと思った。
「両親はしばらく隣国の実家には戻ってこないですし、戻ったらまた拐われるかもしれません。ただ、この町にいたいですけど天貴君に迷惑を掛けることになるので、どうしたら良いのでしょうか……」
俺は全然構わないんだけどなぁ。
「そうね。まず、彼らにはこちらから話を付けるわ。次に住む場所と仕事だけど、どちらも用意できるわよ。どうする?」
「助かります。是非ともお願いします」
「ええ。任せて。じゃあちょっと二人で出掛けましょうか?」
良い方向に話が進んだみたいでヨカッタヨカッタ。
そうして二人は仕事とか部屋探しのために、出て行った。
「さて……ワシからどうしても聞いておきたいことがあるのだが良いか?」
「はい、何でしょうか?」
「致したのか?」
本当に下世話な話が好きな人だなぁ……。
「察して下さい……。色々な意味で致してないです」
師範は俺を小馬鹿にしたように、ふぅやれやれと溜息をついた。
「まぁ、急ぐのは良くないからな。ただアレは良い娘だと思うぞ。さて、稽古を始めるか」
今日の稽古は基礎と組手を軽くやって、新しく短剣の扱いについて教えてくれるというものだった。
「双剣を得意としているヌシなら、より短い短刀を二本扱うのも良いだろう。ただ、別の使い方も知っていて欲しい。ついて参れ」
倉庫から短い刀剣類を持ち出し、二人で外に出ると、来たことがない場所で、庭と呼ぶべきなのか悩ましいが、的のようなものがあった。
持ち方や投げ方を教えてくれて、師範が手本に見せてくれた。
止まったままではなく、走って投げて宣言した位置に刺すのは、お見事という言葉以外に思い浮かばない。
「やってみろ」
まずは立った状態で投げてみるが、全く上手くいかない。
当たるどころか、擦りもしない。
「最初はこんなものだろう。可能な限り時間を作って、励むがよい。せめて今日は的に当てられるまでやるぞ」
朝に道場に来たが、的に当てられるようになる頃には日が暮れていた。
師範は昼食だからとか、休憩とかで止めさせようとしたが断固断って、代わりに休んで貰った。
何回もやり方を教えてもらったり、観てもらったり、手本を見せてもらったが、一向に当たらなかった。
「もう少しで感覚が掴めそうなんです!」
「何かわかった気がします!」
「閃きました!」
そんな格好の良い事を言った割には全く成果がなく、言葉も次第になくなっていった。
それでも体力は尽きず、集中力もずっと高いままで、ただ時間だけが過ぎていったが、師範のたった一言で解決する。
「自分で気付いて欲しかったのだが……。ヌシは力が入り過ぎだ。逆に力を全く入れないで投げてみるがいい」
え? 何を言っているんですか? そんなんで当たるんですか? いやいやまさか、そんなことはないでしょうに。
勘弁して下さいよ。
じゃあ軽く投げてみますよ?
それ!
流石に長い時間付き合って貰って、申し訳ない気持ちがあるので、声には出さないが、駄目で元々の気持ちで投げると、ド真ん中に刺さった。
否、刺さってしまった。
その瞬間、俺は天を見上げた。
感動のあまり、想いが溢れてきた。
「ありがとう……ございます……」
「う、うむ……。そ、それでは、今日はここまでだ。良くやった!」
流石にこの程度で泣くとは思わなかったのだろう。
逆の立場でも気まずい。
毎回毎回、全力で投げて、それでも当たらない。心も体も魂も全て込めてやっているのに成果が出ない。
原因が分かっていても、伝え辛い。
そこまで頑張っているんだから、自分で気付かせたいというのが人情というものだ。
そういう意味で師範も辛かっただろう。
当たった瞬間、そんな心遣いに気付いてしまうと、もう我慢出来なかった。
たかが半日程度の練習で何をほざくという人もいるかもしれない。
だって、これが出来なかったら戦で残れないかもしれないじゃないか。
まだ生きていたい。
だから、精一杯やった。
それだけだ。
屋敷に戻ると、弥生さんと琴音ちゃんがご飯を用意していた。
まずは風呂に入れと。
師範は俺が片付けとかをしている間に、先に済ませており、後は俺だけだ。
これからどんな話になるのだろうか?
天貴は期待と不安を抱きながら、風呂で心と体の疲れを落とすのであった。